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第29話 ブルー・ムーン

 明利は、目が離せずにいた。  目の前で繰り広げられる痴態……。それに、釘付けになっていた。 「……いつも、見学だよね」  隣に居たギャラリーの男に声を掛けられて、肩がびくっと震える。 「あー、警戒しないで。さすがに、白バンドの子に手ぇださないから。それやったら、店、出禁になっちゃうし」  男は笑う。  目の前では、郁と煌也の、濃厚なセックスが続いている。  郁は、全身にびっしりと、玉のような汗をかいていた。肌は、薔薇色に上気していて、それがなまめかしい。甘く、高い、悲鳴じみた喘ぎを漏らす唇は、唾液で濡れて光っている。目は、とろんと潤んで、その快楽を伝えている。汗で張り付いた前髪。乳首は、ピンと勃っていて、よく熟れた茱萸のように、赤く充血している。そして、腹は、精液とローションで濡れていて、頼りなくたち上がった性器も充血している。片脚を抱えられ、煌也の雄々しい性器が、アナルを出入りして居るのが、つぶさに見て取れた。  アナルを押し広げて、ゆっくりと、性器が入って行く。 「あ………♥ あああっ……♥」  その感覚に、郁が、甘い声を漏らす。じゅく……っ、と音を立てて、アナルの奥へと煌也の性器が飲み込まれていく。 (あ……、すごい……)  明利は、釘付けになっていた。明利自身の性器も、興奮して、形を変えている。郁の甘い声と、痴態、そして、こうして、目の前で見る、アナルセックスに、釘付けになっていた。 「……明利さん? ……でしたっけ」  煌也が声を掛けてくる。 「結構前から、ここに居ますよね」  たしかに、ブルー・ムーンへは、割と前から出入りしていた。 「ええ」 「でも、いつも、外れの方で飲むだけ飲んで、帰ってたじゃないですか……」 「っ……知ってたんですか?」  恥ずかしくなって、顔が熱くなっていくのを、明利は感じていた。 「明利さんも、有名人だよ。ここで」  ギャラリーの男が、明利に言う。 「えっ?」  思ってもいない事を言われて、明利は面食らう。 「なん……で?」 「だって、ずっと、見学もしないで通ってる人だったから、皆気になっててね」 「どうです? 初めて、じっくり見る、アナルセックスは」  煌也が、ゆっくりと腰を出し入れしている。 「あっ……っ煌也……っ♥ 他の人……っ」 「はいはい。大丈夫……郁だけだよ♥」  ぐいっと一気に腰を進められて、郁の身体が、びくっと大きく跳ねた。 「あ――――っ……っ♥」 「郁、あの子に嫉妬したんだ……あの子、郁の、アナルに釘付けなのにね」  たしかに、食い入るように見ている。それを指摘されて、明利は恥ずかしくて、消えたくなってしまった。 「……僕……っ帰りますっ……っ」  帰ろうとしたが、郁の甘い声に、つい、気を取られてしまった。  いつの間にか、郁は、アナルが天井にくるくらい、身体を折り曲げられて、そこに、覆い被さるようにして、煌也が腰を進めているところだった。 「あっ、あっ……♥ あっ……あああ♥ あっ♥ 煌也っ♥」  じゅぱじゅぱと音を立てながら、煌也が、郁を責め立てている。郁は、快楽に抗うように、頭を振っていた。腕が、優雅な踊りのように、ベッドの上を這い回る。酷く淫猥な姿なのに、同時に、とても美しいものに見えて、明利は、息をするのも忘れて、じっと見蕩れてしまう。 「おー……これは、また、凄い体位だなあ」 「ナカまでよく見えるもんな」 「この体位だったら、鏡の部屋の方がいいんじゃないか?」  ギャラリーたちも、忙しなく、手を動かしている。  あちこちから、精液の、濃密な匂いが立った。 「……っ」  明利も、さすがに、苦しくなってきたが……人前で、性器を出したことはない。  唇を一度噛んで「僕……本当に、帰ります……」と、ベッドから降りた。  ベッドの上の、煌也と郁は、もう、明利のことなど見ていなかった。  明利は、あの時、『郁の観察者』として―――プレイのスパイスとして、そこに必要だったのだ。いまは、もう、明利のことなど、必要としていない。  なんとなく、そのことに、かすかな屈辱感を感じながら、明利は、席に戻って、カクテルを注文した。 「……ブルー・ムーン。……滅多にないことって意味らしいですよ」  店員に渡されたカクテルは、美しい、ブルーの色をしていた。  ボンテージを思わせる、ベルトやチェーンの付いた衣装を身に纏うこの店員は、いつも、ぶっきらぼうだが、店の隅っこでひとり、ただ、酒を飲んでいる明利にも、さりげなく、気遣ってくれる。 (『滅多にないこと』……)  確かにそうだ。  郁が、店内をお散歩するというのも、滅多にないことだろう。  その郁に誘われて、郁のプレイを、特等席で見学させられたというのも、滅多にないことだろう。  店内には、まだ、郁の甘い嬌声が、止めどなく続いている。 (なんか……すっごい……気持ちよさそうだった……)  郁の、快楽に酔いしれて、とろんとした瞳を思い出す。 (マンガだったら、瞳孔の中が、ハートになってるやつ……)  淫猥な、水音。肉を張る音。全部、イヤらしい擬音語が、周りに飛び散っているのを想像した。 (ん……っ)  下着が……、濡れた感じがした。触れてもいないのに、あの、郁の痴態を見ているだけで、吐精してしまったらしい。 (……郁さん……、本当に……、気持ちよさそう……)  なんとなく、ああして、心ゆくまま、煌也に愛されて、虐められている姿を、うらやましい、と思ってしまった。  

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