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第24話

***  琉星の話によれば、ハルは幼い頃に両親が震災で他界し、児童養護施設で育ったそうだ。両親と過ごした記憶はほとんどなく、本人が「実家」と呼ぶのはハル自身が高校卒業まで過ごした児童養護施設のことだったらしい。  両親との思い出がないと聞けば憐れむ人もいるかもしれない。だが、ハル本人もその周りにいる人たちもつとめて明るかったという。  ここまでの情報は希声も事前に聞いた内容であるが、次の内容は希声も初めて聞くものだった。  ハル本人が同性愛者でかつ結婚は諦めていると発言していたこともあり、琉星はそんなハルが家族というものに興味があるとは思っていなかったと言った。 「付き合って一年経った頃かな、姉貴の結婚式の写真をハル君に見せたんです」  その際にハルはポツリと「いいなあ」と呟いたそうだ。そのときはハルの声を頭の片隅に置いておくだけだった琉星も、ある日ネットニュースを読んで某テーマパークで同性カップルが結婚式を挙げたことを知った。  早速ハルにこんな記事があったと見せると、ハルではまんざらでもなさそうな顔を見せたという。  しかし某テーマパークでの結婚式は金銭的にも厳しく、さすがに目立ちすぎて恥ずかしいとハルは言った。そんな恋人に、琉星は探し出したいくつかの式場のパンフレットを見せることにした。ハルがその中で選んだのが、埼玉にある小さな式場だったそうだ。  こぢんまりとしていて、挙式スタイルは神やキリストの前ではなく、家族や友人の前で愛を誓う人前式を扱っていた。都内の式場に比べてリーズナルブルかつ、式場のプランには同性向けの結婚式がある。何より初めて相談に行ったその日から、親身になって琉星たちの願望を聞いてくれたそうだ。  琉星は自分の家族に対して、結婚式を挙げようと決めた直後にハルを紹介していた。家族は息子の決めた相手ならと祝福してくれたらしく、結婚式のハードルは思ったより低かったという。  法的に認められない自分たちは、せめて世話になった家族や共通の友達という証人を前に愛を誓いたい。ハルはそう言い、琉星が結婚式を挙げようと言い出した当初に比べ、見るからに乗り気になっていたそうだ。  日取りが翌年の二月に決まってからは、月に一度の打ち合わせに互いの仕事や用事の合間を縫い、なるべく二人で通ったという。  二人が着るタキシードや、それに合わせるネクタイにリボン。高砂席やゲストのテーブルに飾る花や料理など、細部を少しずつ自分たちの色に染めながら、結婚式と披露宴の準備を進めていった。はじめは実感が乏しかったけれど、結婚式のイメージが固まっていくにつれてこの人と結婚するんだという実感も膨らんでいった。それがとても幸せだったと、琉星は思い出に浸りながら口にした。  それは突然訪れた。  月に一度の打ち合わせの日だった。その日、琉星は本来シフトが入っておらず休みで、ハルとは早めのランチを食べてから式場に向かおうと約束していた。  そんな日の朝にかかってきたのが、職場からの電話だった。出勤予定だった先輩社員がインフルエンザになり、急遽代わりに出勤してほしいとのことだった。  はじめは断った琉星だが、その日は職場にテレビの取材が入っていた。電話をかけてきた上司によれば、テレビ局側からの要望で取材対応には家電アドバイザーの資格を持つ従業員を配置してほしいと言われていたそうだ。   しかしこのときの販売部内での資格所持人員は、休んだ先輩社員と琉星だけらしく、どうしても出てほしいと頼み込んできた。  自分以外のスタッフでもなんとかできるなら断固拒否していた。そう悔しそうな顔をして琉星は言う。上司との電話を一旦切ってから確認してみると、ハルは電話の向こうで「推しにインタビューされるんでしょ? 行ってきなよ」と言った。  琉星の好きなお笑い芸人がインタビュアーであることを口にしたせいで、ハルは興奮気味に背中を押してくれた。「こんな機会は滅多にないし、頑張って取った資格を活かせるチャンスだよ」と。  恋人の後押しもあり、琉星は上司の頼みを引き受けることにした。  ――打ち合わせは一人で行ってくるから、僕のことは気にしないで。お仕事頑張ってね。  それがハルとの最後の会話になるとも知らずに。 「ハル君は……そのあと事故に遭いました。式場に向かっている途中で、ブレーキとアクセルを踏み間違えた車に跳ねられたんです。俺が病院に駆けつけたときには、もう……っ」  琉星は顔をくしゃりと歪めた。嗚咽が狭くて暗い個室に響く。流れてくるCⅯのアップテンポな音がただただ空々しい。  希声は男の背中に置いていた手を離した。自身の太ももの上に手を置き、ぎゅっと握りしめる。硬く握られた拳の震えが止められなかった。  琉星がどれほどの傷を負っていたのか、このときになってようやく理解した。  人間はいつか皆死ぬ。わかっていても、それがまさか一週間後――いや、明日や今日になると思って生きている人は少ないはずだ。ましてや結婚式は未来を約束するもの。これからの未来を共に歩んでいくことを誓おうとしていた相手が、突然いなくなる。突如訪れた別れがどれほど心引き裂くものだったかなんて、想像しただけで胸が圧し潰されそうになる。  琉星は言葉を詰まらせる。 「式場のミスは謝ってくれた時点で、もういいんです。むしろ俺たちが結婚式を挙げようとしていた事実まで消えたわけじゃないんだって、嬉しいじゃないけど嫌な気持ちにはならなかった。ただ……ただハル君が今も元気にしていたらって考えてしまって。今頃結婚式の思い出話をしながら、二人で返信ハガキの出席に丸をつけていたのかな……っ」  以前見せてもらった笑顔のハルの写真が脳裏に浮かぶ。涙を流す琉星にダブって、ハルが死ななかった未来――笑いあって返信ハガキに記入している二人が見えた気がした。

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