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第5話 もの欲しそうな顔をしてたから
結局、ブルー・ムーンに行く前、『四季の道』と呼ばれる小道を抜けたところにあるサブウェイで、小腹満たしをすることにした。郁は、生ハムとマスカルポーネのサンドウィッチ。煌也はアボカドとチキンのサンドウィッチだ。サイドメニューに、スープとポテトも付けたので、それなりに満足する食事になった。
店内は、さほど混雑はしていなかった。席に座ると、外の様子が分かる。
大通りから一本中に入っただけで、酷く狭くごみごみした雰囲気がある。近くには、キャバクラでもあるのか、美しい女性達の写真が掲載された看板がビルの側面に貼り付けられている。ラブホテルも、このあたりには沢山あったはずだ。
そんな中、コーヒースタンドや、コンビニが普通に存在していて、老若男女問わず、平然と歩いている。
近くには、商業ビルもあるらしく、スーツ姿の男の姿もよく見かけた。今日は土曜日だというのに、仕事熱心なことだ。
「煌也って、どうやって、お店の存在を知ったの……?」
「えっ?」
お店、はブルー・ムーンのことだ。そこまで言わなくても解るだろう。
郁の場合は、運命的な偶然で、ブルー・ムーンにたどり着いた。そしてそこにハマりこんでしまったのだから、本当に、運命だったのだろうと思う。
「興味ある?」
「まあ、多少」
サンドウィッチを頬張りながら、郁は問う。
煌也は、体力が無尽蔵だと思う。一晩中、郁を攻め続けて、翌朝、けろりと会社に行くのだ。そういう人が、郁に出会うまでどうしていたのか、気になるし、どうやって、あの店に行ったのかも、気になる。
「まあ……なんだ、ちょっと誘われたんだよ」
「恋人に?」
「いや、その時のセフレに」
セフレ、という言葉に、郁は、ドキッとした。セフレ、なら……あちこちで、セックスを楽しむだろう。だが、郁と煌也は、ブルー・ムーンの中だけでしか、プレイしない。
「……セフレ……」
「今は、繋がってないよ。……何年も前だし……。それで、あの日も、たまたま、ブルー・ムーンに行ったんだよ。そうしたら、郁が、もの欲しそうな顔をしているからさあ」
「えっ……っ!?」
それは、心外だ。あの日は、婚約者にフラれて、とにかく、どうしようもなく落ち込んでいた。それで、運命的な偶然が起こったのだ。
その上、郁は、それまでセックスに対して、消極的だった。別にしてもしなくても良いと思っていたのだ。だから、もの欲しそうな顔をしていると言うことは、断じて、あり得ないわけで……。
「あの時、後ろで、M字開脚でヤってたカップルいたでしょ。……あれに、郁、目が釘付けだったよ。すっごい、もの欲しそうな顔をしてた」
言われて思いだした。
ブルー・ムーンが、どういう場所かも解らず、迷い込んでしまったのだ。だから、後ろで始まったプレイに、釘付けだっただけで……。
「他人のしてるところなんて、初めて見たんだから、気になるのは仕方がないし……」
「責めてるわけじゃないよ、郁。……でも、郁が、興味深そうにしてたから、声を掛けたの」
確かに、そうだった。
後ろの席で、M字に脚を広げて、自慰行為を見せつけられていた男の人と、その恋人らしい男が、アナル・セックスを始めた時には、心底驚いた。それと同時に、なんとなく、興味があった。
いままで、一度も触れたこともない、その場所を―――セックスに使われたら、気持ちが良いのだろうかと。
煌也が声を掛けてくれて、興味があるかどうか聞かれた気がする。そこで、素直に、興味があると、言ってしまったのだ。
「でも、まさか、声を掛けたのが、処女だったとは思わなかったよ」
にこっと、煌也は笑う。男と、セックスをすることについて、なんの経験も無いことを処女、という言い方をされて、恥ずかしくなる。
それを見越した煌也が、耳元に囁く。
「……郁はもう、後ろで、メスみたいにイケるもんね。……郁、早く、オモチャ試したくて溜まらないんでしょ?」
どくん、と心臓が跳ねた。ついでに、ねっとりと耳を舐められて、腰が騒ぎ出す。
「……っ! 煌也っ……っ!! 人前で……っ」
「大丈夫だよ、店の中、誰も居ないし。道を行く人だって、自分のこと以外何も気にしない。……ここでさこのテーブルの上で、道路側に向けてM字開脚して、オモチャ入れたまま、放置してても……誰も、気にしないよ」
「……っお、俺はしないからなっ!」
「俺だってしないよ。さすがに、歌舞伎町の外れでも、さすがにそんなことしてたら通報されるって」
通報されたら困る程度の常識があって、たすかった―――とは、郁も安堵する。
けれど、ブルー・ムーンではなく……、もっと、人通りの多いところで―――何かされることを想像したら、一瞬、気が行きそうになった。
「……煌也って、本当に、えっちなことばっかり考えてるんでしょ」
「そんなことはないよ。……それに、俺は、郁が喜びそうなことを考えただけ。だから、エロいのは、俺じゃなくって、郁の方だからね」
煌也が笑いながら、ポテトを口に運ぶ。皮付きのまま揚げられた、丸っこいポテト。それを、煌也の美しい指が摘まむ。いつも、郁の胸の突起を摘まむ、あの指だ。そして、そのまま、少し、口が開く。舌先が、ちょろっと見えた。あの舌先が、舌と絡み合ったときの、淫靡な感触を思い出して、郁の腰が甘く震える。白い歯は、時折、あちこちの肌に突き立てられて、あとを残す。ただ、ポテトを食べているだけなのに、全ての行動が、酷く淫靡に見えて、郁は、ぷいっと顔を背けた。
「え、どうしたの、郁?」
「……煌也がエロすぎる」
郁の文句を聞いて、一瞬、煌也は固まってしまったが、すぐ、小さく吹き出した。
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