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第5話 これが恋?
「佐吉さん、お疲れさまです」
ある時は陰陽寮の前で。
「今日はちょっと暖かいですね」
またある時は川辺で。
「これ見てください! 美味しそうじゃないですか?」
そして、またある時は朝市の通りで。
一之助は俺が宿直から帰っていると、どこからともなく現れて家まで送ってくれるようになった。
さながら上級貴族が護衛を引き連れているようで気が引ける。
「一之助さん、お仕事ありますよね。体が心配ですので、私なんかのために時間を使うことありませんよ」
「あっあの、迷惑ですか? 好きでやっていても駄目ですか?」
そのしょんぼりと落ち込む姿を見て、俺は頭を抱えた。
だってなんだか可愛いんだもん!
そんな顔見たら断る方が申し訳なくなる!
「迷惑じゃないです! でも、本当に体が心配で……」
「そうですか! なら……」
「これからも俺に付き合ってくれたら嬉しいです。でも、本当に無理だけはしないでくださいね!」
「はい!」
そんなこんなで宿直明けは一之助と会うようになった。
一之助は放免だけあって人の話を聞くのが上手い。
俺はついつい話し過ぎてしまうんだけど、彼は楽しそうに相槌を打ってくれる。
陰陽術についてもそれなりの知識を持っていて話が弾んだ。
放免は色んな人の話を聞くから、自然と知識が増えていくらしい。
放免の仕事は危険だ。
犯人から抵抗を受ければ戦わなければならない。
その上、動機なんかを聞き出す話術も必要だ。
俺といえば、星を観察して仲間と一緒に確認し合い、世の流れを読んでいく。
星占術は好きだから苦にならない。
たまに時間外の依頼で我儘な貴族に当たると面倒だけど、そんな奴の話は聞き流している。
それに比べたら一之助は努力の塊で、尊敬すべき人だ。
本当に凄い。
一之助といるととっても楽しくて、家に帰るのが惜しくなる。
だから、俺はわざと歩調を緩めたり、用もないのに朝市に寄るようになった。
「佐吉さん、これ美味しいよ」
「ありがとうございます。……何これ! この柿、すっごく甘い!」
「干し方にコツがあるらしいですよ。俺もここの店の、好きです」
朝市は一之助の方が詳しくて、俺はいつも一之助が選んだ干し柿や餅を食べて歩いた。
宿直明けの甘味は最高だ。
そのせいでちょっとばかし腹に肉が付いたけれど、その分体を鍛える時間を増やしたから大丈夫だと思いたい。
一之助と他愛のない話をして、朝市で食べ歩きして帰る。
何の変哲もない日々なのに、どうしてかなんでも輝いているような気がした。
五日に一度の宿直が待ち遠しいなんて、変だよね。
その気持ちに気付いたのは、ちょうど星読みをしている時だった。
京の都からでも美しい星々が観察できる。
それを眺めてはため息を吐いていると、仲間たちから揶揄われた。
「佐吉ぃ。さては恋煩いだな?」
「ほあ⁉︎ 恋煩い⁉︎」
「お、やっとか?」
「お前、女っ気なかったからなぁ」
そして、春が来るといいなと肩を叩かれて手元から暦を引き抜かれ、代わりに和歌集を押し付けられた。
それは恋愛の和歌を集めたもので、よく先輩たちが読んでいたものだ。
え……?
俺、恋してたの?
誰に?
思い至るのは一之助しかいない。
寝ても覚めても一之助のことばかり考えていた。
別れたばかりなのに早く会いたいと胸を焦がし、次に会った時は何を話そうか、どこに行こうかとグルグル考える。
これが、恋。
自覚した瞬間、顔から火が出そうだった。
俺、変なこと言ったりしたりしてなかったかな。
それで嫌われてたりしないかな?
それまでの言動を思い返しては頭を抱え、一之助の顔や声を思い出してはジタバタと転げ回って悶えた。
これからどうしよう。
とりあえず和歌を送る?
そうして、和歌集と睨めっこする日々だった。
恋とは不思議なもので、好きと自覚してから一之助と上手く話せなくなった。
好きなのに、顔が見たいのに、直視できなくて変な態度を取ってしまう。
その度に一之助は困った顔をした。
違う、そうじゃない。
困らせるつもりじゃないんだ。
ただ恥ずかしいだけ。
だから、嫌いにならないで。
好きという一言が言い出せず、季節は夏へと移ろう。
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