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第02話 彼が見えない

【1】 私立轟高等学校で保健教諭を務める桜井マチ子は元々、この学校の卒業生である。 両親共に医者でお嬢様として育った彼女は今でこそ、学校のマドンナ的存在として皆から慕われているが、学生時代はバリバリヤンキーで都内のレディース達を束ねており、その世界ではちょっとした有名人であった。 そんなマチ子も轟 鋼鉄との出会いがきっかけでヤンチャだった己の人生を見つめ直し、卒業してからこの学校に保健教諭として戻って来た。 彼女もまた、鋼鉄の人間性に惹かれた1人だ。 学校に勤めてから数年後、鋼鉄の孫が入学して来ると聞かされたマチ子はその名前におや?と首を傾げた。 前述の通り、若かりし頃にレディースのヘッドを努めていた彼女はその界隈でまさに女王として君臨していた為、今でも当時の仲間や彼女に従う者や伝手が残っており、彼女が望めば大概の様々な情報を入手できる立場に居る。 良い噂も、悪い噂も。 マチ子が轟 金剛という名前に聞き覚えがあったのは、後者の意味であった。 マチ子が教員資格を取る為の勉強をしていた頃、たまたま昔の後輩にバッタリ再会した時に聞かされた話があった。 まだ中学生なのに、やたら女性と肉体的な関係を持つ少年の事を。 ただのマセガキかしらと思ったが、話を聞く限りではどうも少年が一方的に女性達に言い寄られている事、特に派手な見た目ではないにしろ、甘い蜜に群がる虫を惹き付けるような妙な雰囲気を持っている少年という事だった。 その時は、そういう噂話に終わったのだが金剛という名前が少し変わっていた故、その話はマチ子の記憶に残っていたのである。 「君が轟 金剛くん?」 「そうですが……何か」 入学した彼を呼び止めたマチ子は金剛を見て、校長はあの噂を知っているのかしら、と思った。 まだ少し幼さを残してはいるが、轟 金剛はすでに大人並の体格で身長も180センチを越えている。 そしてどこか淫靡な空気を纏っていた。 レディース時代、大勢の人間を従えていたマチ子は色んな人間を見てきた。 マチ子自身は比較的、裕福な家庭に生まれた身だったが仲間内には複雑な家庭環境で育った子も少なくなかった。 実の親から虐待を受けた者、寂しさから体を売る者、暴れる事でしか自分の存在を主張できない者。 マチ子が見た轟 金剛もまた、そういった事情を抱える者と同じように虐げられ理不尽な暴力に晒された者の目をしていた。 虚ろで何もかも諦めたような、そして何の関心も持たない視線。 鋼鉄から少し変わった子だと聞かされてはいたが、まだ15歳の少年がこんな目をしているのは明らかな異常だった。 とてもあの校長の孫とは思えない。 マチ子の昔の後輩の一人に、そっくりな目をしていた。 その後輩もまた、実の親から性的虐待を受けて逃げ出した経緯を持っていた。 「君と少し、お話がしたいのだけれど」 その言葉に金剛はサッとマチ子を一瞥して、子供らしからぬ歪んだ笑みを浮かべた。 子供なのに、無理に大人に見せようとする笑み。 「へえ……先生、もしかして俺とヤりてぇの?」 「どうして、そう思ったの?」 「俺に声をかけてくる女はみんな、話がしたいっつってベッドに連れて行くからさ」 女の話はベッドで聞くもんなんだろ? 「いいえ、私はこの学校の保健医として、生徒の健康状態を把握しておく義務があるのよ。それに私は年下の坊やには興味ないの。君が私の相手をするには、あと十年足りないわ」 挑発的な言葉にまったく動じず答えるマチ子に、金剛は驚いた表情を見せる。 子供がこんな事を言うなんてと悲しくなると同時に、彼にこんな事を教えた人間達にマチ子は憤りも感じた。 金剛の母親は早くに亡くなったと聞く。 多忙な祖父と父親だけでは、多感な時期の子供の変化に気付けなかったのかも知れない。 妙に人を惹き付ける雰囲気というのも、実際に金剛と対峙して分かった。 本人が望もうが望むまいが、人が勝手に寄って来るのだろう。 そういった魅力を彼は生まれついて持っているのだ。 だがそれは悪い方に作用してしまい、すでに彼の心はズタズタに引き裂かれ壊れていた。 鋼鉄に聞いていた孫の話とはまるで違う。 あの噂は本当だったのね……これは早急にどうにかしないと。 【2】 「こんな事を頼めるのは、薫先生しかいないんです」 憧れのマチ子先生にそう言われて、ノーと答える男がこの学校にいるだろうか? 否、いるワケがない! 轟高等学校の臨時教師の伊集院 薫(35)は、意気揚々と目当ての生徒を探して放課後の校内をウロついていた。 真面目で熱血漢を絵に描いたような薫は、臨時教師でありながら轟理事長からの信頼が厚く、クラスと部活動の顧問を任されている。 ちなみに担当している部活は『漢部』と呼ばれる、漢の中の漢を目指すという、常人にはちょっと理解し難い謎の活動を行う部だ。 伊集院 薫が一途に惚れ込んでいるマチ子の頼みとは、その『漢部』に金剛を入部させて欲しいというものだった。 轟 金剛が理事長の孫である事は薫も知っている。 ただ孫と言えど鋼鉄は金剛を一般の生徒と同じ扱いをし、決して特別視はしなかった。 「轟 金剛はいるかあぁぁっ!?」 目的のクラスに着くと、すっぱぁぁんと勢い良く教室の引き戸を開けて薫は室内に向かって叫んだ。 室内に残っていた何人かの生徒が一斉に薫を見る。 「え、えーと、轟くんなら、もう帰りましたけど」 「なにっ、一足遅かったかっ!」 どうやら入れ違いで帰ったらしい。 仕方ない、明日にするか……と薫は日を改めたのだが、金剛は翌日もその翌日も捕まらなかった。 別に金剛が避けていたワケではなく、単にタイミングが合わなかっただけなのだが、マチ子に頼まれた薫としては非常に焦った。 このままでは、マチ子先生をガッカリさせてしまう! この伊集院 薫が頼れる男だと証明しなければ! そして、いつかあのムッチムチの海に……! 後半は余計だが、そんなワケでやや強引に薫は平日の授業中に金剛のクラスに行き、大事な話があるからと彼を連れ出す事に成功した。 「部活動」 「そうだ、漢の中の漢を目指す部だ。入部しろ、轟」 授業中にいきなり伊集院先生に呼び出された金剛は面食らった。 何かと思えば部活動の勧誘である。 「轟高校の生徒ならば、部活動で健全に汗を流さねばなっ!」 「漢部って、何をやるんだ」 「心身共に鍛え、最強の漢を目指すのだ!」 まったくもって、ワケが分からない。 「それに当校に在籍している以上、何らかの部活動に入らねばならんぞ」 轟高校に入学して季節はすでに六月、金剛はいまだどの部にも属していなかった。 そう言えば中学の時は祖父と共に漢を磨く修行と称して、山に篭ったり滝に打たれたりしていたが、高校生になって修行からすっかり足が遠退いていた。 部に所属していない金剛は学校が退けるとすぐに校舎を出ていた為、彼を目的とする人間に頻繁に如何わしい繁華街へと連れて行かれていた。 相手は1人だったり複数だったり、最近は男まで加わるようになっており、精神的に疲弊していたのも事実である。 「それにな、轟。俺はお前が総番長になれる素質があると思うんだが」 「総番長……?」 「そうとも、轟高校で漢の中の漢と認められた者が名乗れる称号だ。強さはもちろん、人望もなければなれんのだぞ!」 伊集院先生って、いい人なんだな。 熱心に勧誘して来る薫は本当に生徒を案じている、良い教師だ。 俺みてぇなどうしようもない奴なんざ、放っときゃいいのによ。 俺が学校帰りに何をしているか知ったら、この先生も軽蔑するんだろうな……。 「分かったよ、先生。漢部に入るよ」 是と言わないと引き下がりそうにない薫に根負けして、金剛は入部を承諾した。 部活動をやれば、あの連中の相手をする時間が減るだろうという計算もあった。結果から言えば、この決断は後の金剛にとって良い方向に向かったのだった。 金剛の見る灰色の世界に二人、強烈な色を持った人間が入り込んで来た。 桜井 マチ子と伊集院 薫という教師だった。 【3】 金剛と同じく轟高校に入学した青山 操は高校で念願のガールズバンドを結成し、また体力作りの為にキックボクシングを習い始めたりと、彼女なりに忙しい日々を送っていた。 幼なじみの金剛の事も気がかりではあったが、一年ではクラスが離れてしまった為、彼の動向を追いにくくなっていたのも確かだ。 そんな時、操は校内の保健医のマチ子に声をかけられた。 美人でグラマラスな桜井 マチ子先生は学校のマドンナみたいな存在で、男子生徒のみならず女子生徒にも人気がある。 その先生が操を呼び止め、口に出したのは轟 金剛の名だった。 「青山さんは、轟くんと幼なじみなんですってね」 「は、はい……」 保健室の外に『使用中につき立ち入り禁止』の札を下げてマチ子は内側から鍵をかけた。 ここからは操と、誰にも聞かれる訳にはいかない話をするからだ。 すっかり恐縮している操に温かいココアを淹れて、マチ子はデスクに自分の分のコーヒーカップを置いた。 「あの、桜井先生」 「ふふ、マチ子先生でいいわよ」 「……マチ子先生、轟くんの事って」 「青山さんは轟くんがいつから『ああなった』のか、知っているの?」 その言葉に目に見えて操はガタガタと震え出した。 「わっ、わた、わたし、」 「落ち着いて、青山さん。別にあなた達二人をどうしようという事ではないの。私は事実を正確に知りたいだけなの」 ココアを飲んで、と促すと素直に操はカップに口をつけた。 青山 操の取り乱した様子に、金剛の異常性を彼女は認識しているとマチ子は確信した。 そしてマチ子がアチコチの伝手や情報網を駆使して得た事実と、操の知っている事実を擦り合わせる必要がある。 その為に彼女は操を呼び止めたのだ。 問題はマチ子が持っている情報に、操がどこまで知っているかだ。 「教えてくれないかしら、轟くんは小さい頃はどんな男の子だったの?」 ここで話した事、聞いた事は絶対に他言しないわ。 「……こ、金剛くんは、」 マチ子の言葉に操はポツポツと語り出した。 「ふうん……灰色の世界、ね」 (ぬる)くなったコーヒーを飲んでマチ子は呟いた。 操の話を要約すると、恐らく轟 金剛は生まれつき感情の一部が欠落しているのだ。 操が話してくれた金剛が見ている灰色の世界というのは無感動、無関心から来るものだ。 彼は誰にも共感が出来ず、何かに心を動かされる事もないのだろう。 マチ子が初めて金剛に声をかけた時に見せたあの虚ろな表情は、その灰色の世界に生きるが故に己と己に必要な人間以外なぞ、彼にはどうでもいいからだ。 そして青山 操は彼が何をしていたかまでは知らない。 また彼女はあの幼なじみに恋心を抱いているのも分かった。 幼い頃から孤独だった彼を、たった一人でかろうじてこちら側に引き留めていた少女。 好きな男の子が不特定多数の人間と爛れた関係にあると知ったら、多感な年頃のこの子が深く傷つくのは明白だった。 「安心して、青山さん」 マチ子はニッコリと微笑んだ。 「伊集院先生にお願いして、轟くんは『漢部』に入る事になったの」 「お、おとこぶ?」 「そう、轟くんは部活動をやるのよ。薫先生はいい先生だからきっと、轟くんを良い方向に指導して下さるわ」 青山さん、一人で轟くんの為にずっと頑張って来たのね。 つらかったでしょう、偉かったわね。 「ま、マチ子、せんせぇっ……!」 マチ子の言葉に操はボロボロと涙を溢し、小さな子供のようにわぁわぁと声を上げて泣いた。 つらかったね、頑張ったね。 誰かにそう言って欲しかった。 誰にも金剛の本当の姿は見えていなかった。 祖父の鋼鉄や父の剛天さえ、彼が見えなかった。 操だけが彼の世界で、彼の為に彼と共に、壊れた彼の心の欠片を拾い集めながら生きていてくれた。 好きな人に好きだと告げられず、泣く事も出来ず、拾い集める端から崩れていく彼を側で見つめ続けるしかなかった彼女もまた、孤独だったのだ。 なんて可哀想な子たち。 泣きじゃくる操を抱き締めて、マチ子は胸を痛めた。 桜井 マチ子は操にとって初めて、歪な関係の自分達を正しく理解してくれた大人だった。 それがどれほどの心の救いになったろうか、計り知れない。 この桜井 マチ子という真の理解者のお陰で、金剛と操は人生の中で最も穏やかな高校時代を過ごす事が出来たと言っても過言ではなかった。 【4】 高校二年の時に金剛は、轟高校の最強の証である総番長の称号を実力で勝ち取った。 番長というのは実力ももちろん、人望がなければなれない。 やっと自分を自分として認めて貰えたようで金剛は顔には出さなかったものの、喜びを噛み締めた。 不思議な事にその瞬間、灰色に見えていた世界が鮮やかな色を付け、それまでろくに覚えていなかったクラスメイトや同級生の顔や名前がきちんと認識できるようになった。 番長になってからの金剛は他校のライバル達に毎日のように勝負を挑まれるようになり、それを理由にセックスの誘いを断る事が出来た。 好きで誘いに乗っていた訳ではなかったから、金剛にとってそこはとてもありがたかった。 轟高校の番長はいついかなる時でも、勝負を挑まれたら受けねばならないという鉄の掟があったのに加え、金剛の下には数人の舎弟が常について回るようになったので、自然と金剛目当ての人間を遠ざける事に成功したのだ。 舎弟は金剛より年上だったが、いつも番長番長と己を慕ってくれて、そこに一切の汚い欲望は存在しなかった。 彼らはただ純粋に、金剛と共に漢部で心身を鍛え、金剛の漢気に心酔していただけだった。 それはまた、他校のライバル達にも言えた事だった。 金剛が殴り合いの喧嘩を嫌った為、彼らとの勝負はスポーツ対決が主だったが、それすらも楽しかった。 仲間と過ごす事が楽しい、という感情が金剛の中にきちんと根づいたのだ。 ただ、校内から一歩外に出ると途端に世界は灰色に逆戻りした。 舎弟達がいない時に、薄っぺらな媚びた笑みを浮かべた人間が近づいて来る。 彼らに触れられるとたちまち、金剛の顔から表情が消える。 決して、金剛の心が元に戻っていた訳ではなかった。 一度ズタズタに引き裂かれた心は、そう簡単に戻る事はない。 金剛の心がどそにあろうと、体も心も未熟で成長途中の多感な時期に教えられた性の快楽は体に刻み込まれてしまい、抗う事が難しかった。 無駄に体力も気力も人より強い金剛は、性欲も強かったのだ。 そして学校はいつか卒業するもの。 高校三年になって舎弟に卒業したらどうするのか、と訊かれた時に金剛は激しく動揺した。 居心地のいいここから、いつかは出て行かねばならない事を無意識に彼は考えないようにしていた。 それに気づかされた時、金剛は現実に引き戻された。 それまで見えていた鮮やかな世界は、あっという間に灰色に戻った。 クラスメイト達が道端の石ころと同じに見える。 覚えていた筈の顔も名前も、記憶から霧散していく。 足元を見れば、真っ暗な闇の淵に立っている。 いつも金剛の手を引いてくれた幼なじみは、自ら遠ざけてしまって側にはいない。 粉々の心はドス黒く染まっていった。 そんな時、金剛は祖父から卒業後は山に篭れと命を受けたのだった。 【5】 金剛が二年生になる頃。 轟高校の理事長室で祖父の鋼鉄と、父の剛天は保健医の桜井 マチ子と対峙していた。 「校長と轟くんのお父様に、金剛くんの事で重要なお話があります」 そして二人は金剛に関する今までの一連の事実をマチ子が集めた資料と共に知らされ、鋼鉄はただ愕然と、剛天は顔には出さなかったものの、衝撃を受けていた。 まさか己の孫が、己の息子が。 悪意ある人間によって人格も心も壊され、慰みものにされていようとは夢にも思わなかった。 そして金剛の幼なじみの少女に、たった一人で重い荷を背負わせていた事を恥じた。 「儂は操ちゃんに、何と惨い事をしてしもうたのじゃ」 「それを言うなら、俺も同じだ……ろくに息子の側にいてやれなかった」 どんなに後悔したところで、金剛が何も知らない無垢な子供の頃に戻れる訳がない。 後悔するより、この先どうすればいいかを考えるのが重要なのだとマチ子は二人を叱咤した。 「とにかく、せめて学校では金剛くんにちゃんと人らしい生活をさせなければいけません。彼の心と体を健康に維持するのも、保健教諭の私の努めですから」 漢部の顧問の伊集院 薫によると、当校の次の総番長はほぼ金剛で決まりそうとの事だ。 「そこで総番長になった金剛くんに、監視役をつけましょう」 サラッと凄い事を言い出すマチ子に、鋼鉄も剛天も二の句が告げない。 「幸い、漢部には金剛くんを純粋に慕う部員達がいます。彼らを舎弟として、金剛くんに付き従わせたら良いのです」 ついでに金剛くんの動向を逐一、報告させましょうね。 さすがは元レディースのヘッド。 美しい笑みにも凄みがある。 「し、しかし、金剛が納得するかのう……」 「するんじゃなくて、させればいいだけですのよ」 「……分かった、アンタに一任しよう」 有無を言わせぬマチ子の迫力に剛天が折れた。 「俺は息子に親らしい事をして来なかった。その結果がこのザマだ。アンタの方が俺よりも息子を理解している。俺はせめて、金剛が社会に出る時に居場所を用意してやりたい」 腹を括った剛天に、鋼鉄も肩を落として合意した。 「儂も金剛の祖父である前に、この学校で沢山の子供を預かる身じゃ。金剛一人を特別扱いする訳にはいかん」 鋼鉄は教育者として、子供達を平等に扱う義務がある。 総番長となった金剛に舎弟達が取り巻くようになったのは、こうした裏の事情があったからだ。 もちろん、金剛も取り巻きの舎弟達も事実は知らない。 総番長には舎弟が付くのが普通だ、という理由に金剛も部員もそういうもんかと、あっさり納得した。 彼らが単純で良かった。 舎弟達は校長に、金剛が番長としてきちんとしているか報告するように命じられたが、それも舎弟の義務と言われて何の疑問も持たずに律儀に任務を果たした。 ちなみに伊集院 薫にはこの事実は伏せられた。 熱血すぎる彼が知ったら在らぬ方向に暴走するから、というマチ子の的確な判断によるものだったのは秘密である。 そしてその判断は間違っていなかった。 「……ふふ、孫の境遇に気づかなんだジジイが教育者とは、我ながら聞いて呆れるわい」 自嘲する鋼鉄にマチ子はいいえと首を振った。 「校長もお父様も、金剛くんにとっては大切な人ですのよ。だからこそ、彼は貴方がたに言えなかったのでしょう」 金剛から見た祖父と父は優れたカリスマ性を持った人間だった。 どちらも多くの人から慕われ、頼りにされ、信頼される男だ。 しかし己は轟の血を引きながら、ろくでもない人間しか近づいて来なかった。 自分は祖父や父のようにはなれない。 金品を受け取っていないとは言え、やっている事は娼婦と変わらない。轟家の恥だ。 そんな負い目が金剛を蝕んでいた。 学校ではマチ子や他の人間の目があるが、だからと言って四六時中、金剛を監視する事は出来ない。 相変わらず金剛に近付く人間は後を断たず、誰にも見えないところで金剛は緩やかに加速しつつ静かに壊れていき、そのまま高校を卒業した。 NEXT→
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