20 / 34

第20話 カップル偽装と本音と

 すっぽん料理に、精が付くという意味合いを考えたことはなかったので、郁は、「邪推しすぎだよ」とは言ったが、煌也は「ふうん?」とだけ言ってにやにやと笑った。 (……けど、本当に、すっぽんに精力剤みたいな効果があるなら……、俺も、食べたんだから……効果あるのかなあ……)  とは思ったが、こういう『精力剤』とか『媚薬』のようなものは、眉唾物が多いのだろうとは思っている。  すっぽん料理の店を出た時、二十一時を少し回ったところだった。  歌舞伎町の店だったので、この時間帯でも、人通りは多い。  客引き、派手な格好の人たち、同伴とおぼしき男女………様々だった。飲み過ぎた男が、ふらふらして居るのも、このあたりでは見慣れた光景だ。 「お兄さんたち、二次会どう?」 「お店探してたりします?」 「こっち、可愛い女の子いますよ。俺からの紹介だって言えば、初回三千円ポッキリっすよ!」  歩いているだけで声を掛けられるのを鬱陶しく思っていると、煌也が、郁の肩を抱いて引き寄せた。  煌也は、客引きの男に、ウインクしてみせる。 「あっ……あー……、スンマセンっ!」  男は何か納得したらしく、そそくさと去って行く。 「なにあれ?」  郁が疑問符を飛ばしていると、煌也が笑う。 「いや、ここから先、女の子がいる店に誘われるのも面倒だからさ。……こうやって歩いてたら、女の子は必要ないだろ。男同士のカップルに見える」 「なる、ほど……?」 「ああいうの、鬱陶しくてさ……。どこまで追いかけてくるんだよって……、あと、たまに、ホストに間違えられるのが心外だ」 「あー」  それは、なんとなく納得した。「なんか、それは解るかも。なんか、煌也って、サラリーマン感が皆無だし」 「……一応、月給制だけどな」  ぽつり、と呟いた煌也を、それ以上、郁は、追求しなかった。興味はあったが……、こうして『カップル』を偽装する程度には、曖昧な関係性だ。 「最近のホストって、アイドルみたいだよね。化粧が凄くて」 「あー、たしかに」 「煌也は、どっちっていうと、昔のホストみたいな?」 「……なんだよ、それは」 「ブルー・ムーンの中でも、結構、煌也のことみてる男、多いなあとは思っててさ」 「ん? そう?」 「俺と会うまで、ブルー・ムーンで、どうやって過ごしてたの?」  煌也が、押し黙った。少し、面白かったので、郁は、さらに追求してみる。 「煌也、あそこに来たのは初めてじゃないんでしょ?」 「ま、まあ……」 「……でも、煌也が、見学ってことはないでしょ? あの日も、タチのセックスOKのラバーバンド付けてたんだから」  煌也が、視線を泳がせる。 「……まあ、そんなに遊びには行かなかったよ。……ただ……遊びに行ったら、気が向いた相手と、ちょっと、やったけど」 「その子って、……まだブルー・ムーンに来てる?」 「……なんで?」 「気になる」  なんとなく、気になる―――それ以上、意味はなかったはずだが、煌也は、少し、黙ってから、郁に聞いた。 「もしかして……」  煌也が、耳元に囁く。「郁、嫉妬してくれた?」 「なっ!」  思わず、声を上げてしまうと、煌也が、耳元に甘く囁く。 「俺は……郁が、嫉妬してくれたら嬉しいけどなあ」  耳元に、吐息が掛かる。唇の温かくて柔らかい感触がする。 (あ、久しぶり……、煌也の、唇の感じだ……)  腰が。甘く震える。 「……嫉妬したら、嬉しい?」 「勿論」 「なんで?」 「なんでって……、郁が、俺を独り占めしたいって思ってくれるなら、凄く嬉しいよ。俺も、郁のことを独り占めしたいしね」  煌也の言葉に、くらくらしながら、郁は言う。 「でも、……俺たち、ブルー・ムーンでしか、しないのに?」 「……郁が。俺のものだって、皆に見せびらかしたいの。俺にされてるときが、郁は一番可愛くてイヤらしいっていうのを、みんなに見て貰いたいって言うこと」  ふふっ、と笑う煌也の真意は分からなかったが、郁は、それなりに満足だった。 「ふうん?」 「だから、ブルー・ムーンでしたい、だけだよ。あと、現実的な話をするなら、ホテルより安い」  その現実的な話は、郁の気に入るものではなかったので、郁は、思い切り、煌也の足を踏みつけたのだった。 「痛っ……っ!」 「……早く行こ、煌也」 「郁……」 「……すっぽんの効果、確かめたいから……、煌也、覚悟してね♥」  煌也の顔が、いくらか引きつっていた。

ともだちにシェアしよう!