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第7話 新婚生活と罪悪感

 俺と一之助は一礼して客間から出る。  すると、手を繋いで歩く俺たちを見て三善の家の人たちが口々におめでとうと言ってくれた。  この様子だと、全員が今日の出来事を共有しているんだろうな。  むず痒くなりながらも俺は一之助と一緒にお礼を言いつつ、足早に離れへと向かった。  離れはしんと静まり返っていた。  扉を開けると、離れの中に夏の風が入り込む。  俺がここに住み始めてからは、三善家の人たちしか招き入れたことがない。  まさかこんなことになるとは思っていなかったけれど、いつも整理整頓をしておいてよかった。   「どうぞ」 「お邪魔します」 「ただいま、ですよ」 「そうですね。ただいま」 「おぐぅッ……お、おかえりなさい」  調子に乗って一之助にただいまを言わせたんだけど、こんな些細なやり取りでさえ擽ったい。  そりゃあね、自分から仕掛けたよ?  でもさ、こんな破壊力のあるただいまは駄目だよ。  心臓が飛び出しそうだ。  バクバクしている胸を押さえて飛び散った理性をかき集め、なんとか一之助を居間に通す。  普段はここで書きものをしているから、紙と墨の匂いが鼻腔を擽る。  それが俺を少しだけ落ち着かせてくれた。    離れ難く、一之助と隣り合って座る。  たくさん話したいことがあった。  でも、何から話していいのか皆目見当もつかない。  それがわかったのか、先に口を開いたのは一之助だった。 「佐吉と呼んでも?」 「うん。俺も、一之助って呼んでいいですか?」 「もちろん。敬語もなしで」 「はっ……うん」 「それで、ええっと……。佐吉は、本当に俺でいいの?」  この期に及んで一之助は俺の気持ちを聞いてきた。  俺を疑っているわけじゃなく、あの場で断れなかったんじゃないかと心配から聞いていることは、その顔を見ればわかる。  いつもは堂々としているのに、変なところで弱気なんだなぁ。  俺の手を握っている一之助の手の上にもう片方の手を重ね、不安に揺れる彼の瞳を下から見上げた。   「うん。今まで言えなかったけど、俺は一之助が好きだよ」 「俺も佐吉が好きだ。本当は和歌を贈ったり、この離に訪いたかったんだけどね。俺は半分鬼だし、さして教養はないし、結界で三善家の敷地には入れないしで。狡いけど、利貞様にお願いしたんだ」 「一之助が半分鬼でも構わない! だって、髪は天の川みたいに綺麗だし、角は格好良いし、目もなんだか吸い込まれそうだよ」 「そんなに言われたら照れるよ」  ぽぽぽっと頬を赤る一之助が可愛くて。  この瞬間、許されたような気がして。    俺は一之助の銀糸に指を通した。  それは絹のように滑らかでずっと触っていたい。  左の額から生えた角は冷んやりつるつるしていて、暑い夏はここに触れるだけで涼めそうだ。  そして、左右の色が違う瞳。  黒と赤の瞳は宝玉みたいで綺麗。  もちろん、右の人間の瞳も好きだ。  こっちの方が俺をじっと見ていることがよくわかるからね。   「いっいいじゃん。ここには俺しかいないよ?」 「そうだな」 「それとさ。和歌の勉強はしたんだけど、俺もさっぱりで……。道宮様から行平様に繋いでもらったの、間違いなく正解だったと思う」 「なら良かった。これからよろしくね」 「うん」  それから、俺たちは物心ついてからのことをたくさん話した。  楽しいこと、嬉しかったこと。  もちろん、辛かったこと、悲しかったことも。  これからはすべてを共有するけれど、過去のことはそうもいかない。  でも、知りたかったんだ。  好きだから、全部。  その三日後、俺たちの祝言はひっそりと執り行われた。  嫁入り行列もせず、三善家の母屋で身内のみ集まっての宴会だ。  一之助が鬼であること、放免であることを考慮しての措置だけど、それでも、俺たちは身近な人たちに祝福されて幸せだった。    それからの日々は穏やかに過ぎていった。  劇的に変わったことがあるとすれば、夜の生活が始まったことだ。  一之助は体が大きく、それに比例してなのか、その……魔羅も大きい。  俺のとは比べものにならないくらい長くて太い。  多分、乳児の腕くらいはあると思う。    初めて見た時はびっくりしたし、恥ずかしさよりも探究心の方が優ってマジマジと観察してしまった。  けれど、これが俺の中に……と思うと、次第に羞恥が湧いてきて直視できない。  そもそも、こんな大きいのがいきなり俺の中に入るわけもない。  祝言を上げてからというもの、夜な夜な俺の後孔は一之助によって丁寧に解された。    そしてひと月後、ようやく繋がることができた。  ちょぴり痛くて、でも凄く気持ち良くて。  ひとつになるってこんなに幸せなんだと知った。  それからは新婚だし、まあ……わかるよね?  抱き合うのは好きだ。  気持ちいいし、一之助が気持ち良くなっているのを見るのが好き。  肌に触れるだけでも幸せだ。  ただ、困ったことがあった。  一之助が絶倫であることだ。  鬼の血を引いているせいなのか、一晩中抱き合っていられる。  しかも、宿直明けがなぜか一番精力が強い。  晩飯に合わせて起きた一之助は、その夜、俺を文字通り抱き潰す。  そうすると、翌日の出仕がそれなりに辛い。  宿直中には欠伸が止まらなくなる。    好きだよと囁かれながら求められ、愛される。  それはとても嬉しいのだけど、ちょっと体がきつい。  だけど、好きだから夜の誘いを断りたくない。  誰かに相談を……と思ったけれど、こんなことを相談するなんて恥ずかしくてできなかった。  悩んだ末、俺はあることを思い付いた。  それは、一之助の寝込みを襲うことだった。    宿直から帰ってきた一之助は、俺が起こすまでは絶対に起きない。  わかる。  俺もそうだから。  その隙に一之助の魔羅を触り、精を吐き出させる。  最初は手だけでと思っていたんだけど、絶頂まで導けない。  だからと口淫もしてみたが、成功するのは五回に一回くらい。  最終的に俺の後孔を使ってみたところ、吐精させることに成功。  そうすると、一之助が一晩に俺を求める回数が少し減り、夜も休めるようになった。    人の体を勝手に弄くり回すのは良くない。  本当は起きている一之助と愛し合いたい。  でも、体がついていかない。  だから、少しずつ積もっていく罪悪感を見て見ぬふりしながら、二人で迎える初めての春を素知らぬ顔で過ごしている。

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