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第3話 バランスの取れた食事
それから二十分ほど経ち、大河のストレッチも山下の会計処理も終わった。
山下に先導されてビルの外階を使い二階に上がる。
彼の家は綺麗に整頓された3LDKだった。
廊下の右側にトイレや風呂、洗面台の水回りが集まっており、左側は六畳ほどの部屋が三つ並んでいる。
奥は日当たりがよく、広々としたキッチンとリビングダイニングになっていた。
家具はミッドセンチュリーテイストというのだろうか。
木材とスチールがバランスよく合わさっていておしゃれだ。
「広いですね」
「元はこのビルのオーナーとご家族住んでいたんです。僕が開業する時に別の所に移り住むことになったらしく、これも縁だからと安く借りることができました。ただ、独り身だと広すぎて持て余しています」
「余った部屋はどうしてるんですか?」
「空けたままです。それもどうにかしなきゃとは思ってるんですがね」
大河は山下に誘導され、キッチンと横並びになっているダイニングテーブルに腰を落とした。
キッチンも綺麗に掃除をされている。
綺麗だが何もないわけではなく、使うものがわかるようにきちんと整頓されている。
山下は冷蔵庫から食材を取り出すとリズム良く、そして手早く切っていく。
それらを見て、大河は山下がちゃんと料理をしているのだと理解した。
加熱段階になると食欲を唆る美味しそうな匂いが漂ってきて、大河の腹が空腹を訴えてグルグルと鳴る。
節操のない自分の腹が情けない。
山下は具材が焼ける音で聞こえていなかったようだが、決まりが悪いことには変わりない。
落ち着けとばかりに大河は腹を撫でた。
それから十数分後、食卓は豪華な食事で彩られた。
白く艶のある白米に豆腐とわかめが浮かんでいる味噌汁。
大皿には鶏ささみとナスの黒酢炒めが圧倒的な存在感を放ち、キャベツに大根、にんじんと玉ねぎのサラダは小鉢でこんもりと山を作っている。
デザート枠には梅のジャムが載ったヨーグルトが薄い硝子鉢に入って登場した。
「美味しそう……」
「冷めないうちにどうぞ」
「いただきます」
「僕もいただきます」
行儀良く手を合わせて感謝の挨拶をしてから箸を手に取る。
消化のためにサラダから食べるべきだろうが、甘酸っぱい匂いに誘われて鶏ささみとナスの黒酢炒めに手を伸ばした。
口に入れるとほどよい酸味が広がり、油を吸ったナスの旨味と鶏ささみの食感が素晴らしく調和している。
「美味しいです!」
「それはよかった。鶏ささみは脂肪分も少なく高タンパクですし、黒酢は必須アミノ酸たっぷりですからね。ナスとも相性がいいので、夏はよくこれを作ってるんです」
「そうなんですね。毎日食べたいくらいです」
「お世辞がお上手で」
「お世辞じゃありませんよ!」
「へぇ……。そう言ってもらって嬉しいです」
山下ははにかみながら箸を進めた。
彼は一対一の接客業をしていることもあり、話題には事欠かなかった。
コミュ障であるはずの大河が饒舌になるほど話の聞き方が上手い。
施術中は大河がリラックスしていることもあり必要なこと以外は話しかけなかったそうだが、山下は大河の仕事に興味津々だった。
どうやったら保安検査場の警備員になれるのか。
資格は必要なのか。
荷物の中を透視した画像を見て、どこを見て何が入っているのか判断するかなど、次から次へと質問が飛んでくる。
大河はそのひとつひとつに答え、気付けば随分夜も更けていた。
「もうこんな時間。勝間さん泊まっていきますよね」
「いえ、迷惑でしょうから帰ります」
「そんな連れないこと言わないでくださいよ。僕、まだ話し足りません」
頬杖をついて首を傾げられると断れない。
それに、大河も山下ともっと話をしたかった。
「ええと……じゃあ、お世話になります」
「はい。お風呂、先にどうぞ」
「ありがとうございます」
ダイニングテーブルの上は片付けないまま、大河は山下に連れられて脱衣所にやってきた。
バスタオルは建て付けの棚に綺麗に並べられており、彼からその一枚を手渡されると整骨院のタオルと同じく良い匂いがして気持ちがほわほわとする。
「着替えは後で置いておきますからゆっくり入ってくださいね」
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ。僕が引き止めたんですからね」
山下はにこやかに笑うと、そっと脱衣所の扉を閉めた。
残された大河は手早く服を脱ぐと浴室に続く扉を開けた。
清潔感のあるそこはいい匂いがした。
男性向けの鼻に通る清涼感がある匂いではなく、どこか甘い香りがした。
シャンプーなのか、ボディソープなのか気になったが、どちらもとてもいい匂いがする。
大河の嗅覚では両方だと告げていて判断はつかなかった。
全身を洗い脱衣所に戻ると、棚の上にグレーのスエットが置いてあった。
今晩はこれを着ればいいようだ。
大河は厚みのある体をしているが、山下も大河に負けないくらい良い体格をしている。
スエットはちょうどいいサイズだった。
リビングダイニングに戻ると山下はすっかり片付けを終わらせたあとだった。
滑らかな革張りのソファでカップを傾けていた山下は、大河が戻ってきたことに気付いて花が咲くように微笑んだ。
「お帰りなさい」
「ただいまです。お風呂、ありがとうございました」
「いえ。僕も入ってきますね。よかったらそれ飲んでください。ブランデー入りのホットミルクです」
「じゃあ、いただきます」
大河は山下の隣に座るとカップを手に取り、湯気の立つミルクに息を吹きかけてから口に寄せた。
ミルクとブランデーが混ざり合いとても美味しい。
それに、どこか甘い味もする。
隠し味に蜂蜜でも使っているのだろうか。
目を輝かせながら飲んでいると、山下はそれを見て口元を緩め、そっと立ち上がって部屋を後にした。
その後ろ姿を見送りつつ、大河はホットミルクをちびちびと飲んだ。
あまりにも美味しいそれを夢中で飲んでいると徐々に眠くなってきた。
今寝るわけにはいかない。
ここに泊まるのは山下と語らうためだ。
起きていなければならないのに、大河の瞼は重く落ちてくる。
強烈な眠気に抗う術もなく、大河の体はソファの上にパタリと沈んでしまった。
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