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第06話 もう逃さない

【1】 汗と体液にまみれ気を失っている慶志郎をバスルームに運んで諸々の後始末を済ませ、使わなかったもうひとつのベッドに彼を寝かせるとすっかり夜が明けていた。 外は昨夜から変わらず雨が降り続き、ニュースを確認すると北上した台風が停滞しているらしく、各種交通機関もマヒしている状態だった。 つまり、今日もここから動けない。 金剛から受けた蹂躙という名の激しいセックスで疲れ切って気絶した慶志郎は運ばれても、頭からお湯をかけられても目覚めなかった。 泣いて泣いて泣き濡れた目は真っ赤に腫れ上がり、時おり苦しそうに呻いて眠っている。 褌を締めてスラックスだけを穿いた金剛は窓際のサイドテーブルで椅子に座り、スマホの検索画面を閉じると無表情に降り続く雨を見つめていた。 しばらくして慶志郎の呼吸がゼイゼイと荒く変わったのに気づき、金剛は立ち上がるとその額に手を当てた。 燃えるように熱い額に玉のような汗がびっしりと浮き、慶志郎は高熱に(うな)されていた。 脱臼からくる炎症、体の内部への負担、それに伴う体力の消耗と精神的な疲弊。 それらが一気に発熱となって表れたのだ。 まあ、そうなるだろうな。 慶志郎の容態の変化は予想の範囲内で、金剛は部屋の内線を取るとフロントに繋げた。 「悪いが部屋を変えてくれ。連れが熱を出した」 安いビジネスホテルなんかと違い、そこそこグレードの高いホテルは満室といっても実は割高の部屋を、一部屋か二部屋サーブしていたりする。 要は不測の事態に備えて空室をキープしているのだ。 慶志郎がゴネて変えたこのホテルもそういう類いのもので、最上階に近い結構な値段のダブルの部屋をキープしており、交渉してそちらに変えて貰う事が出来た。 男二人がダブルの部屋なぞ、色々と勘繰りたくなるような状況だがそこはホテルのスタッフ、何食わぬ顔で金剛が慶志郎を横抱きにして部屋を移るのを荷物を持って着いて来た。 金剛の悪人面がソッチ方面の人と見られたのかも知れない。 朝が早いのも幸いして、他の宿泊客と出会う事はなかった。 移動の時は金剛もさすがにシャツを羽織ったが、慶志郎はバスローブのままだ。 部屋に着いて慶志郎をベッドに寝かせ、金剛は荷物を置いたスタッフにここから近いドラッグストアの場所を聞き、開店時間までにルームサービスで朝食をとった。 変更した部屋の代金はカードで前払いを済ませ、以降のかかる料金もこっちに付けてくれと頼む。 父親から何かあった時の為にと、持たされていたゴールドカードが初めて役に立ち、便利なモンだと変な事で感心した。 フロントに連れが寝ているので起こさないで欲しいと告げ、金剛はタクシーを呼んで雨の中、ドラッグストアに買い物に行った。他にも目的があった為、戻って来たのは昼前だった。 部屋のドアノブに『起こさないで下さい』の札がぶら下げてあり、それはそのままにしておく。 こちらから何か要求しない限り、誰もこの部屋を訪ねて来る事はない。 ベッドでは慶志郎が変わらず高熱に浮かされながら眠っており、買い物袋を側のテーブルに置くと金剛は布団を剥いだ。 「鏡、鏡」 頬をぺちぺちと軽く叩き、うっすらと目を開けた彼を覗き込む。 「……あ、と、ど……」 「薬を買って来たから飲め。あと汗が気持ち悪ぃだろ、ちょっと着替えるぞ」 「み、ず……」 「おう、待ってろ」 金剛を認識しているか怪しいが、熱で朦朧としているのでそれも仕方なかろう。 袋から解熱剤とミネラルウォーターのペットボトルを取り、慶志郎の元に戻ると傍らに腰を下ろして、金剛は彼を抱き起こした。 冷たいボトルを頬をに当ててやると気持ちいいのか、慶志郎がもっとと強請るように刷り寄って来る。 飲めるか?という問いにかすかに頷き、ボトルを取るも力が入らず落としてしまう。 充血した目を潤ませて、何とか水を飲もうとする慶志郎の姿が『   』と思う。 「………あ?」 金剛の脳裏にたった今、浮かんだ言葉は形になる前にまた霧散した。 もたつく慶志郎からボトルを取り上げ、PTPシートの解熱剤を二錠抜くと纏めて口に放り込み、水と一緒に彼に口移しで飲ませる。 喉を鳴らして大人しく与えられた水を飲む慶志郎が、まだ足りないと何度もせがんで来るのに思わず苦笑した。 「テメエに無体を働いた男だぜ、俺ァよ」 それでも慶志郎の望むままに水を与えた。 汗を吸ったバスローブを脱がせ、体を拭いて炎症を起こしている左肩に湿布を貼り、新しい浴衣を着せて寝かせてやると慶志郎は幾分か落ち着いた呼吸で再び眠りに就いた。 最後に額に熱を冷ますジェルシートを貼り付けると、さすがの金剛も眠気に襲われる。 だがもう一つだけ、やる事があった。 ドラッグストアの袋とは別にある紙袋。 元々、こっちが本来の目的の品物だ。 金剛が肌を合わせた今までの相手はほとんどが行きずりで、誰かと長く続いた事はない。 続かせるつもりもない。 だが鏡 慶志郎は違う。 誰にも執着せず関心も持たなかった金剛が初めて、自分から抱きたいと思った人物だ。一度きりで終わらせるつもりも、逃がすつもりも毛頭なかった。 弱っている慶志郎を見下ろしても別に可哀想とは思わない。 自分のような男に関わってしまったのは不運だとは思う。 それに彼にとっても『初めての男』だ、自分は。 ローションのボトル、シリコン製の器具の箱を手に金剛は再び歩み寄ると慶志郎の足元に腰を下ろし、浴衣の裾を捲って彼の足を開いた。 【2】  体が燃えるように熱く、動けない。 伸びてくる手から逃げられない。 鏡、と呼ぶ男の目が恐ろしい。 止めてくれと嫌だと叫んでも、男には届かなかった。 きっと彼もずっと、そうやって叫んでいたのだろう。 声を聞いて貰えない事が、こんなにも辛く苦しいなんて知らなかった。 「……鏡」 呼ばれて重たい目を開けると男が覗き込んでいた。 誰だったろう、この男は。 意識が混濁していて、目の前の男も何を言ってるかもロクに理解が出来ない。ただ男から飲まされた冷たい水が火照った身体に染み渡り、もっと欲しくてねだる。 体も思考も疲れ切って、何も考えたくなかった。 ただただ、泥のように眠りたかった。 嗚呼でも、これだけは。 決して忘れない。 こんな目に合わせた男を絶対に許さない。 再び意識が落ちていく中で、腹に何かが埋め込まれる感触がした。 微妙な圧迫感に呻きながら慶志郎は深い眠りに就いた。 明け方まで金剛を咥え込んでいた慶志郎のソコは赤く腫れていたが、触れるとまだ柔らかくローションを絡めた金剛の指をすんなりと受け入れた。 彼にとっては初めての肛門性交だったが、時間をかけて丁寧に拡げていた為に裂ける事もなく出血もなく、ぐるんと指を回すと熱い内部がヒクついて締め付けてくる。 「ん、ぁ……」 眠っている慶志郎がその刺激に声を上げたが、目覚めた様子はない。一旦、指を抜きシリコン器具の箱を開けてソレを取り出す。 最初は一番小さなサイズから、徐々に慣らしてサイズアップしていけばいいだろう。 金剛が購入して来た物は、一般的にビーズと呼ばれる肛門の性感を高める性具だった。 ビーズは様々な形状とサイズがあるが、選んだのは初心者向けの棒状の一体形成型で一センチから約三センチまでの玉が七個ほど連なっている。 拡張型と迷ったが挿れた時に締まり具合がよかったし、拡げ過ぎて緩くなるのも好みではないから、徹底的に性感を開発してやろうと思った。 肛門は神経が集中している部分で、開発次第では男女問わず性感帯になりうる。 快感に弱い慶志郎なら仕込めば、最初に彼に言ったように『尻だけでイケる』ようになるだろう。 慶志郎が嫌がろうが、拒絶しようが関係ない。 金剛がそうしたいからするだけだ。 アナル専用のローションをたっぷりとまぶし、ゆっくりと器具を慶志郎のソコに挿れていく。 一つ挿れる度に、意識がなくとも異物の感触に慶志郎が眉を潜め呻き声を上げる。 挿れたビーズを引き抜く為のリングを残して全て埋め込むと金剛はローションで汚れた手を洗い、慶志郎の浴衣の裾を戻してそのまま寝かせた。最初だから半日くらい突っ込んどきゃいいか、と適当な算段をつける。 本来のビーズの役目は出し挿れして快感を得る為の道具なのだが、金剛にとっては中に挿れる事に慣れさせるのが目的なので、そういう玩具遊びをする気にはなれない。 10代の頃から色んな性癖を持つ相手と様々なセックスを教わってき金剛だったが、道具を使ったプレイは自分の好みではないと早くから自覚していた。 大体、道具を使わないとヤれないなんて馬鹿らしい。 ローションは互いの負担を軽くする為の物だから必要だと分かっている。昨夜は手持ちのローションがなかったが、出来ただけでも運が良かった。 それでも手順が面倒だった。 慶志郎を慣らすのも、今後の手間を省く為だ。 服を脱いで椅子に放り投げ、浴衣を着ると慶志郎の隣に体を滑り込ませる。 丸一日、ほとんど寝ていなかった為かすぐに眠気に襲われ瞼が落ち、金剛はストンと眠りに就いた。 慶志郎が目覚めたのは日が落ちて夜に入り始めた頃だった。 【3】 身動きする度に体内で何かが蠢き、その異物感に耐え切れず慶志郎は目を覚ました。 「………?」 「おう、起きたか。まだ動けねぇか?」 「と、轟……?」 部屋のテーブルで浴衣を着た金剛が食事をしていた。 和食派の彼にしては珍しく、ステーキを食べている。 自分の置かれている状況が把握出来ず、慶志郎はキョロキョロと視線を彷徨わせ、不意に自分がダブルベッドに寝ている事に気付いた。 室内の様子も最初に泊まった部屋と違う。 「部屋、が」 「ああ、俺が変えた。金はもう払ったから心配すんな」 「変えた、って」 「アンタすげえ熱を出しちまったからな、あの部屋だと面倒看るのも色々と都合が悪いし。この部屋、高いだけあって風呂もちゃんと湯船に浸かれるんだぜ」 シャワーだけじゃ物足りなくてよ、と最後の肉を食べて金剛はフォークとナイフを鉄板に投げ置いて立ち上がり、慶志郎の側まで来た。 「で、どうよ。具合は。熱は下がったみてぇだな」 まだ状況を完全に把握していない慶志郎に構わず、金剛は額に手を当ててくる。途端にすべて思い出した。 この男に体を拓かれ抱かれた事を。 肩を外され、凄まじい痛みを与えられた事を。 「触る、なっ、あっ……!?あ……?」 勢い良く起き上がり金剛の手を払おうとした時、体内で何かがゴリ、と動き慶志郎は上半身を起こしたまま動けなくなった。 呼吸する度に中のモノが動き、力を入れようとすると余計に内部から刺激を与えてくる。 それは昨夜、金剛に教え込まれた性感をも刺激し、知らず熱い吐息を漏らす。 「ああ……そういや、まだ突っ込んだままだっけ。忘れてた」 「な、何……何か、腹に……」 「大したモンじゃねェよ。まだアンタにゃ、ちとキツいだろうが慣れたら大丈夫だ」 「は…?何を、」 金剛が勢い良く布団を剥ぎ、無遠慮に慶志郎の足を割った。 その動きにまた慶志郎の中にある異物が蠢き、堪え切れずベッドに倒れ込む。 カッと体の奥が熱くなり、汗が滲んでくる。 「あ、ぁ、なっ……」 「へえ、やっぱアンタ素質あるのかもな。挿れっ放しでココおっ勃たせるなんざ、初心者にしちゃ上出来だ」 剥き出しの陰茎を軽く握り込まれ、慶志郎はビクンと仰け反った。恐る恐る自分の下半身に目をやると、何故か陰茎が半分ほど硬さを保って勃っている。 「貴様、ワタシに何を……!」 「何を、ねえ。ナニに慣れて貰おうと思ってな」 金剛の左手が下半身に触れ、慶志郎から見えない何かを掴む。 「あっ、あァッ!」 ぬぷ、と体内から引き摺り出される感触に慶志郎は声を上げた。もう一つ、何か出ていく。 「あ、あ、なっ、やめ、」 「いい声だなァ、昨日よっか感度も上がってそうだ」 ズルズルと体から引き抜かれていくソレに、ベッドの上で慶志郎は腰を跳ねさせた。 金剛はそんな慶志郎をヨソに立ち上がり、バスルームへと消えていく。 しばらくしてザアザアとお湯を流す音が聞こえてきた。 「……くそっ!」 今の内にここから出るしかない。 ズクズクと下肢が疼くのをどうにかやり過ごし、慶志郎は体を起こすとベッドから降りたが足を着けた途端、ガクンと腰が落ちてその場に座り込んでしまう。 散々、男のモノを咥え込まされたソコが一晩かそこらで回復する筈もなく、力を込めようとしても足が立たない。 「足、が……」 「アンタ、エリートの坊っちゃんのクセして、根性だけはあるんだなあ。そういうトコは感心するぜ」 ふっ、と影が降り顔を上げると水滴の滴る棒状の物を手にした金剛が呆れた様子で見下ろしていた。 玉が連なった棒状のソレ。 使った事はないが、慶志郎とてソレが何かは知っている。 己の体内に入っていたのは、さっき引き抜かれたのは。 サーッと血の気が引くのが分かった。 「ま、さか」 「さすがに遊び人だから知ってるか。半日、コイツをアンタのケツに突っ込んでたっつうワケだ」 まあ、今からまた突っ込むんだけどよ。 当然のように言い放ち、金剛は呆然として絶句する慶志郎を軽々と抱き上げて再びベッドに戻し跨がって来る。 「い、嫌だ、離せッ、止めろッッ」 「暴れんなって、悪いようにはしねェよ」 「ふざけるなっ!貴様、ワタシを馬鹿にしてそんなに楽しいのかっ!!」 「馬鹿に?」 慶志郎の腕を押さえ付けていた金剛は意外そうな顔をする。 「俺はハナっから、アンタを馬鹿にしてるつもりはねぇんだがなあ」 「だったら!こんな事の相手はワタシじゃなくてもいいだろう!」 「アンタだよ」 またあの虚無の目で金剛は言った。 「アンタにしようって決めた」 「い、意味が分からない」 「俺も知らん。でも決めたから変えるつもりもねえ。アンタまさか、これで終わりとか思ったか?」 くく、と低く金剛が嗤った。 「言ったろ、ケツでイケるようにしてやるって。まだ始まってもいねェぜ?」 「冗談じゃないッッ!」 「ま、そんなに嫌なら仕方ねぇけどよ」 尚も暴れる慶志郎に金剛は溜息を吐くと片手で慶志郎を抑えたまま、スマホを手にした。 「スマホっつーの便利なんだな。昔と違って、こういうのも綺麗に撮れるもんだ」 スイスイと操作して金剛は画面を慶志郎に向けた。 見る間に青醒めていく彼をよそに、金剛は幾つかの写真を次々と見せていく。 「ハメ撮りっつうんだっけ。昔、こういうのが好きな女がいてよ、よくこうやって遊んだんだ」 画面一杯に写る、泣き顔で金剛のモノを咥えている己の姿に言葉もない。いつ撮られたかも知らない。 「アンタがブッ飛んでアンアン啼いてる時に、ちっとな」 慶志郎の疑問を読み取ったかのように金剛が答えた。 恐らく慶志郎の拒否も予想済みなのだろう。 「俺は別にコレがどこにバラされても構わねぇけど、アンタは困るんじゃねぇの?テメエん家、結構な企業だっけ。息子のこういうのがネットとやらに流れたらマズイだろうなァ」 「………下衆がっ!」 男の周到さに反吐が出そうだ。 「自覚はあるが、止める気はねえ。良かったな、今日も列車は動かねぇとよ」 仲良くしようや、係長。 二人がここにいる事を誰も知らない。 逃げられない。 もう逃がさない。 NEXT→
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