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第37話
再び椅子に腰かけ、その上であぐらを掻く。二本目をプシュッと開けて一口飲むと、苦みのある炭酸が舌の上で弾ける。
これ以上踏み込むなと線を引いたつもりだが、琉星は「でも」とこちらに顔を向ける。
「琉星君はそれを言ってどうしたいの? 俺を傷つけたことが気になって、自分だけ救われるつもりでここまで来たの?」
「ち、違います!」
琉星は床の上に缶を強く置いた。酒が回り始めているのか、琉星の顔が赤い。
「さっきも言ったけど、反省するのも謝るのもそっちの勝手だけど俺に謝ってくれるなよ。惨めになるから」
「ちが……俺は謝りたいわけじゃなくて……」
「じゃあなに? 琉星君は何が言いたいの?」
琉星は希声から目を逸らしながら、「希声さんは言いたくないかもしれませんけど」と言いにくそうに口を開いた。
「あの人と、何があったんですか……?」
ポカンとした。予想の斜め上からの質問に、希声は口を開けたまま「へぇ?」と頭を前に突き出した。
あの人って誰だ? 希声が記憶を巡っていると、琉星は続けた。
「スーパー銭湯で会った男の人です。希声さんの元恋人だって言ってましたけど……」
そこで琉星の言っている人物が三橋のことだと思い至る。
「な、なんで琉星君にそんなこと教えなくちゃいけないんだよ」
「わかってます。でも……どうしても気になってしまって」
希声はあぐらの体勢から、両方の膝を抱える体勢になった。ドッドッド……と心臓が静かに大きく鳴り始める。
どうして琉星が自分と三橋に何があったか気になるんだろう。琉星にとってどうでもいいことのはずだ。ただの興味だろうか。ただの興味本位で、訊いているのだろうか。それとも……。
「聞いても楽しくねえよ」
「楽しくなりたくて聞きたいわけじゃありません」
ダメだ。期待なんてしたくないのに、期待してしまいそうになる。琉星の気持ちが少しでも自分に向いているのではないかと。
希声はいやいや、と勘違いしそうになる自分を律する。琉星に限ってそんなことはあり得ない。ハル以外の相手に対して、恋愛感情を抱くような男ではないことは希声が一番知っている。
真面目で優しい男だ。本当に希声のことを心配してくれているだけなのだろう。前に言っていたように、気持ちを吐き出せば本当に心が軽くなるとでも思っているのかもしれない。バカな男だ。希声は缶をデスクの上に置いた。
「俺はさ、もともと役者になりたくて東京に来たんだよ」
プロジェクタ―が壁に映し出す結樹アイオの動画を見つめながら、希声はゆっくりと話し始める。
琉星が話を聞いて、どんな反応をするか怖かった。呆れられて引かれるかもしれない。それでも過去を話そうと思ったのは、琉星の興味に付き合おうと思っただけじゃない。ハル直伝の『話せばスッキリする』というアドバイスを真に受けたわけでもない。
ただ、自分のことを知ってほしくなったのだ。
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