5 / 11
第5話 再開は突然に
それは新学期が始まる前日。
マテウスの根城でもある、春の日差しが差し込む平民科の聖堂にノックの音が響いた。
ここは確かに魔術教師の控室があって僕もそのひとつを根城にはしているが、今日はマテウスしか出勤していないはず。
それに、今は春休みで学生もいない。
マテウスは首を傾げながら控室のドアを開けると、そこにいたのは面影を残しつつ精悍な顔立ちになった懐かしい元教え子の姿だった。
「アイ、ザック?」
「お久しぶりです、マテウス先生」
色気が漂う大人びた笑顔にくらっときたのは自分でもびっくりした。
まさか自分が元教え子の、それも同性に惹かれるなんて思っても見なかったから。
妻が儚くなってすでに十二年が過ぎ、育児と仕事に追われて後添えを探すどころかそんな気すらなかった。
三十半ばにもなって今更こんな感情も持つなんてあり得ない。
きっと一瞬の気の迷いだ。
「どうして?」
色々聞きたいことはあったのに口から出たのは主語も何もない言葉。
教師のくせに情けないったらなかった。
「明日から貴族科の魔術教師になるんです。職務中関わることはないですが、先生に会いたくて来ちゃいました」
「来ちゃったって、どうやって?」
貴族科と平民科の敷地は隣り合っているけど塀で区切られているし、行き来できる唯一の門は召喚の儀のときくらいしか開かない。
そもそも、稀代の魔術師がほいほい歩いていたら大騒ぎになっているはず。
「瞬間移動で来ました。俺は陣じゃなくて魔術でも瞬間移動できますし、陛下から個人利用の許可はもらっています。これでいつでも先生と会えますね」
あっけらかんとニコニコ笑いながら言っているのは、他の誰かが聞けば卒倒しそうな内容だ。
いや、マテウスも気を失いたい。
陣を使った瞬間移動でさえ世紀の大発明なのに、それを陣なしで発動できて、個人利用も許可されていて、しかもそれをマテウスと会うために使うって?
突然の再会と驚く内容の発言に処理が追いつかない。
夢でも見ているんだろうか?
「迷惑でしたか?」
目を白黒させているマテウスを見て困った顔したアイザック。
そのしょぼくれた顔は教え子時代と変わらずで、思わず抱き締めてあげたくなるのを我慢して頭を撫でるに留める。
「迷惑じゃない、嬉しいよ。大きくなったね」
マテウスよりも頭ひとつ分背が高くなったアイザックは、魔術師にしては珍しくしっかりと筋肉がついていてまるで騎士のようだ。
実力で名声と貴族位を獲得した彼は、多少昔の名残がありまだ若輩とはいえ、マテウスに守られるような存在ではない。
それが嬉しくもあり、ほんのちょっと寂しくもあった。
「先生、俺もう子どもじゃありませんよ」
「わかっているよ。ついね。でも、有名人が気軽に出歩くものじゃないだろう?」
「有名人だろうと俺はもうここの教師です。俺の希望もありますが、学院にいれば他国からのスカウトも入ってこれないからここに来たんです。学院内くらい気軽に歩きたいんですよ」
「それはまぁ、大変だったね。ああ、時間はあるかい? 立ち話もなんだからお茶でも飲もう」
「是非」
備え付けの簡易キッチンで、以前アイザックによく出していたココアを用意する。
ソファに座ったアイザックの前に出すと、綺麗な所作でそれを飲み始めた。
貴族然とした動きは見慣れないけれど、見惚れるほど美しいことはわかった。
それからは離れている間に何があったのかを報告しあった。
フィッツロイ家の養子になったアイザックは、主にエリオットの父と相談して以下のことを決めたそうだ。
後継の序列には加わらないこと。
縁談はアイザックの意思を尊重すること。
魔術師として功績を残せば、国王に進言して独立できるようにすることなどなど……。
そして、貴族としてのマナーや教養を身につけていった。
フィッツロイ家では養子だからと特別扱いされることもなく、エリオットと同様に優しく、そして厳しく育ててもらったようだ。
実母と義父、妹にも定期的に会えたようで、家族がふたつもあると得した気分になったそうだ。
現フィッツロイ侯爵夫人は社交が非常に上手く、アイザックの存在が明るみに出たときは騒然となった社交界を見事な手腕で終結させた。
フィッツロイ家に引き取られてから最初の誕生日には昼食会が開かれたが夫人のおかげで盛況に終わり、アイザックは貴族たちに受け入れられた。
そして、時は進み卒業後、わずか二年で偉業を成し遂げた。
が、魔術師の塔にいると、繋がりを持ちたい貴族からの縁談や交換留学制度を利用してきていた他国の魔術師からのスカウトの嵐で研究どころではなくなった。
そこで、魔術師の塔の長に相談した結果、研究の場を他国や貴族から干渉がない学院に移し、ついでに教師として働くことに相なったというわけらしい。
人気者は大変だ。
マテウスはというと、特に変わり映えのない生活をしていて話すことはそうなかった。
息子のジェイコブが学院に入学し、来年からは騎士コースに進むことくらいだった。
そう、ジェイコブは魔術に関してはセンスがなかった。
大雑把なところが母のナディアに似たのかどうかはさておき、適性のあるところに進むのが一番だ。
幸いにして魔術が不得意なことはジェイコブの中では瑣末なことのようで、体を動かすのが好きな彼は騎士になる気満々だ。
そんな話題に花を咲かせれば、時間はあっという間に過ぎ去った。
ジェイコブと約束した帰宅時間になり、名残惜しくもアイザックとの時間は終わりを告げた。
彼は寂しそうに微笑むと、では、と言って目の前で瞬間移動の魔術を披露した。
光に包まれていなくなった彼とは、次の召喚の儀まで会えないのだろうなと寂しくなった。
ともだちにシェアしよう!

