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第33話
養成所を卒業し、所属試験を受けて事務所に仮所属することができた希声はそれから毎日のように舞台や映画、ドラマのオーディションを受けた。審査員から声がいいと言われれば、アニメのオーディションも受けた。
しかし、どれも受からない。それどころか、最終選考の前の選考段階にも残らない。
自分は唯一無二の存在なのに。他の人が経験したことのないことを経験しているのに。
『つまらない』
『光るものがない』
『それっぽくやろうとしているだけ』
『君の芝居は君じゃなくてもいいやって思わせる芝居なんだよ』
『所詮誰かの真似』
『モノマネタレントになったら?』
オーディションに落ち続ける日々の中、審査員の言葉がグサグサと胸を刺した。余裕をかましていた心に、どす黒い水が徐々に溜まっていった。
焦り始めると同時に、それまであった自信がみるみるうちに枯れていった。自分に自信がなくなっていくのと反比例して、三橋への不信感が募っていった。
業界で有名なオッサンたちと寝ることが、本当に演技の勉強になっているんだろうか。
一度抱いた疑念はあっという間に膨れ上がり、あるときいつものように三橋から指定されたホテルに、希声は行かなかった。もちろん三橋に連絡もしていない。すべてがどうでもよくなり、仮所属までしていた事務所も思い切って辞めた。
半ば強制的に三橋から離れたことで、頭も少しずつクリアになっていった。本来の自分や生活を取り戻していくことができたのは、連絡を取り続けていた同期の和気のおかげだ。
「暇してるなら俺の仕事手伝ってくれよ」
とコンビニとカラオケのアルバイトで生活している希声に、ある日声を掛けてくれた。
三橋の元から逃げるようにして別れたあとに知ったことだが、三橋は講師の顔の他にゲイであることを隠している著名な劇作家や監督、俳優に対して自身のつてを使い、売春を斡旋して金を貰っていたらしい。養成所を退所したあと、和気が主催するワークショップの準備を手伝っているときに「三橋先生って覚えてるか? あの人逮捕されたらしいぞ」と和気にネットの記事を見せられた。
付き合っている気になっていたのは自分だけで、知らないうちに自分は売春していたのだ。その金は三橋に流れていたのだろう。衝撃がなかったわけではないけれど、考えてみれば確かにあのときの自分は金を貰わなければ割に合わないほどいろんな男たちに体を好き勝手に弄ばれていた。
被害者として名乗り出てもよかったが、家族や和気に知られて心配をかけたくなかったし、何よりもう二度と三橋に関わりたくなかった。ネットニュースで三橋の件を読んだあと、希声はひっそりと過去を捨てることに決めた。
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