5 / 9
第5話 知らなかったこと
寝室に戻ると、穂積は文机とまっさらな紙、筆を用意した。
渉は文机を挟んで穂積の対面に座ろうとしたが、牢での爺からの仕打ちを思い出して立ち尽くした。
それを察した穂積は立ち上がると渉の隣に座って寄り添ってくれた。
「さて、初潮のことを話す前に、どうやって子が生まれるのかを説明しなければなりませんね」
穂積はさらさらと人を描き始めた。
顔はのっぺらぼうではあるが、それは精巧な男女の人体図だった。
穂積は絵を指差しながら噛み砕いて説明し始めた。
「男性も女性も、それぞれ子どもの元になる種を持っています。それが合わさることによって子どもができるのです。男性の陽物を女性の|御陰《ほと》に入れ、男性が子どもの種を出すことを|交合《とぼ》すといい、これで子どもが成されます。また、この行為は愛し合うもの同士が触れ合う行為でもあります。ここまではわかりますか?」
「うん」
渉の返事に頷くと、穂積は女性の下腹部を指差した。
「子どもはここで大きくなるまで育ちます。お腹にいる間の子どもの布団になるのが血なのです。子どもができないとこの布団は不要になるので、作り直すためにひと月に一度、御陰から出てくるのです。子どもの種の準備ができたという合図が初潮なのです」
指が下腹部にある丸から股の方へ移動する。
初めて聞く生殖の話に渉は神秘を感じた。
それと同時に、改めて父と母の偉大さを知った。
「そっか。だから、子どもができる体になってから神様と引き合わされるようになってるんだ」
「渉は飲み込みが早いですね。その通りです。それに、子どものうちから親と引き離すのは神のすることではありません。本人の意思も確認したいですからね」
「穂積は優しいんだな」
「優しい、ですか?」
穂積はぴたりと固まって渉を凝視した。
その顔はとても不思議だと如実に語っていて、逆に渉も不思議に思った。
「だって、穂積も子どもが欲しいんだろ? でも、今まで神子の意思を尊重して現世に還している。ほら、優しいじゃん」
「ありがとうございます。まさかそんな風に言われるなんて思っていなかったです」
穂積は渉の手に手を重ねて目を細めた。
その反応からすると、優しいと言われたのは初めてで、自覚したのもたった今なのかもしれない。
人間と神だと、優しいだとか、そういった基準が違うのかもしれない。
「そういうものなのかな? それより、初潮は月に一回くるの?」
「はい。あれは月水と呼ぶもので、初めての月水を初潮といいます。月水は七日前後続き、腹痛などの不調が続きますが、痛みを和らげる薬草を煎じますので少しはましになるでしょう。最初のうちは周期が安定しないので、いつきてもいいように準備をしておきましょう」
「ありがとう。あれが月に一回か……」
「よく食べてよく動いてよく寝る。それで少しは不調も改善されるかもしれません。薬草も、効きのいいものを探しましょう。私にはそれくらいしかできません」
「充分だよ。ありがとう」
あの腹痛や怠さが月に一度あるのはとても憂鬱だが、穂積が一緒であれば何とか乗り越えられる気がした。
その日は縁側に布団を敷いて陽の光を浴びながら、穂積の書類仕事を眺めながら一日が終わった。
*
それからの日々はとても穏やかなものだった。
穂積と彼に仕えている人型の動物たちに世話を焼かれながら過ごした。
朝は日の出と共に起きる。
栄養満点の食事をとり、食事の補助として薬草を煎じたお茶を飲み、朝と夕方に穂積と庭を散歩する。
穂積は時折、来客の対応のために席を外すこともあるが、その間は杏や楓たちに話し相手をしてもらっていた。
それ以外は書き仕事をしている穂積の傍らに寄り添って、大きな街で売られている学術書や御伽草子を読んで過ごした。
次に月水が来たのは、渉が穂積の下に来て三ヶ月が経ったころだった。
朝起きると腹が重くしくしくと痛み、まさかと思い褌を確認すると赤く染まっていた。
隣で寝ていた穂積に知らせると、すぐに杏を呼び出し替えの衣類を持ってきてくれた。
穂積は薬草を煎じ、季節外れの火鉢を取り出して温石を作ってくれた。
薬草は苦味が酷かったが、良薬口に苦しというため必死に飲み干した。
温石はしくしくと痛む腹に当てると、幾分か痛みが和らいだような気がした。
穂積も杏たちも月水の期間はいつも以上に過保護になった。
布団からは出るなと厳命され、何かをしたければ穂積の許可が必要だった。
軟禁生活のようでもあったが、村にいた時とはまるで違う。
すべてが渉の体を第一に考えられた生活だ。
嫌だと思うわけがない。
渉はここぞとばかりに穂積に甘えた。
普段は布団を並べてそれぞれ寝ているが、穂積に渉の布団に来てもらい抱き締められて眠る。
優しく包み込まれ、頭を撫でながら寝かしつけられるのはとても幸せで、それと同時に胸がトクトクと跳ねる。
渉はひしっと穂積にしがみつき、彼から香る若葉の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
穂積と共にいると胸がトクトクと逸りだす。
それがなんなのか、わからないほど渉は鈍感ではなかった。
だが、それを穂積にいつ、どう伝えればいいのか、皆目見当がつかなかった。
そうして時は過ぎ、渉が穂積と暮らすようになって一年経ったころ、月水は安定して月に一度来るようになった。
ともだちにシェアしよう!

