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第08話 その手は取らない
【1】
台風によって出張先で足止めを食らっていた轟 金剛と鏡 慶志郎だったが、帰りの予定時刻が半日ほど過ぎて特急が運行を始めたとの情報を得て、未だダイヤが混乱している新幹線を取り止め、何とか列車を乗り継いで帰社した。
飛行機に乗れたら良かったのだが空港は天候が回復しきっておらず、わずかに飛べる便も軒並みキャンセル待ちの状態で、座席が空くのを無駄に待つよりは陸路の方がまだマシだったからだ。
「別に俺はもう一日、伸びたっていいんだけどよ」
「冗談じゃない、ワタシはゴメンこうむる」
混雑する列車内で二人がけの椅子に座り、行きはあんなに渋っていた金剛が上機嫌で言うと、濡れタオルを顔に押し当て窓際に座る慶志郎がそっぽを向いたまま、掠れた声を圧し殺して答えた。
泣き過ぎて目の腫れが引かず、こうして濡れタオルで冷やしているのだ。ついでに喘ぎ過ぎて声も枯れている。
脱臼させられた肩はまだ痛みが引かず、湿布を貼り付けてテーピングで固定している状態だ。
帰ったらすぐ病院に行こう。
二日間、ホテルから出る事も出来ずに慶志郎は金剛から散々にその身を嬲られ犯され、抱き殺されるかと思った。
本来、出すだけで受け入れるべきでないケツに有り得ないモノを突っ込まれ、肩を痛めつけられ、恥ずかしい写真まで撮られ、腰はガクガクでまだ体内に何か入っている感触は抜けず、歩く度に下半身に鈍痛が走り、満身創痍である。
それでも一応、帰りの事は考えていたらしく金剛も二日目は朝まで抱く事はせずに慶志郎に睡眠時間を取らせた。
ただ数時間程度で体力が完全に戻るはずはなく、目の下に隈を作り死にそうな顔で慶志郎が駅までのタクシーに乗ったら、運ちゃんに要らん心配をかけられた。
本当にコイツ、殺してやりたい。
ホテルをチェックアウトする前、金剛はヨロヨロと帰り支度をする慶志郎にスマホの録音アプリを再生して音声を聞かせた。
啼いて喘いでイイと叫ぶ自分の声が部屋に響き、慶志郎は目玉をひん剥いて思わず金剛に殴りかかったのだが、腰に力が入らずヘロヘロの拳で頬をべちんと引っ叩いただけで、彼に何のダメージも負わせられなかった。
「ま、殴られるだけのこたぁ、やった自覚はあるから大人しく受けといてやるよ」
殴られても平然として金剛はスマホを仕舞い、逆に振り上げた慶志郎の手を取って腰を抱き寄せ悪人ヅラでニィと嗤った。
「俺の言った事、忘れちゃいねえよな?」
これで終わりじゃねェって。
「覚えとけ、俺はテメエの『初めての男』だぜ」
「……っ、ふ、ふざけ、」
怒りでワナワナと震える慶志郎の腰を抱く手が滑り、ぐにぐにと尻を揉んできた。
思わずビク、と体を震わせる慶志郎を見下ろして嗤う男が悪魔に見え、罵らずにいられない。
「クズが」
「上等だ」
「貴様は死んでも許さんっ」
「逝くのは俺の下にしとけ」
普段は無愛想で、何を考えているのか分からない男が愉しそうにニヤニヤと己を見下ろしている。
蹴り飛ばしてコイツを置き去りにして、さっさと帰りたかった。
写真と音声をネタに、今後も関係を続けるように脅してくる男が腹の底から憎い。
どんなに罵っても殴っても、この男には届かない。
「貴様はロクな死に方はしないっ!」
「そうだな、よーく分かってるぜ」
慶志郎の言葉に笑っていた男が、ストンと表情を消した。
これだ、この落差だ。
それまで普通に見えていた男が瞬く間に虚無に沈む。
戸惑う慶志郎から離れ学帽を被り、金剛はさっさと部屋を出て行く。
「おら、行くぞ。係長」
「ちょっと待ちたまえ!一体、誰のせいで……!」
「ああ、何なら抱き上げて連れてってもいいぜ」
「断るッッ!」
面倒臭そうな顔で金剛は戻ると、慶志郎のボストンバッグを取り上げた。
「ちょ、」
「腰、痛ぇんだろ。タクシー来ちまうぞ」
ガコガコ下駄を鳴らして歩き出す金剛をポカンと見ていた慶志郎だったが、慌ててその後を追った。
就業時刻を過ぎて帰社した2人を部長が待っていてくれた。
「鏡くんも轟くんもご苦労だったね。報告書は明日でいいから、今日はもう帰宅しなさい」
「有り難うございます、ミスター・部長」
「……押忍」
「じゃあ、私はこれで。お疲れ様!」
鞄を抱えて部長がいそいそと帰って行った。
部長もああ言ったし、帰るかと金剛も部署を出ようとしたが慶志郎が自分のデスクに座るのに気付いて足を止める。
「帰らねえのかよ」
「キミは帰りたまえ。ワタシは少しやる事がある」
パソコンを起動させてキーボードを叩きながら、慶志郎が答えた。部長は明日でいいと言ったが、報告書は10分もあれば仕上がる。金剛が近くの椅子を引き寄せ、ドカッと腰を下ろした。
「……?」
「アンタ車だろ、ついでに家まで乗せてってくれ」
「冗談じゃない!ワタシはレディしか助手席には乗せないんだッ」
「へえ…じゃあ仕方ねえな」
スマホを取り出した金剛が『あの画像』を表示してチラつかせた。
「出張の記念写真っつって、みんなに」
「~~~~ッッ、乗せればいいんだろうっ、乗せれば!!」
「物分かりのいい上司で助かる」
頭に来て側のファイルをブン投げるが、金剛は首だけ動かしヒョイと避け際にキャッチする。
くそ、何て図々しい男だ!最悪だ!
ギリギリ歯噛みして慶志郎は瞬く間に報告書を仕上げると帰る!とさっさと部署を出た。
早く帰って休みたかった。
【2】
「…………キミんちって、ここ?」
「おう、ここだ」
とあるマンションの前に車を停め、慶志郎は思わず金剛とマンションを二度見した。
慶志郎が住んでいるマンションと引けを取らないくらいの高級マンションと、どう見ても『たおれ荘』とか『くずれ荘』みたいなボロアパートに住んでそうな目の前の男が結び付かない。
その視線の意味が伝わったのか、金剛は不機嫌そうに舌打ちした。
「俺だってンなとこガラじゃねぇのは分かってんだよ。爺ちゃんトコで良かったんだ」
親父がよ、と言うので察するに社長が息子の為に与えた住居だというのは分かった。
腐っても彼も巨大企業の御曹司なワケだ。
社長って結構、親バカなんだろうか……と思ったのはここだけの秘密である。
「寄ってくかよ、茶ァくらい出すぜ」
「結構だ、さっさと降りたまえ」
「警戒すんなよ、取って喰いやしねぇよ」
「断る、誰かのせいで肩が痛むんでね。帰って病院に行く」
「…………」
しっしっと追い払う素振りを見せる慶志郎に、金剛は車から降りると「おい」と声をかける。
「週末、予定なんか入れるんじゃねえぞ」
「はあぁ?何でキミに指図されなきゃ、」
「テメエ、自分の立場は分かってるな?」
「ぐっ……!」
「金曜日、会社が退けてからだぜ」
暗に写真のネタで脅されて慶志郎は一瞬言葉に詰まり、金剛を睨み付けながらドスの利いた声で言った。
「………………いいだろう、週末は空けておく。た、だ、し!それまではワタシに一切構うな!いいね!?」
「約束、忘れんじゃねえぞ」
慶志郎から言質を取り、金剛はマンションに消えて行った。
自宅に戻った金剛は学帽をソファに投げ、ネクタイを取りながら上着も放ってバスルームに行くと浴槽にお湯を溜め始めた。
フルオートなので一定の水位になれば勝手に止まる。
脱いだシャツと褌をドラム式のランドリーに突っ込んでスーツをハンガーに掛けて浴室に入り、熱めのシャワーを頭から浴びてシャンプーを引っかけ乱雑にガシガシと洗う。
マンションの最上階に金剛の住居はある。
完全オートロックのオール電化で床暖房まで完備されており、間取り的には3LDKだが部屋が幾つあっても使わないのですべての壁をブチ抜き、だだっ広い1LDKのような仕様になっていた。
このマンション自体が父親の所有物件なので、家賃も支払っていない。
本当は祖父の住む日本家屋の実家で良かったのだが、研修場から帰って来たらすでにここが用意されていたのだ。
室内にはほとんど何もない。
外国人向けのダブルベッド(これは金剛の体格が大きく、通常のベッドでは狭い為)に、2人がけのダイニングテーブル、ソファ、アイランドキッチンには一通りの調理器具は揃っているが、ヤカンと鍋くらいしか使わない。
ここに入る時に父親の秘書の霧島 エリカが家電から何から色々と揃えようとしたが、必要最低限の物だけにしてもらった。
テレビは観ないし、メシが食えて寝る場所と風呂があればいい。
浴槽に浸かって金剛は深く息をついた。
190強の金剛が入っても、もう1人浸かれるくらい浴槽は大きく、風呂場自体が広い。
ホテルの手狭な風呂より自宅の方がやはり落ち着く。
ひと息ついたところで思い出されるのが、金髪の上司の事だ。
基本的に轟 金剛という男は無欲だ。
何かを欲しいと思う事はない。
誰かに興味を持つ事もない。
子供の頃からそうだった。
家族や友人などの大切な人はいるけれど、それは興味とは別のものだ。
そんな金剛が初めて、鏡 慶志郎という男に興味を示した。
今までの、どんな人間よりも金剛に強烈な印象を残した男。
キザでスカした、自信家のフェミニスト。
世の女性は自分の恋人と言って憚らないプライドの塊のような男が、自分の下で組み敷かれ啼いて喘ぐ姿は見ていて気分が良かった。
少し高めの良く通る声が耳に心地好かった。
サラサラと流れるような金髪が綺麗だった。
快楽に負けても、プライドは砕けなかった。
端正な顔を歪めて、最後まで金剛に抗った。
多分、あの男はどんなに犯しても辱しめても、自分には屈しないだろうという確信があった。
彼を支えるのは、凄まじく高い矜持だ。
その矜持が金剛を刺激した。
身体の奥底に火を灯けた。
彼の人としての尊厳を傷付けるつもりはないが、自分と同じ処まで堕ちて貰おう、くらいには思う。
まあ、簡単にはいかねえだろうなあ。
週末、あの男をどうしてくれようかと考えながら、金剛は風呂から上がった。
【3】
伸ばした手は払い退けられた。
行き場の失った手を見る。
いつもそうだった、伸ばす手はどこにも触れられない。
「……ワタシを、レディ扱いするのは止めて欲しいね」
顔を紅潮させベッドの上でゼイゼイと息を乱しながら尚、金剛を睨み上げてくるその姿に意識が引き戻され、ゾクゾクと興奮が走る。
「腰、立たねえんだろ。強がるなよ」
「結構だ!くそ、離せッ」
喚く慶志郎に構わず、金剛は彼を担ぐとバスルームに向かった。
金曜日、約束通り慶志郎は予定を空けていた。
とっとと済ませろと言わんばかりに会社を出て歩き出す彼を連れて、繁華街から外れたホテルへと入る。
「アンタ、こういうトコは使わねえのか?」
物珍しそうに室内を見回す慶志郎に訊くと、意外にも初めて入ったと答える。
「いかにもな場所はムードがないから使わないよ。女性も嫌がる子が多いからね」
「ヤれりゃあ、どこだっていいだろ」
「キミ、ほんっとデリカシーがないんだな」
「さっさと脱げよ、早く済ませてえんだろ」
「…………」
もの凄い目で睨みながら、慶志郎がスーツを脱いでいく。
身長はわずかに金剛の方が高く、筋肉の付きも圧倒的に金剛が上だが、慶志郎もそれなりに鍛え上げられ引き締まった体をしている。
「ふうん、結構ガタイがいいんだな」
「うわっ」
背を向ける慶志郎に手を伸ばして触ると、ビクウッと肩を跳ねさせて彼が振り向く。
「い、いきなりビックリするじゃないか!」
「こないだはアンタが無駄に暴れるから、じっくり見てねえんでな」
「見る必要ないだろう!」
「アンタ、んなにキャンキャン吼えて疲れねえのか?」
「誰のせいだ、誰の!」
ムードがどうの言うわりにテメエがムードとやらがないんだろ、と言うのは止めておく。
不毛な言い争いの為にここに来たワケではないのだ。
「シャワーくらいっ……」
「どうせ、汗まみれの汁まみれになるから構わねぇだろ」
「身も蓋もない言い方するなっ!」
「もう黙れよ」
まだゴネる慶志郎をベッドに引きずり倒し、金剛は首筋に顔を埋めた。
「……何でこんな狭い風呂に一緒に入るんだ」
浴槽の中から慶志郎が恨みがましい目でシャワーを浴びる金剛を見上げてきた。
取り敢えず一ラウンド済ませ、ぐったりする慶志郎を抱えてバスルームに入ったものの、彼は不機嫌な顔のまま湯船に浸かっている。
多分、平均的な体格の男女が入るならこのバスルームもそんなに狭く感じる事はないのだろうが片や185センチ、片や190センチの大男が2人で入れば圧迫感がもの凄い。
「アンタが風呂に入りてぇっつったんだろ」
「ワタシは、一人で、入りたいんだ!」
「腰ガクガクさせといて何言ってんだか」
「きっ、貴様が、あんなに……っ」
「あんなに?」
ニヤァ、と笑みを浮かべて訊き返すと慶志郎はぐっと押し黙り、そっぽを向いた。
子供みたいなその仕種が『 』と思う。
「…………あ?」
「な、何?」
「いや、何でもねえ。ほら洗うんだろ、代われよ」
「いちいち指図は止めてくれたまえ」
一瞬、浮かんだ言葉は形になる前に霧散した。
慶志郎と入れ変わり、ざぶっと湯に浸かり体を洗う彼を見上げた。長い髪を一つに纏めて結い上げ、伏し目がちに泡立てたボディソープで体を洗う姿は中々に色気がある。
腰が痛むのか、時おり顔を顰めていた。
「肩はまだ痛ぇのか」
「……痛みは少しあるけど、生活に支障はないよ」
「そうかよ」
「一応、気にはしていたんだ?」
「俺がやったからな」
「医者が驚いていたよ。綺麗に嵌め込んでいるから、処置が良かったんだろうって」
「大したこたァねえ。どこをどうすりゃなんて、人間の急所は知り尽くしてる」
その言葉に慶志郎は驚愕して金剛を見下ろした。
人間の急所を知り尽くしている、とは。
どうすれば人を物理的に壊せるか、知り尽くしているという事だ。その気になれば彼は、簡単に人を殺せる可能性を持っているのだ。
温かい風呂場で、身体が一気に冷めていくのを感じた。
「どうかしたか?」
「何でもない」
金剛から視線を外して体を洗うのを再開すると、おもむろに彼が浴槽から出て後ろに立った。
ギクリと身が竦み、洗う手が止まる。
嫌な予感しかしない。
尻に熱い塊が押しつけられた。
「後ろから立ったままってのも、そそるなァ」
「ちょ、ちょ、待っ」
「いい加減、観念しろよ。土日も休みで時間はたっぷりあるんだぜ」
「なっ、あ!?」
「当然だろ、週末なんだから。金曜日の夜から日曜日までな」
予想だにしない台詞に首だけ振り向くと、金剛が底意地の悪い笑みを浮かべつつ、後孔に指を挿れてきた。
ボディソープのおかげですんなりと指が侵入してくる。
「ヒッ、あ、あ、止め、」
「これから毎週末、ちゃんと予定は空けとけ」
軽く慣らして指が引き抜かれ、あっという間にぐぬぐぬと太い剛直が突き挿れられた。
「や、ぁ、あっ!」
「ゴム着けてねえけど、風呂場だからいいよな」
「ん、んっうぅ」
崩れそうになる膝を何とか踏ん張り、壁に縋って慶志郎は貫かれる衝撃に耐えた。
根元まで埋めて、金剛は体をぴったり密着させると抜き挿しせずに、腰を揺らしながら再び訊いてくる。
「鏡、返事は?」
「あ、なっ、何、」
「毎週末は俺とセックスな。分かったかよ、おら」
半分、引き抜かれたモノが勢い良く叩きつけられる。
そしてまた、突き挿れたまま腰を回される。
「返事は?」
何度も繰り返される。
悦いところを擦られ、硬くなった乳首を捏ね回され、思考がグズグズに蕩けていく。
「慶志郎、返事は?」
「分かっ……た、から、する、から……」
「約束を反古にしたら、会社でひん剥いて犯すから覚えとけ」
「するっ、約束、するから……!」
約束を口にした途端、それまで緩やかだった動きが激しいものに変わった。
散々に焦らされ昂った体が快感に飲み込まれていく。
宣言通り、金剛は日曜日の昼まで慶志郎をベッドから出さなかった。
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