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第21話

***  せがまれて買ったアイスを受け取ろうとした際に、姪の唯菜がいないことに気がついた。  たったさっきまで、足台に登ってアイスクリームトラックのカウンターに両手を掛けていた。キッチン内を覗くようにして「ゆいな、チョコレートのアイスがいい」と訴えていたのだが、会計を済ませている間にどこかへと行ってしまったらしい。  四歳児は自由奔放だ。トラックから離れると、希声はアイスを手に持ったままキョロキョロと見回した。  唯菜は希声の三歳離れた異父姉・亜弥の娘だ。今日は姉が唯菜の新しいパパ候補とデートらしく、数日前に唯菜のお守りを半ば強制的に頼まれていた。  水族館に行きたいと言ったのは唯菜だ。館内をひと通り回り終え、疲れたと駄々をこねる姪っ子の機嫌取りにアイスを買っているところだった。  姉が妊娠中に別れた父親似なのか、唯菜は姉や希声と血縁関係があるとは思えないほどの日本人顔である。迷子センターに行ったところで怪しまれそうなので、絶対に自分から離れるなと口酸っぱく言ってきたのだが効果はなかったらしい。  希声が名前を呼びながら探していると、ガラス張りの向こうにある屋内のお土産コーナーに目が留まった。左右非対称の二つ結びをした女の子がぬいぐるみをじっと見ている。  今朝唯菜が「ママにむすんでもらったのー」と自慢してきた二つ結びは、右と左で毛量も髪の高さも違っていた。姉の不器用さを物語っていて、自分から見てもこれでいいのかと印象的だった。唯菜が嬉しそうだったので指摘しなかったが。 「あいつ、勝手に動くなって言ったのに」  舌打ちしつつもホッと安堵する。希声はデッキから屋内へと移動し、お土産コーナーに入った。商品に汚れを付着させないためか、コーナーの入口には【飲食物の持ち込み厳禁】というポスターが貼られている。  せっかく買ったアイスだが溶けかけているし、唯菜がほしいと言えばまた新しく買ってやればいいか。希声はアイスを一気食いしたのち、土産コーナーの奥でぬいぐるみに触っている唯菜へと近づいた。後ろから「こら」と声を掛ける。 「勝手に俺から離れんなって言ってんだろ」  唯菜は驚きもせず振り返った。 「ゆいな、これほしい」  指差したのはアザラシのぬいぐるみだ。アイスの次はぬいぐるみか。 「これ? いいけどでかくね? こっちの小さい方にしろよ」  ひと回り小さいぬいぐるみを提案したが、唯菜は「やだ、こっちがいい」と自分の上半身ほどあるぬいぐるみを離すまいと強く抱く。  そう言われてしまえば買わない理由もない。姉がしつけに厳しい分、叔父である自分は唯菜に甘い立ち位置にいてもいいだろうと考えている。希声は「はいはい」と小さな腕からぬいぐるみを抜いて脇に抱える。幼い姪の手を取ってレジへと向かった。  唯菜がまたどこかへ行かないよう目を光らせつつ、電子決済のためスマホにアプリを起動させる。レジが進み、自分の番になったそのとき、レジ横にシロクマのクッキー缶が目に飛び込んできた。  クッキー缶にプリントされたシロクマのキャラクターを見た瞬間、ある写真が頭にチラついた。以前、琉星にスマホで見せてもらったハルの写真だ。  琉星もハルのことをシロクマみたいな人だったと表現していた。その情報と実際に写真で見た印象から、ハルのイメージは琉星と同じくシロクマになっている。  そういえば先日、琉星と例のごとく会った帰りに姪と水族館に行く話をした。「楽しんできてくださいね」という言葉と笑顔をもらい、不覚にもお土産を買ってくると約束した。  大きさ的にもちょうどいいし、琉星へのお土産はこのクッキー缶にするか。希声は「これも会計お願いします」と言いながらクッキー缶を掴もうと手を伸ばした。  そのとき、シロクマのクッキー缶の横に同じシリーズのイルカのクッキー缶があることに気がついた。希声の手はシロクマのクッキー缶に触れる前にピタッと止まる。  シロクマはあまりにもハルを連想させるだろうか、と考え直したのだ。ハルを思い出して、また泣かせてしまうだろうか。  次の瞬間、忘れようとしていた感情がスッと顔を出す。新しい契約内容に変わった初日、カラオケで生まれた感情。  琉星のことを思い出すたびに胸が痛くなる。泣いている姿が痛々しくて、こちらまで辛くなる。笑ってほしい。泣くぐらいなら、ハルのことなんて思い出さなければいいのだ。 「きこえ、それかったらアイスのところにいこーね」  クッキー缶を前にフリーズしていると、唯菜が希声のシャツの裾を引っ張った。  会計を頼んだ割に商品をレジカウンターに置かない客に、レジに立つバイトらしき女性も「お決まりですか?」と促してくる。見ると希声の後ろには二、三組がレジ待ちで並んでいる。 「あ、はい。すんません。これもお願いします」  希声は慌ててクッキー缶を手に取り、ぬいぐるみとともにレジカウンターの上に置いた。
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