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第6話 ハプニング・バー、ブルー・ムーンへ

 食事をしてから、ブルー・ムーンへ向かうことにした。  外は、暗くなったせいか、  サブウェイを出て、少し行くと大通りに出る。そこを渡った先の、奥まったところに、カフェ、セプテンバー・ムーンがある。セプテンバー・ムーンに入って、オムライスを注文する。それが、ブルー・ムーンへの鍵だった。  カフェ、セプテンバー・ムーンの店内は、新宿とは思えないほど静かだった。  一席、女性がノートPCを開いているだけで、あとは、人も居ない。店員も暇そうにしているが、郁と煌也が入ったのを見て、「いらっしゃいませ」と声を掛ける。  カウンターのほうへ向かい、煌也が小さな声で注文する。 「オムライス。ケチャップで、月を書いて」  それが、ブルー・ムーンへの合い言葉だった。 「かしこまりました。それではこちらへ」  店員に誘われて、地下へと向かう。階段を降りていく間に、ラバーバンドを取り出す。  このラバーバンドは、最初に来た時に渡されたものだった。  そして、付ける場所によって、意味が変わる。  右に付ければネコつまりボトム。左に付ければ、タチつまりトップ。  白が見学。黄色がタッチまでOK。青がキスまでOK。赤が本番OK。  郁は、赤いラバーバンドを右に。  煌也は、赤いラバーバンドを左に。  ブルー・ムーンは、ハプニング・バーという性質上、自分の望む行為を明示しておく必要があった。その上で、嫌がることをしないというのもある。 「今日は、いつもより、お客さん多いみたいですよ」  店員が言いながら、扉を示す。 「そうなんだ」 「けっこう、早くから盛り上がってるみたいです。じゃあ、ごゆっくり」  郁と煌也は、店員に礼を言ってから中へ入って行った。 「っ……♥ あっんん♥ あっ、イイ~っ♥」  店に入るなり、甘い嬌声が聞こえてきた。 「へぇ、確かに、盛り上がってるみたいだね」  煌也が、楽しそうに郁の耳元に囁く。  フロアの椅子で、背面座位の状態で、若い男が責められている。  背面座位、なので結合部が丸見えだ。そして、奥に性器を突き立てられながら、周りの男たちに体中を弄ばれ、口は別な男の欲望を受けいれ、両手で、別の男たちのそれを扱っていた。 「……一体、何Pなんだか」  煌也が苦笑しながら、カウンターに向かう。 「今日、盛り上がってるね」 「ええ……。今日は、怜哉さん来てるから……」 「怜哉さん?」  この店に通って数ヶ月になる郁だったが、初めて、名前を聞いた。 「今、ボトムをやってる彼ですよ。最近来ていなかったんですけど、久しぶりみたいで、かなり、ハジけてますよね」  バーテンダーが、ソファ席で繰り広げられる痴態を見ながら、淡々という。 「……すごい、ですね」 「常連のトップの人たち、だいたい、みんな怜哉さんとしたことあるんじゃないかな」  さらりと言われて、どくん、と郁の胸が跳ねる。 「それは……凄いですね。性欲も、体力も……」 「郁さんだって、凄いじゃないですか」 「えっ……っ?」   心外なことを言われて思わず、声が出てしまった。 「俺は……別に、体力馬鹿でも、何でもないと思うんだけど……」 「ふふ、郁さん。すごく気持ちよさそうにされてますよ、私達ギャラリーも、夢中になって見てしまうくらい」  見られて恥ずかしい、という気持ちと、なぜかその言葉を嬉しく思っているのが綯い交ぜになって、変な感じだった。 「っん……っあっあっ……っ♥ もっとぉ♥ 奥までぇ♥」  甘い喘ぎ声が聞こえてくる。 「今日は、ギャラリーは……あっちに釘付けかも知れないから……、ちょっと変わったところでしようか」  耳元に蜜のように甘い囁きが、降りる。 「変わったところ?」 「……そうそう。じゃあ、そろそろ行こうか? 郁、あの子のこと見てたら、したくてちまらなくなっちゃったでしょ?」  たしかに、怜哉の様子を見ていたら、身体の奥が、熱くなっている。もう、欲望も、むくむくと頭をもたげ始めているところだった。 「今日は、いろいろ買ってきたんだから……楽しもうよ」 「うん」  煌也と一緒に、プレイ出来る場所へ向かう。今までは、ベッド(とは名ばかりのスプリングが効く、巨大な簡易ソファのような場所だ)でプレイしていたのだが、向かったのは、そこではなかった。 「ちょっ……っ!!」  ちょっとした小部屋だったが―――そこは、一面鏡張りだった。 「こ、これっ……」 「鏡だよ。……郁、自分のここに」と煌也が、郁の尻をねっとりと撫でる。 「っんっ……っ」 「……色々入ってるの、ちゃんと確認したいでしょ? 見られるのも、見るのも、郁は大好きでしょ?」  煌也の言葉が直接、耳から脳に注ぎ込まれるようだった。  甘い甘い毒みたいに、脳を冒され、腰が重く、甘く、震えた―――。

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