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第6話

***  その日、結局恋人の声でどんな言葉を紡いでほしいのか、琉星が教えてくれることはなかった。正しくは、教えてもらわなくてはと思っていたけれど希声が訊くのを忘れてしまった。  琉星が新たに依頼をしてきたからだ。  希声が試しに亡くなった恋人の声を再現したあと、琉星はしばしの沈黙ののち、申し訳なさそうに切り出した。 「一ヶ月、いや一週間でいいんです。ハル君の声で俺と電話をしてくれませんか?」  初めは何を言っているのかわからなかった。これまでの依頼主の中にも、リピーターは何人もいる。だが、最初の依頼を果たし終えたあとに再度別件を依頼されるというのが常だ。  まだ最初の依頼もクリアしていない状況で、次の依頼を追加されるのは前代未聞だった。 「えっと……それはつまり最初のご依頼は取り下げて、ハルさんの声で古波倉さんと電話で会話するご依頼に変更……ということでしょうか?」  突然の依頼変更に戸惑いながらまとめると、琉星は「いえ」と首を横に振った。琉星いわく最初の依頼はそのままに、追加で依頼したいとのことだった。 「報酬はもちろん追加でお支払いします」 「それはまあ、お金のことは後日DMします。こちらも設定した相場に則って請求しますんで、あまり気遣ってもらわなくて大丈夫ですよ」  メール上で報酬の倍を支払うと言われたときは舞い上がったが、実際は他の依頼主との公平性を保つためにも報酬は正規の額をもらうつもりだった。  だが琉星は、 「大丈夫です! 七月のボーナスがまだあるんで!」  と空気を読まない。それよりも今、社会人みたいな単語が琉星の口から飛び出たことの方が希声の興味を掻き立てた。 「ボーナス? え、君今いくつ?」  思わず敬語も忘れて尋ねた。  琉星は「二十四です」と答え、家電量販店で販売員をしていると言った。 自分より年下であることは変わりないが、まさか社会人だとは思わなかった。ということは二十二歳で恋人を亡くしたということか。  ハルと琉星は同い年だったと聞いている。病気か事故か……どんな死に方であれ、ハルも人生の幕を閉じるには早すぎる。酷だなと思いつつ、人生の先輩として琉星の人生はまだまだこれからじゃないかと思う自分もいた。  琉星のルックスと、幼さの残る素直な性格に好意を抱く人間は長い人生でたくさん現れることだろう。  今から過去や過去の人間にがんじがらめになっていては、未来への希望や期待を感じづらくなって大変だぞ、と年上の余計な世話心が働く。とはいえ過去の向き合い方なんて人それぞれだ。あくまで個人的なことなので、自分の意見は心で思うだけにしておいた。  希声には追加の依頼を断る理由がない。 「電話についてはお互い都合の合う日や時間帯とか、どちらから掛けるとか、文字に起こした方が行き違いもないと思います。詳細は追って連絡し合いましょうか」  眼鏡の修理後受け取りの時間が迫っていたこともあって、なるべく早めにこの場を切り上げたかった。希声はタイミングを見て店員に向かって手を上げ、自分のアイスコーヒー分を会計した。  依頼主が亡くなった恋人の声で何を言ってほしいのかを訊きそびれたことに気づいたのは、店を出たあとだった。

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