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第2話 献上品の使い道
俺は腕に抱えた大切な商品を言い訳に、殊更ゆっくりとあの人に近寄った。
「ご無沙汰しております。ハリード殿下」
ハリード・ユーラティス。
彼はこのユーラティス国の第四王子。
二十代半ばを過ぎた今、彼は王位継承権は放棄し、経済省の大臣をしている。
国に出入りしている商人たちの管理も、彼の仕事だ。
一国の王子と、一介の商人である俺。
天と地ほどの身分の差がある俺たちは、本来なら言葉を交わすことはない、はずだった。
だからこそ、平伏して口上を述べようとしたのだが、その矢先にハリードから制止が入った。
「俺とアースィムの仲だ。堅苦しい挨拶はするなよ」
「は……」
その言葉に従い、俺はハリードの前に腰を下ろした。
俺の一挙手一投足を観察される。
蛇のような視線が気持ち悪い。
首の裏が、ぞわりと粟立った。
「それでは早速、ご依頼のあった商品をご確認ください」
俺は抱えた袋を開き、順番に並べていった。
代表的なダイアモンドから始まり、色鮮やかなトルマリンや、光によって色を変えるタンザナイトなどの宝石。
赤や青など、ぱきっとした原色を基調とし、繊細な刺繍が浮かぶ絹織物。
この世に二つとない、匠が作った陶器。
魔導石を原動力として動く、体を解すマッサージ機。
依頼があり、俺が持ち込んだものはすべてハリードが買い取る。
そういう契約だ。
そして、これも――。
「最後にこちらを」
俺はハリードの前に、細く小さな紐のようなものを差し出した。
片方の先端にはリングが、そこから銀の紐が伸び、もう片方の先端には紐よりも少し太く、輪郭が波打っている楕円形の、光沢のある白い鉱石が付けられている。
「これは?」
「……勃起した陰部の尿道口から挿入し、前立腺を内側から刺激するものです」
「なるほど。今回はこれを選んできたのだな」
ハリードはくつくつと喉で笑った。
愉快に、美しく……そして、悍ましく。
俺はハリードからも、目の前に置かれている卑猥な玩具からも目を逸らした。
「これを選んでいるお前の顔を見てみたかったなぁ」
見えなくとも、全身を舐めるように這う視線を感じる。
ああ、気持ち悪い。
今すぐに駆け出して逃げ出したい。
そんな俺の心は、ハリードには筒抜けだ。
「で? 何をすればいいか、わかっているよな。アースィム?」
――きた。
俺はごくりと生唾を飲み込む。
乾燥した唇を舐め、ゆっくりと顔を上げる。
琥珀色の瞳と視線が交わり、恐怖が込み上げてきた。
言え。
このために、ちゃんと準備をしてきただろ?
俺は自分自身を鼓舞し、声が震えないように拳を握りしめた。
「おそれながら、これは勃起した陰部に挿入するものです」
「できぬ、と?」
「はい」
すっと、琥珀色の瞳が細められた。
「ほぉ……?」
低い声が地の底を這う。
上機嫌だった声色は、苛立ちを隠そうともしていない。
ハリードは、それが許される地位にいるのだ。
「考えたな。お前は勃起不全だ。だから、これを使って自身を慰めることはできぬというわけか」
怒気を孕んだ声は震えていた。
ハリードの口元はいびつに歪み、弧を描いている。
目元は、額を押さえる右手で見えない。
くつくつと喉で響いていた笑い声は、不気味なほどに大きくなっていく。
俺の背中に冷や汗が伝う。
こんなハリードは見たことがない。
本能が逃げろと警鐘を鳴らしているが、気圧され震えた体は、指先のひとつも動かせなかった。
やがて、ひとしきり笑ったハリードは、ふっと息をついた。
「いいなぁ、いいぞ……。反抗的なお前を久々に躾直すのも悪くない」
するりと目元まで下げられた手。
指の隙間から、瞳孔が開いている琥珀色の瞳が見えた。
人間を射殺せる鋭い視線が、俺に突き刺さっている。
まずい。
ハリードは本気で怒っている。
あんな言い訳で彼が納得するはずがなかったのだ。
そんなこと、最初からわかっていた。
けれど、俺も限界だったのだ。
キャラバンが暑さのため旅を中止する夏の間、ハリードに自慰行為を強要された挙句、抱き潰されるのが。
そのせいで勃起不全となり、旅の間は胎の奥が疼いて堪らなくなる。
それが嫌で嫌で、死ぬほど嫌で仕方なかった。
どうせ逆らえないならば、結末が同じならば。
少しは抵抗してもいいだろう。
しかし、苦し紛れの僅かな反抗は叩き潰された。
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