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第3話 苛烈な仕置き

 砂漠で狩りをするチーターのように、瞬時に伸びたハリードの手は、俺の腕をきつく掴んだ。  抵抗する暇もなく引き寄せられたかと思えば、クッションの山に放り投げられた。 「ハリードさ、むっ……う、ん……⁉︎」  名を呼んで制止しようとしたが、その言葉はハリードの口内に飲み込まれた。  無造作に顎を掴まれ、唇がハリードのそれにすっぽり包まれたかと思えば噛みつかれる。  厚い舌を口内にねじ込まれ、息が苦しい。  舌と舌が擦れ合い、ざらつく感触に怖気が走った。  地上で溺れた俺は、必死に息をする。  肺を支配したのは、高貴な者だけが手に入れられる花の香油の匂い。  その香りは芳しく良い香りのはずなのに、今は吐き気を覚える。    不快感以前に、ハリードに押し倒されていること自体が無理だ。  俺はハリードの下から抜け出そうとするが、俺とハリードの体格に差はないのに逃げられない。  掴まれた腕と顎。  ハリードの膝が沈む腹。  引き剥がそうと爪を立てるが、ハリードの痛覚が馬鹿になっているのかびくともしない。    複雑に体を周回する、異国の服。  ハリードに脱がされないために着てきたそれは、俺を裏切り彼の味方をした。  布の隙間から忍び込み、這い回る褐色の大きな手。  邪魔だと言わんばかりに上へ上へと布を押し上げ、抵抗する俺の腕を頭上で戒めた。    自衛のために着てきた服が、逆に俺を苦しめるだなんてあんまりだ。  策が裏目に出た俺は悔しくて、触れられた肌が気持ち悪すぎて、両目に涙の膜を張る。  決壊寸前の涙にも、拒絶を示している鳥肌にも、全身を愛撫されているはずなのに勃起しない陰茎にも、目を見開いて俺を凝視するハリードは気付いている。  それなのに、ハリードは行為をやめない。  それどころか、行為はエスカレートしていく。  どこに忍ばせていたのだろうか。  燭台の灯りに反射して煌めくガラス瓶。  その中にある透明で粘着性のある液体は、性交を補助をする香油だ。    腹を押さえつけていた膝が浮き、息がしやすくなる。  しかし、安心することなどできない。  その膝は俺の脚の間に滑り込み、左右に割り開く。  顕になった萎えた陰茎と、だらんと垂れ下がった陰嚢。  香油を纏った手は、迷いなくその奥にある窄まりに触れた。 「んゃ……!」  放射状に広がる皺のひとつひとつを確かめるように撫で、指を押し込めるように揉んでいく。  それだけで、俺の胎はズクリと疼き始めた。  未だ続く荒々しいキスとは裏腹に、ハリードの指は優しく丁寧に俺の後孔の表面を揉みほぐす。  やがて、綻んだそこに指が沈んでいく。  俺の尻は異物を拒むように収縮したが、何故がハリードの指は難なく根元まで押し込められた。  直腸の襞の感触を楽しんでいるのか、緩慢な動きをする指。  しかし、それは易々と俺の前立腺を探し当てた。 「ふ、ぐぅ……んんっ……!」    勝手に体がびくつき、強制的に情欲の炎を引き摺り出される。  前立腺を撫でられるたび、喉奥から迫り上がってくる声。  突然唇が離され、口を塞ぐものがなくなってしまった俺は、必死に唇を引き結んだ。  徐々に膨らんで存在を主張している屹立は、その先端からダラダラとだらしなく涎を垂らしている。  主たる俺を裏切る体が、俺の自尊心を引き裂いていく。    不意に、前立腺を強く抉られた。   「う、ぐぅうううう……!」  唇の隙間から獣のような声が漏れる。  決して、喘ぎ声なんかじゃない。  そう言い聞かせなければ、精神が崩壊してしまいそうなのだ。   「強情なやつめ。声を出せば楽になるぞ」  呆れたように鼻で笑ったハリードは、しかし容赦なく前立腺を責め立てていく。  俺は襲いくる熱の波に抗いながら、ハリードの甘言に首を振る。  それを見たハリードは酷薄な笑みを浮かべると、俺の胎の中をぐちゃぐちゃに掻き回した。  中が充分に解され、俺は息も絶え絶えだ。  ずるりと引き出された指。  それが掴んだものを見て、俺はすくみ上がった。 「新しい玩具は勃起していないと使えないんだったな。挿れている間に萎えられたら興醒めだ。これで遊んでいろ」  見せつけるように香油を塗りたくられていくそれは、後孔に挿れて前立腺を刺激する玩具。  俺が最初に、ハリードに買ってこいと命令されたもの。   「いッやだ……それは嫌だ!」 「嫌? 好きの間違いだろう。お前はこれで何度も絶頂するではないか」  だから嫌なのだ。  それは動かしもしないのに、勝手に体を高めていく。  後孔から出さないと、いつまでも快感の大波を連れてくる。  俺が泣き叫んでも、ハリードは抜くことを許さない。  足をばたつかせて抵抗するが意味はなかった。  ぐぷ……と押し込められた玩具に、俺は抵抗をやめた。  自分が動けば動くだけ、自滅していくのを知っているからだ。 「早く抜け……!」 「これをお前のここに挿れたらな」  目の前に突きつけられたのは、新しい玩具。  後ろの刺激に合わせてぴくつく昂りに香油が垂らされ、溢れたそれを玩具が絡め取った。  俺の陰茎を掴んだハリードの手が熱い。  あまりの熱に腰が跳ね、後孔に入れた玩具を締め付け、結果、それが前立腺を刺激し、俺は呻き声を漏らす。  そんなことはお構いなしに、ハリードの太い指が尿道口をぱかりと開く。  光沢のある鉱石が、そこに押し当てられた。 「やっ……やめろ……」 「やだね」  釣り上がった口角。  蛇のように這い回る琥珀色の視線。  ず……と、光沢のある鉱石が陰茎の中に押し込まれていく。 「あッんんんんん……!」  異物が奥まで侵入してくる恐怖。  体が強張ると、それに合わせて前立腺が刺激され、心と体が乖離していく。  腰をびくつかせ、呻きながら玩具を飲み込んでいく。  もう、意味がわからない。  やがて玩具は、触れるとビリリと電気が走る奥まで辿り着いた。 「ここだな」  ハリードは玩具を挿れる手を止めた。 「中からも外からも前立腺を刺激されたら、お前はどんな風に善がるんだろうな。なあ、アースィム?」  そう問いかけられ、俺は息も絶え絶えに首を横に振る。  嫌だ。  譫言のように何度も言った。  なのに、ハリードは聞き入れてはくれない。  当然、制止も。 「やめ、ろ……」  けれど、言わずにはいられない。  だが、ハリードは容赦なく玩具を奥へと押し込んだ。 「ッあああああああ⁉︎」  絶叫が迸る。  前立腺の内側に到達した玩具は、後孔に挿入された玩具と共に、前立腺を挟み込んだ。  稲妻のような快感が全身を駆け巡り、脳を、視界を焼いていく。  その波は、凪を忘れたように何度も何度も俺を浜辺に叩きつける。 「やッいやだ……ッハリード!」 「なんだ? 気持ち良さそうだな」  痙攣する俺を見下ろしていたハリードは体を倒し、俺の耳元から首筋に噛みつきながら舐り、胸元の突起を口に含んだ。  舌先で転がされ、きつく吸われるとしびるれような刺激が胸から広がり、俺は髪を振り乱す。  あんなに気持ち悪かった愛撫を、体が悦んでいる。  そんな自分が、一番気持ち悪い。  俺の声が掠れ始めたころ、後孔に沈んでいた玩具が引き抜かれた。  代わりに、ハリードの剛直が押し付けらる。  それは凶悪なまでに太く長く、赤黒い幹には血管が浮き上がっていた。 「ひッ……」  何度見ても命の危機を感じる怒張。  相次ぐ絶頂に震える体で逃げを打つが、僅かな距離で逃避行は強制終了した。  腰を掴んだ手に引き戻され、ハリードの先端がぐぷりと後孔に押し込まれる。  そのままの勢いで、柔らかな媚肉に楔が打ち込まれていく。 「う、あっ……ああっ……」 「あぁ……アースィムの中は気持ちいいな」  奥まで昂りを捩じ込まれた。  ハリードは唇を赤い舌で舐め、恍惚とした表情で俺の中をじっくりと味わっている。    俺はというと、圧迫感に苦しんでいた。  それと同時に、玩具とは比べ物にならないほど大きく、ドクドクと脈動するハリードの剛直がもたらす前立腺への刺激に、はくはくと口を戦慄かせる。  ハリードは腰を俺の尻に押し付けただけなのに、脈動だけで俺を責め立てた。 「あ、あ、ああッ……」  唇が意味をなさない音の輪郭をかたどる。 「動くぞ」 「ひッ……や、ああああああ!」  ハリードが腰を引くと、ぶわりと広がる悪寒。  充血した亀頭で前立腺を抉られ、奥を穿たれると、俺はただ揺さぶられるだけの物体になった。  出口を塞がれた陰茎は、律動の勢いで腹を叩き、鈴口から垂れたリングを揺らす。  欲の証を思い切りぶち撒けたい。  しかし、ハリードに抱かれて以降、勃起不全となった俺は、通常の射精すらできなくなっていた。  加えて、今は物理的にも出口が塞がれている。  逃げ場のない熱は、必然的に後孔へと集まっていく。  ハリードに躾けられた体は、後孔の刺激だけで射精することなく絶頂する。  何度も、何度も……。 「や、あ……やめろ……も、許して」  幾度目かの絶頂から戻ってきた俺は、泣きながらハリードに懇願した。  肌はどこもかしこもピリピリしていて、触れられるだけで体が跳ねる。  全身が絶え間なく小さく痙攣し、コントロールがきかない。  これ以上極めれば、廃人になってしまう。   「では、俺の伴侶となるか」 「いやだ」  思考に靄がかかっていても、体がガクガクと痙攣していても、これだけは即答した。  憎い相手と婚姻などするものか。  ハリードと結ばれるなど、死んでも嫌だ。 「ならば、無意味に許しを乞えばいい」  焦点がぶれる視界で、ハリードは唇を噛み、眉を寄せていた。  心に傷を負い、哀しみが溢れ出した顔。  俺を責め立てるくせに、自分は被害者面するなんてお門違いもいいところだ。  元はといえば、裏切ったのはハリードなのだから――。

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