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第20話 カップル偽装と本音と
すっぽん料理に、精が付くという意味合いを考えたことはなかったので、郁は、「邪推しすぎだよ」とは言ったが、煌也は「ふうん?」とだけ言ってにやにやと笑った。
(……けど、本当に、すっぽんに精力剤みたいな効果があるなら……、俺も、食べたんだから……効果あるのかなあ……)
とは思ったが、こういう『精力剤』とか『媚薬』のようなものは、眉唾物が多いのだろうとは思っている。
すっぽん料理の店を出た時、二十一時を少し回ったところだった。
歌舞伎町の店だったので、この時間帯でも、人通りは多い。
客引き、派手な格好の人たち、同伴とおぼしき男女………様々だった。飲み過ぎた男が、ふらふらして居るのも、このあたりでは見慣れた光景だ。
「お兄さんたち、二次会どう?」
「お店探してたりします?」
「こっち、可愛い女の子いますよ。俺からの紹介だって言えば、初回三千円ポッキリっすよ!」
歩いているだけで声を掛けられるのを鬱陶しく思っていると、煌也が、郁の肩を抱いて引き寄せた。
煌也は、客引きの男に、ウインクしてみせる。
「あっ……あー……、スンマセンっ!」
男は何か納得したらしく、そそくさと去って行く。
「なにあれ?」
郁が疑問符を飛ばしていると、煌也が笑う。
「いや、ここから先、女の子がいる店に誘われるのも面倒だからさ。……こうやって歩いてたら、女の子は必要ないだろ。男同士のカップルに見える」
「なる、ほど……?」
「ああいうの、鬱陶しくてさ……。どこまで追いかけてくるんだよって……、あと、たまに、ホストに間違えられるのが心外だ」
「あー」
それは、なんとなく納得した。「なんか、それは解るかも。なんか、煌也って、サラリーマン感が皆無だし」
「……一応、月給制だけどな」
ぽつり、と呟いた煌也を、それ以上、郁は、追求しなかった。興味はあったが……、こうして『カップル』を偽装する程度には、曖昧な関係性だ。
「最近のホストって、アイドルみたいだよね。化粧が凄くて」
「あー、たしかに」
「煌也は、どっちっていうと、昔のホストみたいな?」
「……なんだよ、それは」
「ブルー・ムーンの中でも、結構、煌也のことみてる男、多いなあとは思っててさ」
「ん? そう?」
「俺と会うまで、ブルー・ムーンで、どうやって過ごしてたの?」
煌也が、押し黙った。少し、面白かったので、郁は、さらに追求してみる。
「煌也、あそこに来たのは初めてじゃないんでしょ?」
「ま、まあ……」
「……でも、煌也が、見学ってことはないでしょ? あの日も、タチのセックスOKのラバーバンド付けてたんだから」
煌也が、視線を泳がせる。
「……まあ、そんなに遊びには行かなかったよ。……ただ……遊びに行ったら、気が向いた相手と、ちょっと、やったけど」
「その子って、……まだブルー・ムーンに来てる?」
「……なんで?」
「気になる」
なんとなく、気になる―――それ以上、意味はなかったはずだが、煌也は、少し、黙ってから、郁に聞いた。
「もしかして……」
煌也が、耳元に囁く。「郁、嫉妬してくれた?」
「なっ!」
思わず、声を上げてしまうと、煌也が、耳元に甘く囁く。
「俺は……郁が、嫉妬してくれたら嬉しいけどなあ」
耳元に、吐息が掛かる。唇の温かくて柔らかい感触がする。
(あ、久しぶり……、煌也の、唇の感じだ……)
腰が。甘く震える。
「……嫉妬したら、嬉しい?」
「勿論」
「なんで?」
「なんでって……、郁が、俺を独り占めしたいって思ってくれるなら、凄く嬉しいよ。俺も、郁のことを独り占めしたいしね」
煌也の言葉に、くらくらしながら、郁は言う。
「でも、……俺たち、ブルー・ムーンでしか、しないのに?」
「……郁が。俺のものだって、皆に見せびらかしたいの。俺にされてるときが、郁は一番可愛くてイヤらしいっていうのを、みんなに見て貰いたいって言うこと」
ふふっ、と笑う煌也の真意は分からなかったが、郁は、それなりに満足だった。
「ふうん?」
「だから、ブルー・ムーンでしたい、だけだよ。あと、現実的な話をするなら、ホテルより安い」
その現実的な話は、郁の気に入るものではなかったので、郁は、思い切り、煌也の足を踏みつけたのだった。
「痛っ……っ!」
「……早く行こ、煌也」
「郁……」
「……すっぽんの効果、確かめたいから……、煌也、覚悟してね♥」
煌也の顔が、いくらか引きつっていた。
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