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第6話 母屋への呼び出し

 そんなある日、俺は行平様から母屋に呼ばれた。  どこか真剣な含みがあり、正装でと服を指定されれば何事かと思うのは当然だよな。    仰々しく束帯を着て向かった母屋。  足を踏み入れた瞬間、俺は鬼の気配を感じ取った。    三善家は代々陰陽師を生業にしている。  敷地には三善の使役している妖や式神以外は出入りできないし、その中に鬼はいない。  そして、三善の人たちが鬼にやられるわけがない。  そうなると、招き入れられたということか。  なぜ、どうして?  首を捻りながら辿り着いた客間で、その真相は明かされた。  そこには俺と同じく束帯を身に纏った三人の男がいた。  一人は上座に座った行平様。  その下座には、陰陽寮で行平様直属の部下に当たる宮道利貞様が頭を下げていた。  そして、その背後に控えているのは。   「一之助、さん……?」 「佐吉さん」  困り顔の一之助が顔を上げ、じっと俺を見ていた。  けれど、その姿はいつもと違う。  髪は雪原を連想させる銀糸。  額の左、髪との境目からは鋭い角が生えている。  左目の虹彩は血のように紅く、白いはずの結膜は宵闇のように真っ黒だ。  髪と瞳の色、角は鬼の特徴そのもの。  信じられないと思いながらも、一方ですとんと腑に落ちたことがある。  一之助に感じていた違和感。  それは、彼が鬼であることを隠していたから感じていたんだ。  冷静に状況を把握したけれど、一之助が三善の客間にいることとその正体に衝撃を受けた俺はどうしたらいいかわからずに立ち竦む。  すると、宮道様が一之助の頭を思い切り叩いた。   「頭を下げてろ馬鹿息子」 「あでッ」 「いやいや頭上げて。もう堅苦しいの止めようよ」  はぁ、と行平様が大きくため息を吐くと、宮道様はそうですねと言って頭を上げた。  ついでに一之助の肩をぺしんと叩き、頭を上げるように促す。  一之助はぶすくれた顔を上げ、こっそりとその背中を突いていた。  何だかお互いに扱いが雑なような気がする。  親子っていうより、兄弟や友だちみたいだ。 「佐吉、こちらへ」 「はい」  俺は行平様から手招きされ、その横に座った。  すると、部屋の外に控えていた下女のはつさんがお茶と茶菓子を配膳してくれた。  やった、俺の好きなふずくだ!    彼女が扉を閉めると、行平様はふふっと柔らかく笑った。 「さあ、お茶も菓子もどうぞ」 「いただきます」  俺は行儀良く挨拶をするとふずくに小さく齧り付いた。  丸いふずくはもっちりと柔らかく、ほんのりと甘い。  贅沢品だとわかっているから、食べるのは少しずつと決めている。  行平様と宮道様、一之助は鏡に向き合ったように同時にお茶を飲んでいた。  一息つくと、行平様はおもむろに口を開いた。 「佐吉は一之助殿と面識がある、でいいよな?」 「はい。強盗に遭ったところを助けてもらい、その後もありがたいことに宿直の日は送ってもらっています」 「なるほどね。で、利貞?」 「まずは一之助の正体について説明します。おい、自分で説明」 「はい」  話を振られた一之助は居住まいを正した。  その顔は真剣そのもの。  俺はふずくを食べる手を止め、一之助と相対するように体の向きを変えた。 「私は宮道一之助。利貞様の養子です。生まれは丹波で、農夫の家の長男でした。その家は遥か昔に大江山の鬼の血が混じったらしく、私にはその性質が現れました。それがこの髪色と角、左目です」  一之助は左手で自身の顔を指した。    鬼の特徴は五つある。  銀色の髪。  頭に生えた角。  赤い瞳と黒に反転した結膜。  口からはみ出るほど長い牙。  そして、固く鋭い爪だ。   「両親は異形で生まれた私を忌避し、私が三つの頃に大江山の鬼の里に置き去りにしました。ですが、私は鬼としても半端です。結局、二年ほど過ごした後にこの京の都に捨てられました」  鬼の中で角は重要視されている。  角の大きさと数で強さが決まるらしい。  一本角の鬼は頭頂部に角があるけれど、一之助の角は左の額にある。  角の生え方も、他の特徴も中途半端だ。    大江山の鬼たちは、きっと一之助が戻ってこれないように敢えて人間の多い都に置き去りにしたんだろう。  都にいれば少なからず人目につく。  人間に見つかってどうなろうと、あとは知ったことではないというわけだ。  一之助が京に来るまでに彼を育てた人たちには失礼だが、本当に胸糞悪い。  よくもそんなことができたもんだ。  俺は震えるほど両手を握りしめた。   「私は生きるために盗みを働き、子どもですからすぐに検非違使に捕まりました。ただ、私は半分人で半分は鬼。扱いに困っていたところ、利貞様に引き取られました。それ以後は隠匿の護符を使って人間の姿に見えるようにし、人の生活に慣れた頃に放免として働き始めたのです」 「そして、仕事中に佐吉と出逢ったわけだね」 「はい!」  行平様にそう確認され、一之助の顔が綻ぶ。  ちょっと待って。  その顔は反則だ。  暗い話をしてきたというのに、俺の名前を出しただけで輝くような笑顔を見せるなんて!  一之助が好きだと自覚済みの俺はそれだけで胸を撃ち抜かれた。  その場で叫び出さなかったことを褒めてほしい。 「さて、ここからが本題だ。佐吉」 「はい」  俺は行平様から声をかけられ、再び居住まいを正す。  何を言われるんだろう。  今度は緊張で鼓動が逸りだす。  そんな俺に、行平様は嬉しそうに問いかけた。   「一之助殿から結婚の申し出を受けた。どうする?」 「ふえ⁉︎」  俺は自分の耳を疑った。  一之助が俺に、結婚の申し出……⁉︎  本当に?  夢じゃないよねと願いつつ一之助を見ると、目が合った彼はにっこりと微笑んだ。  穏やかだけど、色の違う左右の瞳は揺れている。  膝の上に置かれた両の拳は、よく見ないとわからないけれど、確かに小さく震えていた。  それらは、今聞こえたことは間違いなく現実なんだと教えてくれる。  嬉しい、恥ずかしい、嬉しい。  行平様と宮道様が同席する中、一之助への想いを伝えるのはとっても恥ずかしい。  でも、この気持ちをはっきりと一之助に伝えたい。  顔どころか全身から火が噴きそうだ。  俺はドンドコと跳ねる心臓を抑え、唇をひと舐めする。 「喜んでお受けします」 「本当に!」 「うん。その、嬉しいです」 「よかった……」  一之助はふうっと小さく息を吐き、右手を小さく振る。  へにゃんと下がった眉尻が、一之助がどれだけ緊張し、安堵したのか語っていた。    ああ、どうしよう。  一之助が愛おしくて仕方ない。  じわり、となぜか涙が滲む。  それを拭ってくれたのは行平様の長い指先だった。  行平様は目尻をそっと撫でてくれた後、胸元から手のひらに収まるくらいの小さな護符を俺の手に載せる。    「おめでとう。佐吉の体質もあるから、新居は三善の離れを使いなさい。一之助殿も、ここに出入りできるように通行証を渡しておきます」 「ありがとうございます。宮道様も、本当にありがとうございます」 「とんでもありません。こちらこそありがとうございます。どうか、一之助をよろしく頼みます」 「はい」 「さあ、佐吉は一之助殿を離れへ案内してあげなさい。ゆっくり話すといい」 「うん」  行平様に促され、俺はようやく一之助の側に寄ることができた。  抱き締めたい衝動に駆られつつ、ここには行平様も宮道様もいるからと、どうにか自制して手を繋ぐだけにとどめる。  朝市で甘味を貰った時、その指に少しだけ触れたことはある。  けれど、こんなにしっかり触れるのは初めてだ。  一之助の手は俺よりもひと回り大きい。  放免が持ち歩く鉾のせいか手のひらは固く、|胼胝《タコ》がボコボコと浮いている。  そして、その手は指先まで熱かった。  一之助は俺の手を優しく包み込んで握り返すと、そのままの状態で頭を下げた。 「行平様。お許しいただきありがとうございます」 「我が子の幸せを願うのは親の性だよ。なぁ、利貞」 「ああ」 「義父さん、ありがとう」 「っ……早く行け!」 「はい」  顔を逸らした宮道様の耳は真っ赤だ。  俺や陰陽寮の仲間には穏やかな人なのに、一之助にはちょっと乱暴な感じ。  でも、きっとそれは気を許しているからなんだろう。  一之助もそれを嫌だと思っている感じはない。  つまり、そういう形の絆を結んできたんだと思う。  照れくさくて、一之助には素直におめでとうと言えない宮道様は、なんだかちょっと面白かった。

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