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第4話 窮地を救ってくれたのは

 あれは昨年の春の終わりころ。  俺は星読みのための宿直から帰宅すべく、曙色の空をのんびり眺めて歩いていた。  宿直で眠たい頭はぼんやりとしている。  あとは帰って寝るだけなのもあり、注意力は散漫。  だからなんだろう。  運の悪いことに、強盗に遭った。  妖が相手なら問答無用で術を放てばいい。  でも、悪人相手であろうと人間に術を放つことはできない。  どうしたものかと思案していると、通りの向こうから殺気立った集団が駆けてきた。 「おい、何している!」  絹のようなぬばたまの髪を後頭部で結んでたなびかせ、ビリビリと空気を震わせる低い声で強盗を威嚇するのは、他よりも先行して駆け寄ってきた男だ。  その背丈は六尺もあり、強盗をビビらせるには充分な迫力があった。  一歩も動けなくなった強盗は呆気なく彼らに捕まった。  彼らは放免。  犯罪を取り締まる検非違使庁の下級刑吏だが、元は犯罪者だ。  罪を赦された者たちで、実際に犯罪者を探索し、捕縛したり、拷問や獄守を担当している。  見廻りをしているところは見たことがあるけれど、こうして直接関わるのは初めてだ。  不謹慎ながら非日常に胸を高鳴らせていると、あっという間に強盗を捕縛した銀髪の大男が振り返った。  強盗にはあんなに激しく怒鳴っていたのに、俺には別人かと思うくらい穏やかに微笑んだ。  その顔は見たことないくらい立体的で、絵図に描かれた獅子みたいに凛々しくて格好良い。 「大丈夫ですか?」 「はい、大丈夫です。ありがとうございます」  見惚れて間抜けな返事をする俺を見て、彼はハッと息を呑んだ。  それに首を傾げていると、彼は仲間に一言二言告げて俺の目の前に立った。  間近で立たれると、巨体が余計に大きく感じる。  凄い、こんな背の高い人初めて見た。 「強盗に遭って驚いたでしょう。家まで送ります」 「いえ! お構いなく」 「私が心配なんです。どうか送らせてください」 「あ、えっと、じゃあ……お願いします」  断り続けたら跪いて懇願してきそうな雰囲気があった。  俺は戸惑いながらも頷くと、彼はぱあっと表情を明るくした。  輝く笑顔は愛嬌が良く、俺よりも七寸も背の高い男の人に可愛いと思ってしまった。  同時に胸がドキリと跳ねて、今更ながら強盗にびっくりしたらしい。  彼の申し出を断らなくて正解だった。  俺が家の方向へ体を向けると彼はその隣に並び、俺の歩調に合わせて歩き始めた。 「私は一之助といいます。あなたは?」 「申し遅れました。三善佐吉です」 「え⁉︎ 星占術で有名な、あの三善佐吉様ですか!」  んん?  ってなんだ。  そんなに言われるほど名が知られているなんて初めて知った。   「有名? 多分、三善佐吉は俺しかいないので俺のことですけど……」 「へえ! じゃあ、もしかして強盗も陰陽術で倒せました?」 「いえそんな! 人間相手では思いっきり戦えないですから、本当に助かりました」 「ならよかった。となると、家は烏丸通ですね」 「え?」  初対面の一之助になんで家が知られている?  どうして?    途端に全身から血の気が引き、足が動かなくなる。  けれど、何があってもいいように右手で剣印を作るだけはしておく。  俺が警戒を露わにすると、一之助は振り返って困ったように頭を掻いた。   「あっこの仕事ですからね。京の街は大体把握しているんです。すみません、驚かせてしまって」 「いえいえ。凄いですね。全部覚えているんですか?」 「ええ、まあ」  俺は自意識過剰を恥じた。  こんなに良い人が俺を尾け回すわけない。  そもそも、俺にそんな魅力があるわけでもあるまいし。  穴があったら入りたい。  いや、穴がなければ掘るまでだ。  実際、そんなことはできないんだけど。    それよりも、一之助の記憶力に俄然興味が湧いた。   「へえ! コツとかあります?」 「地道に暗記です。そういうのだけは得意なんですよ」  星読みでは過去の記録と比較することもあるから何か良い方法があればと思っていたけど、そんな都合のいい方法はないらしい。  一之助の努力には頭が下がる。  そう話しながら、一之助に対して変な違和感を覚えた。  元犯罪者とはいえ、今は放免として正義を貫いている。  優しくて強く、努力家なのもわかる。  人柄が問題なわけではない。  でも、何かが引っ掛かるんだ。  それがなんだかわからないまま、俺たちはあっという間に三善の家に辿り着いた。 「送ってくださってありがとうございます」 「いえ。ではこれで失礼します」  あんなに色々と話をしたのに、別れはあっさりしていた。  一之助は綺麗にお辞儀をすると、くるりと反転して元来た道を歩いて行く。  美しい絹髪が朝日に煌めき、その美しさに腕が伸びる。  俺は名残惜しくなっているのに、一之助は一度も振り返らなかった。  だから、彼とはそれきりだと思うのが自然だろう。  それがなんだか寂しく、胸にぽっかりと穴が空いたような心地になり、苦しさを押さえるために伸ばした手を戻して狩衣の胸元を握り締めた。  ところが――。

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