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第11話 手離さない
【1】
手酷く犯され疲れ切った慶志郎が次に目覚めたのは、夕方になってからだった。
ブラインドが降りている為か室内は薄暗く、物音一つせずに静かで隣に金剛の姿はなく、重い身体を起こすと全身に怠さと痛みが走り顔を顰めた。
「……う、」
喉が酷く渇き、眩暈がしてガクンと体勢を崩す。
ひとつ呼吸して、何とか力を振り絞って床に足を伸ばした時。
「……よう」
だだっ広い部屋の壁際から低い声が聞こえてきて、慶志郎はギクリと動きを止めた。誰もいないと思っていたが違った。
寝間着であろう浴衣を纏った金剛が片膝を立て、壁に凭れて座りギラついた目で慶志郎を見ていた。
暗い室内で完全に気配を消していたから、全く気づかなかった。
いつからそうしていたのかは分からない。
鋭い眼光で慶志郎を一瞥し、金剛がのそりと立ち上がりキッチンへ向かう。デカい図体なのに物音ひとつ、足音ひとつ立てず動く姿は野生の肉食獣と言っても過言ではない。
金剛から受けた仕打ちを思い出して身を竦ませる慶志郎に、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取って来た金剛が側に戻って来る。
「飲め、ほとんど飲まず食わずだろ」
他人事のような台詞に誰のせいで、とその手を払い退けたかったが水が飲みたかったのは確かだ。
金剛を睨み付けながらボトルを受け取り、口を付けて一気に飲み干した。
冷たい水が喉を潤して全身に染み渡り、飲み終えて息をつく。
「腹は減ってるか」
「……いい、要らない」
多分、空腹なのだろうが食欲を感じず、何か食べたいとは思わなかった。
「帰る、服を返してくれ」
「服なら捨てた」
予想だにしない返事にえ、と絶句して慶志郎は顔を上げ、無表情でこちらを見下ろす金剛にゾッとした。
「破れて使いモンにならねえから、捨てた」
「な、何で、勝手に……っ」
「スマホとか財布なんかはちゃんと保管してるから心配すんな。帰る時に新しい服は用意してやる」
「ふ、ふざけるな……!」
カアッと頭に血が昇り、慶志郎は激昂して声を荒げた。
「今すぐ用意しろッ、ワタシは帰る!」
「テメエが帰る時は俺が決める」
「貴様に何の権限があって言うんだ!」
冗談じゃない、こんな理不尽があってたまるか。
「もういい、ワタシは帰る」
この際、裸でも何でも構わない。
とにかく、この部屋から出たい。
ベッドから降りた慶志郎に金剛はひとつ溜息を吐くと、腰に手をやり頭をガリガリ掻いてやれやれと慶志郎をチラ見した。
「あんまり、手荒な真似ァしたくねえんだがな」
慶志郎には金剛の動きが追えなかった。
気が付けばベッドに引き倒され、真上から金剛が見下ろしていた。
圧倒的な身体能力の差に、運動神経には多少の自信があった慶志郎は愕然とする。
大きな掌が顎を掴み口の中に指を突っ込まれ、金剛が跨いで膝で肩を押さえて来た。
ズシリと重い男にのし掛かられ、散々に犯された恐怖が甦り身体が動かない。
「いいか、聞け」
ズイ、と顔を近付け金剛が抑揚のない声で言った。
「休みの間、テメエは帰さねえ。ここから出さねえ、分かったな?」
「ぐ、う、う!」
その言葉に慶志郎も思い出した。
金剛も自分もパーティーの翌日から一週間の有給休暇を取り付けていたのだった。
こんな事になると分かっていたら、出席なんかしなかったものを自分の馬鹿さ加減を呪う。
目の前の男は怖い。
怖いが唯々諾々と従うのは慶志郎のプライドが許さなかった。
指に歯を立てて首を振り、強引に逃れると怒りの目を向けた。
「勝手な事をほざかれて、そうですかと従えるかっ!」
「…………上等だ」
噛まれた指をベロリと舐めて金剛が口端を上げて笑う。
「まずは躾からしなきゃな」
疲れ切り、ほとんど体力が戻っていない慶志郎の抵抗なぞ、有って無いようなものだった。
常日頃、慶志郎は轟 金剛を凡人と見下していたが、彼は決して馬鹿ではない。
要領は悪いが覚えれば飲み込みは早く、一度教わった事は忘れない。
その飲み込みの早さは慶志郎に対しても発揮された。
金剛は慶志郎自身すら知らない、彼の快楽を得る箇所を完全に把握しており、一つ一つ丁寧に説明しながら確実に逃げられないところまで身体を追い上げて、精神を追い詰めていった。
数ヶ月前まで男を知らなかった身体は金剛によって拓かれ、慣らされて慶志郎の意思に関係なく与えられる快感を拾い、羞恥心を煽られる。
「ちょっと出て来るから、しばらくそうしとけ」
Tシャツにジーンズ、パーカーを着た金剛はベッドの上の慶志郎にそう言って部屋を出て行った。
後に残された慶志郎は後ろ手に縛られ、腹の中にアナルビーズを埋め込まれ転がされていた。
イく寸前まで追い上げられた身体は熱が燻り、勃ち上がった陰茎の根元はキツすぎず緩すぎずの微妙な力加減で括られ、射精を塞き止められている。
少しでも動くとシリコン製の性具が蠢いて慶志郎を内側から責め立てる。
「……く、そ……!」
どんなに抵抗しても敵わない。
同じ男なのに、圧倒的な力の差に愕然とする。
悔しくて情けなくて屈辱にギリギリと歯を食い縛る。
とにかく金剛が戻って来るまでの間、出来るだけ動かずにいるしかない。そう思った時だった。
不意に腹の中の性具がヴン、と振動した。
「ひっ!?」
ヴヴヴ、と鈍い振動音と共に、ぐねぐねとビーズが歪 に動き始める。
「あっ、アッあぁぁあっ!?」
ビクビクと全身が仰け反り、慶志郎は悲鳴を上げた。
「なっ、何、いぁぁっ」
違う、あの時の物とは違う。
金剛が挿れていったのは電動式のアナルビーズだった。
ごりゅごりゅと蠢くビーズが前立腺を抉り、散々に性感を高められていた慶志郎は瞬く間に昇り詰めた。
「あっぁっ、イ、くッ……!」
ガクガクと腰が震えるが、陰茎を戒められているので射精する事が出来ず、競り上がった熱が逆戻りしてしまう。
「なんっ、で、あ゛あ゛ッ」
広い部屋に慶志郎の矯声が響く。
始まった時と同じ、唐突に性具の動きが止まり無意識に突き上げていた腰が落ち、慶志郎はゼイゼイと息を吐く。
「………?」
そのまま数分が過ぎてようやく呼吸が落ち着いた時に、また性具が動き始める。
「アアァッ」
今度は先ほどと違い、緩やかにビーズの根元から先端に掛けて回転していく。
性具はランダムなリズムを刻み、様々な動きで慶志郎の中を蹂躙していった。
「ひ、ぁ、あっ、や、止め……っ、嫌だ、ひぐっ、」
ベッドの上で転がって慶志郎はこの快楽から逃れようとするが、弄られて熟れた中が快感に悦び玩具を食い締めて離そうとしない。
何で、どうしてと自分の意思に逆らう身体に慶志郎は咽び泣いた。
金剛が戻って来たのは数時間後だった。
【2】
繁華街の大通りから外れ、細い路地を抜けた狭苦しく暗い並びにある店に金剛はいた。
看板も何もなく、外に光が漏れないように加工された分厚い扉を開けて中に入ると縦長に狭い店内の左右はガラスのショーケースが並び、サイズや様々な形状の色とりどりのバイブやローター、セックスに使う玩具や衣装が所狭しと並べられている。
この店はいわゆる、アダルトグッズ専門の販売店だ。
「これとこれ」
トントンとローションのボトルを数本カウンターに置き、コンドームの箱を幾つか。
若い男の店員は無表情で品物を購入する金剛をチラリと見た。
190センチはあろうかという厳つい顔の大男が入って来た時、絶対ヤクザだと店員はビビった。
しかもチンピラじゃない、若頭クラスの大物だろうと。
「それから、」
「は、はい」
「ちっと生意気なネコを躾けるんだが、拘束具が欲しい。手首用と足と手を同時に拘束出来るヤツ。たたし、拘束の痕を残したくねえ」
「それならSMプレイ専用の内側にファーを貼り付けた手枷があります」
ショーケースの鍵を開けて店員が黒い革ベルトの手枷を持って来る。
幅の広い革ベルトの内側にふわふわと柔らかいファーが縫い付けられた物を手に取り、確認してから金剛はこれでいいと答えた。
「あと、手足の拘束用は……」
「ただいまー」
その時、店のドアがギッと開いて痩せた男が入って来た。
「あ、店長。お帰りなさい」
金剛と対峙して緊張していた店員が、ホッとした様子でお客さんですと告げた。
「いらっしゃい……あれ?」
40代くらいの優男風の店長は金剛を見て驚く。
「ずいぶんと久し振りだねえ、君」
「どうも」
「あれから何年かな……いくつになったの?」
「今23です」
「そうかー、大人になったねえ」
店長は微笑むと若い店員に対応は変わるから休憩しておいで、と言って店から出した。
二人きりの店内で店長は懐かしそうに金剛を見る。
「君が突然いなくなったって、あの頃の君と関係を持っていた連中はかなり騒いでたよ。どこにいたの?」
「山にずっと篭ってました」
「山に?ホントに?」
頷く金剛に、そりゃあ消えたって騒がれるワケだねと店長は笑った。
10代の頃、一時期相手をしていた女に連れられて訪れたのがこの店だった。
本来ならこういう店は18歳未満は立ち入り禁止だ。
入っても買っても売ってもバレたら警察に介入される。
女は面白半分で何度か連れて来たのだが、店長は金剛を見て何か思う事があったらしく色々と親切にしてくれた。
「こういう商売はね、信用と口の固さが必要とされるんだ。ボクは君が誰か知っているけど、誰にも言わないから困った事があればいつでもおいで」
そう言って店長は金剛に正しい性知識を与えてくれた。
避妊の知識、道具の使い方、男同士のセックスのやり方を教えてくれたのも、この店長だった。
「君ともっと早く出会っていたら、ボクは君を引っ張り上げられたんだけどね」
もう君はどっぷり浸かってしまっていたから、だったら正しい知識をあげようと思ったんだよ。
いつだったか、店長はそう言った。
「今は何をしているの?」
「父の会社に」
「そうかー、社会人だものね。ところでこれ、誰に使うつもり?」
「…………」
「拘束具だね、そうまでして引き留めたい人?」
無言の金剛に店長は他に必要な物は?と質問を変えた。
「開発用の道具。バイブやローターは要らない。それと手足の拘束具も」
「なるほど、君の手で直接やるんだね」
君、玩具はあんまり好きじゃなかったもんね、と店長がカウンターの下から小箱を幾つか取り出して蓋を開けた。
中にはシリコン製の指サックが入っているが、びっしりとイボが付いている。
もう一つの箱に入っていたのは同じようにイボが付いた手袋だ。
「膣でもアナルでも、どっちにも使えるよ。そのままだと受け入れる側は痛いから、ローションで濡らして滑りを良くしてね」
指サックを試しに嵌めて金剛は感触を確かめると、これも購入した。
「本気でやるつもり?」
「…………ああ」
「じゃあ、コンドームはコレじゃなくてコッチにしたらいいよ。君は体力も持続性もあるから余裕でしょ」
スタンダードタイプを下げて、店長が持って来たのは黒い箱と赤い箱のコンドームだ。
「まあ、一種のネタ的な代物なんだけど」
店長は新品の黒い箱を開けて一枚を取り出し、封を切って中身を引き出した。
びろっと伸ばしたコンドームは全体に15ミリ程の細い繊毛がびっしりと生えている。
「中の粘膜は神経が集中しているから、これで擦られたら堪らないよ。感覚の鋭い人は特にイキ狂っちゃうかもね」
もう一つの赤い箱も同じように一枚を見本として出してくれた。
こちらは先端が尖ったイボが全体に付いている物だ。
「長時間、コレで擦ったらさすがに粘膜が傷付いちゃうから、ちゃんと休ませてあげてね」
代金を支払い購入した物を黒いバッグに入れて貰って店を出ようとした金剛に、店長は出会ってから初めて名前で呼んだ。
「轟くん。困った事があれば、またいつでもおいでね」
カウンターの向こうから優しく微笑む大人に無言で頭を軽く下げて金剛は店を後にした。店長は灰色の世界の住人だが、金剛にとって数少ない優しい大人だった。
金剛が出て行った後、店長は驚いたなと独りごちた。
彼に教えた事をまさか実行に移すとは思わなかった。
昔、誰にも無関心で執着もしない彼に「君がもし、」と言った事がある。
「誰かを手元に置きたくて、」
「俺は誰も要らねえけど」
「まあ聞いて、もしもの話だよ。誰かを手元に置きたくて、でも拒まれたらね。徹底的に気持ちいい事を叩き込んで、逃げられないように仕向けたらいいよ」
自分ナシじゃいられないようにね、そういう時の為に道具を使うのもアリだよ。
なんて、結局はただの玩具の売り込みなんだけど。
「可哀想にねぇ」
可哀想に、と言う割に店長はちっとも同情していない。
金剛の中に潜む、狂気の色に気付いてしまったからだ。
「彼に捕まっちゃったら、逃げられないね」
どこの誰かは知らないけど、可哀想に。
【3】
自宅に戻って来ると、真っ暗な室内に低い振動音と啜り泣く声が聞こえてきた。
明かりを灯しバッグを置いてベッドに近付き、身体を丸めている慶志郎を仰向けに転がして見下ろす。
涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、下肢は絶え間無く溢れた体液でベタベタになっている。
すっかり快楽に蕩け切った顔で慶志郎は金剛を見上げ、中の物を抜いてと懇願してきた。
「……な、か、もう嫌……取っ、あぁあっ!」
また動き始めたらしい性具に踊らされて、慶志郎が腰を突っ張った。
陰茎の先端から白濁がトロトロと溢れて来るが、射精には至らずに絶頂に達しているようだ。
金剛は無言で屈み、慶志郎を苛む性具に手を掛けてそのままグチグチと抜き挿しした。
「ひっ、嫌だ、ひぐっ、あっあぁあぁーーっ」
目を見開いて背を反らし、ガクガクと腰を震わせて慶志郎はまたイッた。
ズルリと玩具を引き抜き、足元のバッグから買って来た拘束用の手枷を取り出すと、後ろ手に縛っていた紐を解く。
性具の動きから逃れようとかなり暴れたのだろう、腕と手首は紐で擦れて赤くなっていた。
慶志郎の綺麗な肌に傷が付くのは金剛にとっても不本意だ。
ぐったりする慶志郎を抱き起こすと、汗と涙と体液で身体はベトベトしている。赤く擦れた腕を取り舌を這わすとピリピリ痛むのか、慶志郎は眉を潜めた。
取り敢えず、まあ。
「風呂だな」
ピチョン、と風呂場の天井から水滴が落ちてくる。
朦朧としながらも嫌がる慶志郎を抱えてサッサと風呂に直行し、彼の抵抗にもならない抵抗を躱すと丁寧に身体を洗った。
根元の戒めを取り去り、後ろから抱えてボディソープを纏った指を未だ敏感な後孔に差し挿れて陰茎と合わせて両方弄ってやるとグスグスと泣きながら達した。
ずっと燻っていた身体の熱をようやく解放できて安堵したのか、慶志郎がそわそわし始める。
「何だ、どうした」
「…………ちょっと、上がりたい」
「まだ暖まってねぇだろ」
「………に、行きたい」
「あ?」
よく聞こえずに訊き返すとトイレ、と言われてああ、と金剛は頷いた。
「ここですりゃあいい」
えっ!と驚く慶志郎に金剛はもう一度言った。
「どうせ流すんだから、ここですりゃあいい」
「い、嫌だ、何で」
狼狽えて離れようとする慶志郎をがっちり抑え込み、金剛は腹の膀胱辺りをグッと押した。
「や、止めろ、」
「あー、もうパンパンだな。ほら、とっとと出しちまえ」
「離せっ、止めろ馬鹿っ!」
暴れる慶志郎を物ともせず、萎えた陰茎を持って排尿を促してやる。
チョロ、と尿が出始めると止められない。
ぎゅっと金剛の腕に縋りつき慶志郎はその場で排尿した。
呆然とする慶志郎の身体を洗い流し、風呂から上がってバスタオルを手渡した時だった。
バチン!と物凄い音と共に左の頬に痛みが走った。
怒りで顔を真っ赤にし、目を潤ませた慶志郎が息も荒く睨み付けて来る。
「きっ、貴様はっ……!」
怒りのあまり、上手く言葉も紡げないらしく、慶志郎が唇を震わせている。
何に怒っているのか咄嗟に分からなかったが、すぐに先ほどの事が思い当たる。
「……ああ、別に男同士だからションベンくらい見られたって」
バチン!と今度は右の頬をビンタされた。
フラフラの身体のどこにそんな力があったのか、さすがの金剛も痛みに眉を寄せる。
「そ、そんなにワタシを侮辱して楽しいかッッ!」
侮辱?思ってもいない言葉に金剛は首を傾げた。
慶志郎を侮辱したつもりはない。
「アンタ、何を勘違いしてるか知らねぇが」
「煩い煩い煩いッッ」
取り乱す慶志郎に手を伸ばすが勢い良く払い退けられる。
「貴様ならワタシでなくとも、誰だって寄って来るだろうがっ!もう沢山だッッ、写真でも何でも晒せばいいっ、そんなにワタシが目障りなら消えてやるから勝手にしろっ!」
消える、という言葉に金剛の思考が一瞬止まった。
『 』って言ったら、消えてしまうよ。
『 』って言ったら、いなくなるよ。
顔を覆ってボロボロ泣く慶志郎に手を伸ばしあぐねる。
自分は彼の矜持をずいぶんと傷付けてしまったようだ。
でも、それでも、消える事は許さない。
「二度と、消えるなんて言うな」
慶志郎の手を掴み、強引に顔を上げさせて金剛は低い声で唸った。
「例え俺の前から消えても、どこにいようが地の果てまでも探し出して見つけてやる」
泣き濡れた慶志郎の顔は綺麗だ。
青白い顔を撫でて真っ直ぐに彼を見据え、金剛はもう一度断言した。
「いいか、俺は何があってもお前を手離さない」
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