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第4話 元教え子となった理由
そして、今から十五年前。
アイザックはレールに乗るように魔術コースに進み、卒業まではマテウスが担当教師になると決まった。
マテウスは彼をどこまで導けるのだろうかと楽しみにしていたが、それが叶わぬ夢になったのは召喚の儀がきっかけだ。
平民科最後の召喚者となったアイザックが召喚したのは、魔術師家系の中でも五本指に入るフィッツロイ侯爵家が代々継承すると契約しているはずのサラマンダーだった。
フィッツロイ家の当主は高齢ながらも存命で、次に継承するはずの息子もいて、さらにこの召喚の儀式には最悪なことに孫息子さえいたのだ。
あり得ない状況にその場は唖然、呆然となった。
学院長でさえ間抜けにも呆けた顔をしていた。
真っ先に我に返ったのは、幸いにしてマテウスだった。
「契約するなッ!」
マテウスが叫ぶや否やアイザックとサラマンダーの周囲には炎が燃え盛り、灼熱の結界が張られた。
精霊はより質良いい魔力を好み、それに引き寄せられる。
より良い魔力の持ち主と契約するため、精霊も必死なのだ。
その本能を凌駕するのは、人と結んだ魔術契約だ。
フィッツロイ家とサラマンダーが結んでいるのもこの魔術契約のはずで、サラマンダーと強固に繋がっているはずなのだ。
そのサラマンダーがアイザックの召喚に応えたということは、彼はフィッツロイ家直系の落とし胤ということになる。
彼がサラマンダーと契約すれば否応なくフィッツロイ家に引き取られ、いらぬ家督争いに巻き込まれるのは必至。
まあ、この時点で巻き込まれるのは決定しているのだが、精霊の意思とはいえ当主から精霊を横取りするのは流石にまずい。
マテウスの声が届いていたのかどうか、彼がサラマンダーと契約しているか否か汗を滲ませながら待っていると、不意に炎が消失した。
陣の中心にはアイザックが一人。
その体にはサラマンダーの魔力は宿っていなかった。
マテウスは駆け寄って彼を抱き締めた。
深く、深く息を吐いて安堵した。
「マテウス先生、俺……」
アイザックも呆然とする中、周囲は徐々に意識を取り戻し、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「なんでお祖父様のサラマンダーが……⁉︎」
その中でも目を見開いて恐慌状態に陥っているのはフィッツロイ家の孫息子エリオットだった。
悲鳴のような声は聖堂に響き渡り、さらに周囲を混沌へと誘っていく。
事態の収束に当たったのは学院長自らで、アイザックと担任のマテウス、エリオットとその担任教師を先に学院長室に退避させ、学生たちにはそれぞれの科の教師たちが簡易魔術で箝口令を敷いた。
学院長室で待機させられた四人は無言のままソファに座るしかなかった。
アイザックもエリオットも顔面蒼白だし、何も声をかけられなかったというのが本当のところだ。
程なくして二人の両親が訪れた。
フィッツロイ夫妻はアイザックの母を見ると驚いた顔をし、彼女は二人に深々と頭を下げた。
挨拶もそこそこに事態の説明を始めると、アイザックの母は泣き崩れた。
彼女が咽び泣きながら話し始めたのは、十四年前の悪夢だった。
当時、彼女はフィッツロイ家のメイドとして働いており、現当主である老侯爵付きだった。
前年に妻を亡くした寂しさからか、雇用と金品をちらつかせてメイドを手籠にするようになった彼の悪行は誰にも知られることなく続いた。
その手はアイザックの母にも伸び、その精神的ショックから彼女は誰にも言わず屋敷をあとにした。
妊娠がわかったのはしばらく経ってからで、堕胎する方法などないこの世界では産む以外の選択肢はなかった。
自死は怖いし、なにより陵辱の果てに孕んだ子とはいえ罪なき子を道連れにすることは決してできなかった。
彼女は逃げ延びた街の産婆を頼り出産。
それがアイザックだった。
つまりアイザックからすると、エリオットは甥にあたり、フィッツロイ次期当主は親子ほど歳の離れた異母兄となる。
そして、この場にいる二組の親子は全員被害者だった。
流石は貴族と言うべきか、フィッツロイ家の判断は早かった。
エリオットの父は自身の父を更迭し領地に蟄居させ、サラマンダーを継承して当主となった。
そして、アイザックを養子として迎え入れた。
親子を引き離すのは躊躇われたが、今後アイザックに降りかかってくる火の粉を振り払うのは必要な措置だと判断され、それは両親子とも理解を示したという。
アイザックの両親にはフィッツロイ家から多額の慰謝料が支払われ、今の生活を保証された。
その措置は召喚の儀からわずか一間週間のうちに行われ、マテウスは貴族の本気を目の当たりにした。
アイザックがフィッツロイ家の一員となったことで、彼は平民科から貴族科に転入するという他に二つとない道を進むことになった。
そして、彼はマテウスの元教え子となったのだ。
普通、貴族科の話は漏れてくることはないけれど、学院長が元担当教師のよしみということでこっそりアイザックの様子を教えてくれていた。
周囲から好奇の目で見られるのは必然だったが、幸いだったのはエリオットと良い友人関係を築けていたことだ。
はじめは戸惑いが大きかった両者だが、二人とも魔術の才はずば抜けていて、話すうちに打ち解けていったようだった。
二人は卒業するまで主席と次席を独占し、その後は魔術師の塔で魔術の研究と開発をしていった。
そして卒業から二年後、革新的な発明をする。
有機物の瞬間移動だ。
今までは無機物しか瞬間移動の魔術はかけられなかったが、アイザックたちは古代魔法を元に陣を使って可能にしたのだ。
ただ、運用にあたっては慎重を重ねなければならず、しばらくは王侯貴族のみが使える特権技術だった。
やがて法整備が進み、個人利用は不可、街と街を繋ぐ陣を街の出入口付近に設置することで落ち着いた。
この功績から、アイザックは子爵位を賜りフィッツロイ家から独立した。
アイザックがマテウスの元から去っていってから、なんだかぽっかりと穴が開いたようで寂しかった。
けれど、学院長から教えてもらう近況や卒業してからは流れてくる噂で元気にしているのがわかり、それも偉業を成し遂げたと聞いて自分のことのように嬉しかったし、魔術師として尊敬もした。
このままマテウスと彼の人生は交差することなく、偉大な魔術師とただの魔術教師としてそれぞれの道を行くのだと思っていた。
ところが、瞬間移動の魔術を公表した一年後、彼は教師として学院に戻ってきた。
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