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第15話

***  右のモニター画面には、新作のPCゲームが映し出されている。  配信者界隈で今人気の脱出系ホラーゲームだ。主人公の男子高校生が、夜の学校で女子高生の幽霊から逃げながら学校からの脱出を目指すという内容のもの。おどろおどろしいBGMと恐怖を煽る効果音が、希声のヘッドホンを揺らしている。  希声はここ数日、何日かに分けてこのゲームを攻略する動画を、実況を交えて配信している。 「この教室のドアって開くの? うっそ。もしかして開かない感じ?」  一人きりの部屋で、困った表情を作りながら気持ちシャツの襟元につけた小型マイクに向けて声を落とす。ゲーム上のドアを開けようとマウスをカチカチと左クリックしつつ、左側にあるモニターをチラッと見る。  もう一つのモニターの上では、先日琉星に勧められて購入したウェブカメラが乗っている。視線を画面に下げれば、そこに映っているのは結樹アイオだ。結樹アイオのデザインは、ネットで知り合った絵師に有償で描いてもらった。キリッとした青い目に青と黒が混じった長髪。アニメ調にデフォルメされたダボッとしたストリート系の服を着ているイケメンキャラが、希声の表情と連動して困ったように苦笑いしている。  前に使っていたカメラは、表情を変えるごとにキャラクターの動きが少しカクついていた。新しいカメラは琉星から聞いた性能通り、動きが前のカメラより滑らかになっている。  ふと泣き崩れていた琉星の背中がフラッシュバックする。  今は配信の途中だ。余計なことは考えるな。希声は自身に言い聞かせて、瞬時に目線をゲーム画面に戻した。 「そういえばカメラ替えたんだけど、新しいのってすごいね。俺がますますイケメンに見えない?」  話題を投げると同時に、画面の右端にはリアルタイムで配信を観ている視聴者のコメントがポンポン流れていった。 【見える!】 【このイケボでアイオの中の人がブスだったらヘコむ】 【アイオはいつもイケメンだよ♡】  同調からただの独り言のようなコメントまで、希声が一言発するたびにコメント欄が湧く。 「みんなありがとー。ってか、ふざけてる場合じゃなかったわ。今近くに来てるっぽいね」  幽霊が主人公キャラの近くに来ると鳴る太鼓の音が、徐々に大きくなっていく。 【この音怖すぎ】 【俺も幽霊でいいからJKに追いかけられてー】 【保健室の近くに鍵みたいなの落ちてなかったっけ?】  希声の実況に合わせたコメントが届く。上に流れていくコメント欄を横目にゲームを進めていると、ふとあるコメントに目が留まる。 【アイオの首にホクロがあるけど、中の人にも同じ場所にホクロがあるのかな?】  ゲームの内容とは関係のないコメントに、希声は眉をひそめた。『中の人』――というのはキャラクターを演じている人のこと、つまりここでは希声のことだ。  確かに見た目は似ても似つかない自分と結樹アイオだが、一つだけ共通点がある。それが首の右にあるホクロだ。そんな情報をネットの向こうにいる視聴者が知るはずもない。  配信内容とは関係のないコメントに寒気がする。思わずキショッと声に出しかけたが、結樹アイオは基本的に特定のコメントには返さないようにしている。  幸いにも、そのコメントはゲームに関するコメントにあっという間に埋もれた。希声は見なかったことにして配信を続けた。  ゲーム実況の生配信が終わったのは、それから三十分が過ぎた頃。もうすぐ夜の十一時だ。 「じゃあみんな、次は今週の金曜日だね。いい夢見なよ、バイバーイ」  モニターに向かって手を振る。画面の中の結樹アイオが同じように手を振ると、コメント欄は今日一の速さで流れていった。  変なコメントもあったが、配信内容に関係のないコメントが届くのはそこまで珍しいことじゃない。スルーするのが当たらず障らずの対応だろう。希声はデスクから離れてシャワーを浴びることにした。  椅子から立ち上がった際に、ふとデスクの上にあったスマホに目が下がる。スマホには琉星からメッセージが届いていた。

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