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第51話
「なっ、なっ――」
何するんだ、と言おうとしたが、ドキドキしすぎて言葉にならない。琉星は顔をほころばせたまま、「今はキスしてもいいタイミングかなと思って」と優しく説明した。悪びれる様子は微塵もない。
「タイミングを探すのが難しかったら、こう思ってください。お互いの目が合って二秒間、どちらからも目を逸らさなかったら、それはタイミングの合図なんだって」
「む、無理だ……俺にはそんな高度なことはできねえ」
早速目を逸らす。琉星は自信満々に「できますよ」と再び希声の目を見つめた。口から心臓が飛び出しそうなほど緊張したが、琉星の目に捕らわれるのは嫌いじゃない。むしろずっと浸かっていたいとさえ思う。
そうか、と腑に落ちる。これがタイミングなのか。
希声は乾燥した唇を少し開けた。男の目に自分が映っていることを確認しながら言った。
「俺も……好きだ」
言葉にすると、気持ちがさらに昂ぶった。
「本当は偽物じゃなくて……っ本物の恋人になりたかった。琉星君を独り占めできたら、どんなに嬉しいだろうって……っ」
一つずつ言葉にすると、自分の中にたくさんの欲望が眠っていたことを改めて知った。心にあった部屋のカーテンが、続々と開けられていくようだ。
押し殺して見ない振りをしていた。琉星の中に自分が座れる椅子なんてない。汚い過去をもつ自分は真っ直ぐな琉星の横には立てない。琉星が自分を見てくれるはずがないと。
「俺は琉星君が思うような大人じゃない。全然冷静なんかじゃないし、たぶん嫉妬深い。ムカつくことは黙ってられなくてすぐ口に出すし、不機嫌になってムスッとしてることもしょっちゅうだ」
欠点ばかり申告しているのに、琉星は微笑みながら希声の話に耳を傾けている。
「一人で生きていくつもりだったんだ。でも琉星君を好きになっちゃったから……っ」
一人がつまらなくなった。一人でも楽しいこともあるだろうけれど、前ほど楽しめなくなっている自分の姿が未来に見えるのだ。
「琉星君が言う通り、俺はわがままなんだよ」
言い終わると同時に、再び唇を塞がれた。唇の隙間から侵入してきた相手の舌が、撫でるように希声の舌を絡めとる。一回目のときみたいな触れるだけのキスとは違う。不意打ちに与えられた熱い口づけに頭を溶かされる。
希声の唇を解放した琉星は、「反則ですよ」と希声の体を愛おしそうに抱きしめた。二人分の体重がベッドに乗る。スプリングが軋む。
「どんどんわがままになっていく希声さんを見て、俺がどんな気持ちだったかわかりますか?」
「……困らせてごめん」
「違います。可愛いんです。俺は希声さんが可愛くて仕方ないんですよ……」
抱きしめられた腕の中、ドクドクと男の鼓動が服の上から伝わる。琉星も同じなのだ。緊張していたのは自分だけじゃなかった。同じ気持ちだったことが嬉しくて、希声は恐る恐る男の背に手を回した。
「俺の方がきっと何倍も嫉妬深いですよ。ウザいて言われても毎日愛してるって言うし、周りが引くほど希声さんを甘やかします」
「怖っ」と笑えば、琉星も「なんとでも言ってください」と笑った。
「愛しています……希声さん、俺の恋人になって」
耳たぶを食まれながら、甘い言葉を耳元で囁かれる。濡れた声に耳の奥を刺激され、希声の口からは「ン」と声が漏れる。耳から首筋に唇を這わされ、くすぐったいのか気持ちいいのかわからなかった。
「な、る……ってか、もうなってる、からぁ」
身をよじらせながら返すと、琉星は「よかった」と希声の首に回していた手を腰に移動させた。希声のパーカーの裾をたくし上げつつ、あばらの浮いた腹から胸のあたりをさわさわと撫でた。むず痒い感触が肌の上を滑り、「は……っ」と息が勝手に漏れる。
少しずつこそばゆさが全身の肌の感度を上げ、快感へと塗り替えていく。誰かの指や手に肌を触られることが気持ちいいと感じる。そんな日が再び自分の身にやってくるなんて思いもしなかった。
あばら骨をなぞるように撫でていた手が胸の突起をかすめる。反射的に「あッ」と声を出すと、希声の唇や耳の裏、首筋をキスでなぞっていた琉星が希声の顔を覗き込んだ。
「希声さん、敏感なんですね」
「ちが……っ」
否定しようと首を横に振ったが、胸の粒を集中的に刺激してきた男の指に翻弄され、叶わなかった。
「や、ン……っあ、ンあっ、そこ、ばっか、だめ……っ」
「だめなんですか? 希声さんのここ、触ってほしいって固くなってきましたよ」
粒を指の腹で優しく捏ねられ、時々押しつぶされ抓まれる。緩急のある乳首への刺激がたまらず、希声はまだ触れられていない腰をモゾモゾと動かした。胸への煽りで淫らな声をあげさせられる。
いつの間にかパーカーが剥ぎ取られ、気づいたら琉星の手は希声の下半身に向かっていた。覆うものがなくなった胸元の飾りを唇に含まれながら、下着の上から希声の昂ぶりを大きな手が包み込む。
「あっ、ンあっ、ああッ、同時、だめ……っ」
ピチャピチャと突起を舌で転がされながら同時に下も触られると、刺激された二箇所の経路が繋がって瞼の裏に火花が散った。
「下着の上から触ってるだけなのに、もうイキそうなんですか?」
「だめ……っイっちゃ、う、から……っ」
希声は生理的な涙で枕を濡らした。直接触ってほしい気持ちがあるのに、感度が上がっているせいで直接触られたらどうなってしまうのか考えると怖かった。
「イってください。俺にイってる姿を見せて」
下着の中に侵入してきた琉星の手が、我慢汁で濡れた鈴口に親指を当てがった。我慢汁を塗り広げるように昂ぶりを上下に扱く。
「あっ、ああっ、んあっ、はっ、ンっ!」
あまりの快楽に抵抗する気も削がれ、だらしなく喘ぐことしかできなかった。下半身をいたぶられながら、胸の粒も唇や濡れた舌に弾かれる。直接の刺激は思った以上に激しく、希望はあっという間に一度目の絶頂を迎えた。
「はあ、はあ、はあ……っ」
ベッドの上で仰向けになりながら、見慣れない天井を見上げた。まだ琉星とは繋がっていないが、幸せな疲労感と脱力感に満たされていた。
ふと見ると、琉星が何やらゴソゴソとベッドの下にある収納ボックスを漁っていた。
「何してんだ……?」
呼吸を整えながら上半身を起こすと、琉星は収納ボックスからドレッシングボトルのような容器を取り出した。それは未開封のローションだった。
「この日のために買っておいたんです。希声さんに怪我を負わせたくないので……って、ごめんなさい。俺が挿れる前提で話してましたけど、希声さんは俺に挿れたいですか?」
慌てる男に希声はフフッと笑った。
「ここまでアンアン喘がされて、今さら挿れたいなんて思わねえよ。むしろ俺挿れられたい方だし」
「本当にっ?」
琉星が嬉々として目を輝かせる。
希声は太ももまで下がっていたスウェットや下着を自ら脱ぎ、「本当かどうか試してみろよ」と一糸まとわぬ姿になった。
挑発しながら男のシャツをバンザイで脱がせ、スラックスのベルトに手をかける。カチャカチャと苦戦して外すと、自分のそれよりも逞しい屹立が目の前に現れた。
筋が浮き上がり赤黒くそそり立ったそれは、希声の想像を遥かに凌駕する大きさだ。正直かなり驚いた。今からこれが自分の中に入るのか。
ゴクリと唾を飲む。やはり今からでも自分が琉星に挿れると提案してみようか。といっても希声は男の尻に自分のそれを挿れたことがない。セックスで挿入される側としてのリードはともかく、挿入する側としてのリードは未知の領域だ。
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