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第13話
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希声と琉星が二杯目を頼み、三杯目を頼む頃にラストオーダーの時間になった。最後は閉店時間に合わせて早いペースで飲んだこともあってか、店を出る頃にはほろ酔い程度に酒が回っていた。
琉星と酒を飲む時間は、特別悪くなかった。飲みの話ネタは量販店の裏事情や新人のときにミスした話、とんでもない理由で辞めた同僚の話など。こちらをワンナイトの相手として見ているのではという盛大な妄想をしたことを詫びたくなるぐらい、色気のない話ばかりだった。
これで店出たあとにホテルへ連れ込まれそうになったら大笑いだな。
最後の方は敬語で喋るのも疲れてきて、希声は酔いに乗じてタメ口で琉星の話に相槌を打ったり返したりしていた。最後の会計では「おごります」と言い張る男を制止し、「いいから半分出させろ」と先輩面もかました。
「すいません。今日は俺が無理言って誘ったのに」
外に出たあと、琉星は店の扉が閉まると同時に言った。
「気にしないでいいよ。俺も意外と楽しかったし。あとはまあ、免罪符的な」
「免罪符?」
「忘れて。こっちの話だから」
勘違いしていたことをわざわざ言う必要もないだろう。希声は駅の方向に流れていく人込みに倣って足を進めた。
「希声さんが……」琉星が尋ねてきたのは、信号待ちをしているときだった。
「ハル君がどうして亡くなったのか、訊いてこない理由ってなにかあるんですか?」
それまでずっと世間話ばっかりしていた。突然発せられた琉星の亡き恋人の名前に、希声は一気に現実へと戻された感覚になる。
「希声さん、ハル君の声を再現するためにハル君の身体的な特徴とか性格とか育ってきた環境とか……すごく質問してきたじゃないですか。俺、その流れでハル君が亡くなった理由も訊かれるんじゃないかと思ってました。もし訊かれたら、ちゃんと答えられるかなって結構身構えてたんです」
初めて聞く琉星の本心。男はこちらの様子をチラチラと窺いつつ続けた。
「でも結局訊かれないまま希声さんとの契約が始まって……なんでだろうってずっと不思議で」
今日希声を飲みに誘った理由の一つに、この疑問を尋ねたいという真意もあったのかもしれない。希声からするとたいしたことではなくても、琉星にとっては大きな気掛かりの一つだったようだ。
希声は「そうだなー」と考えながら少し上を向いた。
「気にならなかったってわけじゃないけど、死因はその人の生き様とは関係ないじゃん?」
家族や好きな人の声を再現してほしいと依頼してきた人たちは、相手の死に際の声を聴きたいわけじゃないはずだ。その人が生きているときの声を聴きたいと思っているはずだ。
「ハルさんが生きているときの――元気なときの声を聴きたくて、琉星君は俺に依頼してきたんだろ?」
そう言って振り返ると、琉星はハッとした表情をしてから目を伏せた。
「しかもその様子だと、ハルさんが亡くなった理由をあんまり言いたくないんだろ。俺から訊けるわけがないじゃん」
ちょうど信号が赤から青に変わる。駅に向かう人の波が一斉に動き出す。希声の歩みに遅れて、斜め後ろにいる男も歩き出した。
歩道を渡りきってから、希声はあっと思い出した。振り向いて琉星と向き合う。
「今の話の流れで思い出したけど、今日電話する日だ。すまん、すっかり忘れてたわ」
あっと驚いた表情から、自分だけでなく相手も忘れていたことを知る。
「家帰ってから電話してもいいけど、どうする? ここで直接やっちゃう? 琉星君には目を閉じてもらうことになるけど」
冗談交じりに尋ねると、琉星は首を横にブンブンと振った。
「契約の内容はあくまで電話でってことなので、今から俺から希声さんのスマホに電話します」
「え、ここで? それ二重で声とか周りの音とか拾わない?」
「じゃあちょっとそこの壁のところにいてください。俺が離れます」
琉星はこちらの返答も聞かず、そう言い残して駅のコンビニ前へと移動し始めた。渋々希声も指示された通りに、高架下の壁際に背中を寄せる。
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