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第15話 要らない
【1】
もうアンタを傷つけるヤツはいないから。
別れ際のその言葉の意味を深く考えなかった。
鏡 慶志郎を傷つける者の中に、轟 金剛も含まれていたのだとしたら。
彼は慶志郎から一切、手を引いたのだ。
あれほどに執着して卑怯と罵られようと、抵抗されても何が何でも手離さないと言った男が、180度考えを変えて手を引いたのだ。
その真意を問わねばならない。知る権利が自分にはある。
金剛のマンションに着いてタクシーを降り、最上階を見上げると今夜は自宅にいるらしく、小さな明かりが見えた。
例えいなくても帰って来るまで待つつもりだった。
エントランスに入り、部屋番号を押してインターホンを鳴らす。
《……はい》
ややあって返事があった。
「ワタシだ、話がある。入れろ」
一瞬、息を飲む気配がした。
《……帰れ、俺は話すこたァねえ》
「キミの話はなくてもワタシが話があるんだ。さっさと開けろ」
《断る、帰れっつってんだろ》
「入れるまで帰らないよ、ワタシは。此処で待つ」
《勝手にしろ!》
ブツッと通話が切れ、もう一度インターホンを鳴らすが金剛が出る事はなかった。
「……フン、持久戦か。上等だよ」
慶志郎はエントランスの床に腰を下ろし壁に凭れ掛かった。
セキュリティの高いマンションだ、恐らくこの様子も防犯カメラに映っているだろうが構うものか。警備員でも呼ばれたら困るが、その時は金剛の名前を出してやればいい。
秋も半ばの夜は冷える。冷たい大理石の床からシンシンと底冷えしてきて、慶志郎はくしゃみをした。
今日の昼は割と暖かったから、コートを持たずに出勤して来たのが失敗だった。ぐす、と鼻を啜りボンヤリと時間が過ぎていくのを待つ。
深夜を回り金剛はもう寝てしまったかも知れない。
寒さで酔いも冷めていき、シンとしたマンションのエントランスで慶志郎はつい、うとうとと微睡んだ。
金剛に会ったら、訊きたい事がいくつもある。
キミの本当の言葉をワタシは聞かなければいけないんだ。
だってまだ、ワタシは悪夢から逃れられない。
轟、ワタシはもう一度キミに。
「……っ、おいっ!」
腕を取られて慶志郎はビクッと覚醒した。
見上げた先に険しい顔の金剛がいる。
多分、帰らないと言ったから本当かどうか確かめに来たのだろう。
妙なところで生真面目なのだ、この男は。
「帰れって言っただろ、何してやがるアンタ!」
「やれやれ、やっと出て来たか。ずいぶんなご挨拶だ」
天岩戸を開くのも容易じゃないね、と軽口を叩いて立ち上がり慶志郎はギロリと金剛を見据えた。
「入れてくれるよね?キミには訊きたい事が沢山あるんだ、ワタシには知る権利があると思うけど?」
「……そんなら明日、会社で」
ぐっと言葉を詰まらせ顔を背ける金剛に、慶志郎は口端を上げた。
このまま押せば勝てる、と確信する。
「生憎と酒を飲んでしまってね、今から帰るとなると歩きになるんだ」
「タクシー呼べばいいだろう」
「帰る気分じゃないんだ。泊めてくれないか」
掴まれた腕を振り払い、今度は慶志郎の方から金剛の腕を掴み、真っ直ぐ目を合わせる。ここで絶対に逃がす訳にはいかない。
逃がしたら最後、金剛はもう絶対に慶志郎と話をしないだろうと予測が出来たので必死だったがそんな様子は勿論、金剛に悟らせない。
「キミはワタシに対して責任があると思うんだけど?」
怯む金剛に慶志郎が嫌味を交えて有無を言わさず畳み掛けると、どうあっても引かないと悟ったのかチッと舌打ちして金剛は渋々と慶志郎を自宅に入れた。いくら住人と言えど、深夜のマンションのエントランスで男二人が押し問答をしているのはよろしくないと判断した為であろう。
久し振りに訪れた金剛の自宅は相変わらず、最低限の生活用品以外は何もない殺風景な部屋だった。
「嫌がるのは女性でも連れ込んでいるからと思ってたよ」
「んなワケねぇだろ」
ここには誰も入れねえ、と答える金剛にそれも含めて問い質そうと勝手知ったると言わんばかりに慶志郎はソファに腰を下ろし、高々と足を組む。高飛車な上司の態度に苦虫を噛み潰したような顔で突っ立ったまま、金剛が見下ろして来た。
「話ってのは何だよ」
「スマホ」
「あ?」
「ワタシが出て行くあの日、どうしてスマホを壊したんだ」
「どうしてって……あれは要らねぇから」
「ふーん?ワタシを脅すネタを入れていたのに?」
「それは、他にコピーが」
「データのバックアップも取っていなかったから、コピーも無いよね?あるなら見せてくれる?」
この男は基本的に嘘を付けないというか、嘘がヘタだ。
視線を泳がせ何とか誤魔化そうとする金剛に、慶志郎は腰を上げると目の前に立った。
「あの時、キミは何を言ったの」
「あの時?」
「『慶志郎、俺は』の続き」
「……っ、」
ギリ、と金剛が唇を噛み締める。
「……そんなん、言った覚え」
「ウソつき」
「嘘、じゃねえ」
「それもウソ」
逃げ場を探す金剛に余裕など与えてやるつもりはない。
ねえ轟、と彼の顔を覗き込み慶志郎は金剛を追い詰める。
「あれだけの事をしてまでキミはワタシに執着していたのに、どうして急に止めたの?」
「……は、」
一瞬、金剛の瞳が揺らいだ。
「アンタにもう、興味がなくなったからだ」
苦しまぎれの嘘だったのだろうが、自分で発した言葉に金剛は水を得た魚のようにあの不遜な態度を取り戻した。
「他の野郎の手垢が付いたヤツなんざ、俺ァ興味ねえんだよ。だからコピーも要らねぇし、構う気もねえ。だから、」
「そう、分かったよ」
腹の底からスッと冷えていき、自分でも驚く程の冷たい固い声色に金剛がハッと己を見て動揺する。
その様子にそれが本心から言った言葉ではないとは分かったが、慶志郎を傷付けるには十分すぎる言葉だった。
抉られるような胸の痛みを隠し、抑揚のない声で慶志郎は続けた。
「ワタシは理由が聞きたかっただけだから、そういう事なら納得したよ。こんな時間に押しかけて悪かった。朝になったら勝手に出て行くから、ソファを使わせて貰うよ」
「かがみ、」
「おやすみ、サムライボーイ」
後悔の色を見せる金剛に見向きもせず、慶志郎はソファに横たわると背を向けた。背後で戸惑う気配がしたが無視する。
自分から問い詰めて聞き出したクセに、勝手に傷付いてまるで馬鹿みたいだ。本当は金剛に何て言って欲しかったのか、金剛にどうして欲しかったのか、慶志郎自身が何をしたかったのか分からなくなってしまった。
何を言っても慶志郎が答える気がないのだと分かると部屋の明かりが落とされ、ブランケットがかけられる。
しばらくして慶志郎は身体を起こすとスーツの上着とネクタイを外してソファの背に引っかけ、再び横たわって目を閉じた。
そしてまた、悪夢の足音が聞こえる。
しくじった。
言ってしまった瞬間、金剛は激しく後悔した。
他の男の手垢が付いたなど、微塵も思ってなんかいないのに慶志郎の追及から逃れようと焦るあまり、とっさに出た言葉は彼を傷つけるには十分だった。
すべての表情を失くし、冷たく固い声で彼は分かったと言うと金剛を拒絶した。謝っても口から出た言葉は覆る事なく、取り返しなど出来やしない。
金剛が誰からの誘いにも応えたのは、慶志郎の側にいるとまた彼が欲しくなってしまうからだ。
あんな目に合った彼を欲望のままに抱きたくなるからだ。
だから手当たり次第に女を抱いて気を紛らわせた。
慶志郎以外なら、抱くのは誰でも良かった。
そこに何の感情もないからだ。
本当に慈しんで抱きたかったのは慶志郎だけだ。
それ以外の人間なんて、金剛にとってはただの性処理の相手でしかなかった。
慶志郎を傷付けたくなくて離れたのに結局、自分はこうして彼に追い討ちを掛けて傷付けてしまう。
ソファに横たわる彼にせめてベッドで寝て欲しかったが、要らぬ気遣いは更に傷付けるだろう。
仕方なく金剛もベッドに入り浅い眠りに就いた。
どれくらいの時間が経ったか、微かな呻き声のような音に金剛はフッと目を開けて身体を起こした。
オレンジ灯が点いた室内を見回すとソファで寝ていた慶志郎の姿が無い。物音がトイレから聞こえてきた。
「……鏡?」
ベッドから降りてトイレに向かいドアに手を掛けると鍵は掛かっておらずスッと開き、視界に背を向けた金髪が飛び込んできた。
「おい、鏡?」
「ヒッ!」
蹲り便器に嘔吐いて咳き込む姿に驚いて肩に触れると勢い良く、その手を払われ慶志郎が振り返った。
青白い顔、焦点の合わない目は吐いて苦しかったのだろう、涙が滲んでいる。息を乱し怯えて震える姿に金剛がもう一度「おい」と呼び掛けると、段々と慶志郎の目が光を取り戻し金剛を認識した。
「どうした、具合が悪かったのか」
「……何でもないよ、夢見がちょっとね」
起こして悪かったね、と慶志郎は立ち上がり金剛を押し退けると水を流して洗面台で口を濯ぐ。
「キミも寝なよ」
そう言って部屋に戻る慶志郎の足取りは覚束ず、よろめく身体を追い掛けてとっさに支え、その軽さに金剛は目を見開く。
何度も抱えた事があるから大体の彼の体重は把握していた。
覚えている頃より恐らく、5キロ以上は減っている。
何時からだ? 一体、何時からこんなに痩せた?
「離してくれないか、轟」
「……アンタ、何でこんなに痩せてるんだ。ちゃんとメシ食ってんのか」
「キミには関係ない」
金剛の問いに慶志郎は答えようとしない。
「鏡」
「ワタシに興味なんてないんだろう?どうして、そんな事を訊きたがるの」
「違う、あれは」
「違わないよ、キミの本心でしょ」
「慶志郎!」
頑なに拒む慶志郎を強引に振り向かせる。
「……あんな事、言うつもりなかった」
「そう」
「本心なんかじゃねえ」
「そう」
「慶志郎、聞いてくれ」
「要らない」
もう、キミの言葉は要らない。
ポロ、と慶志郎の目から涙が零れた。
「要らないよ、キミなんか」
慶志郎の口から零れた言葉が金剛の心を切り裂く。
要らないなんて、言わないでくれ。
違う、言わせたのは俺だ。
愛していたなんて、過去形には出来ない。
今も彼を深く愛しているのだ。
なあ、要らないなんて嘘でも言わないでくれ。
静かに泣く慶志郎がこのまま消えてしまいそうで、金剛は強く抱き締めた。
【2】
青ざめた慶志郎の服を脱がせてベッドに連れ込んでも、彼は抵抗せずに大人しくされるがままだった。
互いに下着のみの姿で金剛は冷え切った身体を抱き込む。
カタカタと震えて強張っていた慶志郎の身体は、金剛が与える体温のおかげでゆっくりと暖まっていく。
毎晩、悪い夢を見るんだ。
ポツリと慶志郎が言った。
止めてくれと言っても、何本もの手が押さえ付けて来て逃げられなくて、ずっと犯されるんだ。
部屋を暗くすると、暗闇から自分を捕まえる手が伸びて来そうで眠れなくて。食べても吐いてしまうから、最近はほとんど酒しか飲んでない。
ポツポツと語る慶志郎の話に金剛は愕然として、己の愚かさを思い知った。
自分が離れれば慶志郎をもう傷つける事はないと思っていた。
会社では普通にしていたから、大丈夫だと思っていた。
実際はあれからずっと慶志郎は悪夢に苛まされ、一人で耐えていたのだ。
彼の為と嘯いて恐怖と絶望の中に一人置き去りにして、自分は逃げただけだった。また自分は間違ってしまった。
関係を終わらせるにしても彼と話を付けなければならなかったのに、一方的に連絡を断ったが故に慶志郎からしてみれば切り捨てられたと思われても仕方なかった。
離れる事ばかり考えて本当にやらなければならなかったのは、彼の心がきちんと癒えるまで寄り添う事だったのに。
「……キミが憎いよ」
ワタシをこんな風にしたキミが許せない。
なのにワタシを助けたのもキミだから。
助けてくれたキミを憎んでしまう自分を自分で許せない。
こんな黒い感情なんて知らずにいたかった。
涙を零す慶志郎をよくよく見ればずいぶんと窶れていた。
疲弊した身体を休める事も出来ず、悪夢によって心を追い詰められて、憎いとまで言わせてしまった。
高飛車でひねくれた性格ではあるけど彼はある意味、裏表の無い男だった。理不尽に誰かに責任転嫁したり、人の陰口を叩いたりしない、言いたい事は真っ正面から堂々と口にする男だ。
そんな彼に負の感情を植え付けてしまったのは自分だ。
歪んだ自分のせいで慶志郎も歪んでいく。
こんな風にしたかったんじゃない。
もっと、違う形で伝えなければならなかった。
「とどろき」
掠れた声で慶志郎が密やかに名を呼ぶ。
「……キミの手を思い出させて」
ワタシの身体はキミの手を忘れてしまったから。
嫌な記憶しかないから、だからもう一度。
「抱いてくれないか」
慶志郎の少し高い声が熱を孕んで囁く。
ああなんて、あまい、どくのような、ゆうわく。
もう触れてはいけないと、無理矢理に納得させていた理性が一瞬で灼き切れて、眩暈すらしてくる。
プライドの高い男がそれを口にするのは、どれ程の覚悟が必要だったろう。年下の、しかも自分を滅茶苦茶にした男に身を任せるなど、彼にとっては屈辱以外の何物でもないだろう。
それ程までに彼は追い詰められているのだ。
ここで否と答えれば、彼は本当に壊れてしまう。
全てを背負えと、何処からか声が聞こえる。
己の罪も罰も責任も、彼の覚悟も彼の心の痛みも傷も。
腹を括って全て背負って死ぬまで償え。
金剛は抱き締める腕に少しだけ力を込めた。
腕の中の慶志郎がビクリと震える。
「慶志郎、俺は」
アンタをずっと抱きたかった。秘めていた思いを吐露する。
「あんな目に合ったアンタを、俺がまた抱いたら傷付けると思って、だから」
「轟、もういいよ」
慶志郎の手が顔を挟み、引き寄せられて唇が重なる。
触れるだけの口付けすら甘く、身体中の血が沸騰したかのように一気に熱を帯びる。
「キミがどうして言わないのか、言えないのか分からないけどキミが本当は優しいのは知っているから」
微かに触れる程の距離で唇を離して慶志郎が続ける。
言葉で表せないなら身体で示して。
薄明かりの下で見る慶志郎も情欲を露にしているのが見て取れる。
「……アンタが欲しい。抱き潰しちまうかもしんねえ」
「キミだったら構わない」
「それ以上、誘惑すんな。歯止めが効かなくなる」
「馬鹿だね、キミは。誘惑しているんだよ」
再び唇が重なり、慶志郎が舌を捩じ込んできた。
抗えずに金剛は彼を組み強いて舌を絡め甘く激しく吸い上げて、溢れる唾液を飲み交わし、吐息すら飲み込んで深く口付けた。
「金剛」
初めて慶志郎が名前を呼んだ。
熱を孕んで掠れた声に脳を灼かれる。
ずっと彼にそう呼んで欲しかったのだと、今更ながら気付いた。
金剛、と呼ぶ声に胸を締め付けられる。
「要らないなんて、嘘だよ」
下から腕を伸ばして慶志郎が抱き寄せた。
互いの肌が合わさって心音が重なる。
慶志郎も自分も早鐘のように心臓が鼓動を響かせ、いつしか同じリズムを刻み始める。
「金剛、キミが欲しいよ」
後はもう、覚えていない。
ただひたすら、欲望のままに慶志郎を抱いた。
辛うじて細く残った理性を繋ぎ止めて、彼が怯えないように抱く事だけを己に言い聞かせた。
強張る身体を慰め、顔に首に胸に口付けを落として、ゆるりと下肢を拓いて、恐怖で侵入を拒む其処を丹念に解して、黄金の海にも似た金色の髪に口付けた。
全身に汗を滲ませ、硬く勃ち上がった陰茎からとめどなく蜜を零し、慶志郎が快楽に咽び泣く。彼が暗闇を怖がるから少しだけ部屋の光量を上げて、互いの顔が見えるようにした。
他の誰でもなく、彼を抱いているのは自分だと分かって欲しかった。
ゴムの装着は慶志郎が拒否した。
乱れた息で快楽に蕩けた表情で「キミを直接感じたいから」などと言われてはたまらない。ギリ、と歯軋りして畜生と呻く。
「……これでも、酷くしたくねェんだ……あんまり、煽るな」
「は、はは、そんなの今更、じゃない」
嗚呼そうだ。今までに散々な事をしてきたじゃないか、何を今更。
「そんな顔しないでくれ」
責めてるワケじゃないよと、慶志郎の手が伸びて金剛の陰茎を握り込む。凶悪な程に勃ち上がったモノは今にも爆発しそうなくらい熱く脈打ち、手の中でビクビクと跳ねる。
「ねえ、早く、キミで埋め尽くして」
柔らかく解れたそこに慎重にあてがい、ゆるゆると抜き挿しながら腰を進めていく。
「あっ、ぁ…ッ、」
「……っ、ぐ、…」
まるで初めて繋がるように、汗だくになって狭く熱く熟れた其処に全て収める。根元から先まで慶志郎の中に包まれてたまらない程の快感が駆け抜け、動く前に果てそうになるのを必死に耐える。
「んっ、く、ぅ、」
腕で顔を覆った慶志郎が荒く息を吐きながら唇を噛み締め、挿入の衝撃に耐えているのがいじらしく見えて、金剛はそっと腕を取った。
「慶志郎、辛ぇなら、」
「違、う……辛くは、ない」
紅潮して潤んだ目で金剛を見上げ、慶志郎は否定すると羞恥を滲ませ細く小さな声で、気持ち良すぎてどうにかなりそうでと目を反らして答えた。欲情して艶めいたその顔を見た瞬間、中に埋めていた自分のモノがどくんと一際脈打ち、慶志郎がヒッと息を飲む。
「あッ、な、んでっ、大きく……ッ」
「くそ、バカかアンタっ……そんなん言われたら、」
我慢できるか、と慶志郎の片足を抱えて金剛は了解を得る前に腰を叩き付けた。突然の激しい律動に慶志郎が仰け反って逃げを打つのを引き戻し、狙い定めて一番敏感なそこを容赦なく突き悲鳴にも似た矯声を上げて慶志郎が零す涙を舐め取り、腰を打ち付ける。
「ひっ、あ、ぁッ、嫌だ、もう……っ、もう……!」
「もう、何だよ……っ」
もうだめ、いく、でちゃう、と舌っ足らずに啼いて喘ぐ慶志郎の陰茎を握り扱くと瞬く間に彼は絶頂へと駆け昇った。
きゅううっと慶志郎のそこが金剛のモノを食いちぎらんばかりに締め付けてきて、危うく達しそうになったが驚異の精神力で堪えて射精感をやり過ごす。
「……ぁ、あ……」
胸まで白濁を飛ばして絶頂の余韻で全身をビクつかせながら、慶志郎が朦朧と金剛を見上げる。
多分、金剛もイッたと思ったのだろう。
そんな慶志郎にニヤリと笑って金剛は「まだだ」と答えると、ズルズルと陰茎を半分ほど引き抜いて勢いを付けて突き込む。
「ひ、あ゛っ、待っ……イッた、から、待っ」
「駄目だ、待ってやんねえ」
達したばかりでまだ落ち着かず収縮する中をゴリゴリと抉る。
追い上げられて感度が極まった慶志郎が縋りついて泣き喘いで再び達するのに合わせ、金剛も最奥に熱を放った。
だがすぐに金剛のモノは硬度を取り戻し、中を掻き混ぜるようにずくずくと突いて腰を揺すってやる。
先程とは違って緩い動きに慶志郎がもどかしげに形にならない声を漏らす。
「なあっ……」
腰の動きは止めず、汗を落としながら金剛は慶志郎の頬を撫でた。
「思い出したか……?」
何を、と訊かずとも彼には伝わったらしくガクガクと頷いて足を金剛の腰に絡めてきた。その言葉を言えない代わりに、五感の全てで全身全霊で伝えたいと思う。
例え、慶志郎がそれに応えてくれなくても構わない。
伝わりさえすればいい。
「金剛」と呼ぶ彼の声が甘やかに耳に響き、幸福感が胸を占める。
一番、そう呼んで欲しかった人に名前を呼ばれる事がこんなに幸せだなんて、知らなかった。
「もっと、呼んでくれ」
「こん、ごぅ……何で、」
慶志郎が手を伸ばして顔に触れてきた。
「キミ……泣いてるの……」
「……ああ」
ぱたぱたと慶志郎の胸に顔に涙が落ちる。
「アンタとずっと、こうしたかったから」
「ふ、ふふ……そう、奇遇だ、ね、んっあっ」
ずん、と奥を突かれて慶志郎の中がビクビクと蠢く。
「……ワタシも、本当は……キミと、あぁっ……!」
後の言葉が続かない。続かせなかった。
動きを速めてやると、慶志郎はただ喘ぐだけになる。
「いく、あ、ぁ、狂、っちゃう……っ、おかしく、なっ」
「いいぜ、狂えよ、慶志郎……ッ、」
そうして夜が明けるまで、二人は互いを貪り合った。
【3】
「もーう、何で今の時期に大掃除なのよー」
「新しいOS導入したからでしょ」
朝から轟商事の営業部はてんやわんやの大騒ぎだった。
以前から通達はされていたのだが、営業部の各端末のOSを一新した為、それまで書類で進めていた幾つかの案件がパソコンを使って行えるようになったので保管されていた書類等を倉庫に片付ける事になったのだ。
ついでに部署内のラックに収まっていた数年間は保管が必要な書類やファイルなどもこの際に片付けてしまおうという事になり、営業部総出で年末でもないのに一足早い大掃除と相成ったワケだ。
重い段ボール箱を持って行くのは男性社員、書類やファイルを年代ごとに纏めて箱に詰めるのは女性社員と役割を分担している。
「轟くん、コレお願いしていい?」
「押忍」
雫が纏めた箱を金剛は軽々と右肩に担いだ。
左の小脇には別の箱を抱えている。
「轟くんって力持ちねえ。さすがだわー」
「ああ、まあ修行にもなるしな」
感心する雫に事も無げに言って金剛が部署を出て行く。
倉庫は営業部のあるフロアの二階下にあるのでエレベーターを使うよりは階段で行った方が早い。
それゆえ、階段は登る人と降りる人で混雑していた。
ちなみに平は双子にパシらされている。
そんな彼らのやり取りを横目に、慶志郎は破棄する書類やデータのチェックを行っていた。
金剛に抱かれたあの日以来、悪夢は見なくなっていた。
彼の言葉は遂ぞ聞けなかったが、聞かなくても分かった。
そして慶志郎自身が何故あんなにも、金剛に腹を立てたのか漸く分かった。
そう、慶志郎は金剛に腹を立てていたのだ。
自分ではなく、他の女性を抱く彼に。
自分がいるのに、どうして他の女性なんかを。
自分は彼女達に嫉妬していたのだ。
「もう、他のヤツは要らねえ」
抱き合って疲れ切った慶志郎は微睡み、優しい腕の中で金剛の声を聞いた。
「アンタしか要らねえ、だからまた抱いていいか?」
いいよ、と答えたつもりだったが彼に届いたかどうか分からない。
今までのように一方的にではなく、ちゃんと慶志郎の意思を確かめようとする金剛が--。
そこで慶志郎の思考は止まる。
自分の金剛に対する気持ちが分からない。
嫌いかと訊かれればNOと言える。
好きなのか?と訊かれたら、それは分からない。
でも分かった事が一つある。
言葉にしなくても金剛は五感の全てで、全身で慶志郎を愛しているのだと伝えてきた。
好きだ、愛してるなんてセリフは一夜の恋を楽しむ慶志郎が色んな女性に対して散々、口にしてきた言葉だ。キミが好きだよ、愛しいレディ、それらは遊びの駆け引きで本心ではなかった。
だが金剛のそれは違う。
慶志郎はあれ程に一途で、時に狂ったかと思える程に誰かに愛された事も、求められた事もなかった。
言い換えれば慶志郎は本気で誰かを愛した事がなかった。
「金剛」と名を呼んだ時の彼の表情が目に焼き付いて離れない。
ずっと欲しかった物がようやく手に入ったような、幸せそうな顔で金剛は泣いていた。
ただ名前を呼ぶ、それだけの事が金剛にどれ程の意味があるのだろう。慶志郎の中でグルグルと渦巻く感情はまだ形にならない。
まだそれを愛とは呼べない。
「係長ー、コレも持って行きますねー」
考え事に耽る慶志郎に、箱を一つ抱えた雫が返事を待たずに部署を出て行った。
「清澄くん、待ちたまえ!ワタシが持って行くから」
後を追う慶志郎と入れ違いに金剛が戻って来るが、雫を追うのを優先する。
「女性のキミに重い物は持たせられないよ」
「コレくらい大丈夫ですって、私こう見えても力あるんですよ」
「いや、そうじゃなくて」
階段付近で慶志郎は雫に追い付いて箱を取り上げた。
「こういう事は男の役目なんだから」
「ふふ、係長ってホント、あっ!」
並んで階段を降りようとした時、登って来た社員と雫がぶつかった。パンプスを履いていたせいか、雫がバランスを崩し細身の身体が宙を泳ぐ。
「清澄くんッッ!」
咄嗟に箱を投げ捨て慶志郎が伸ばされた手首を掴む。
だが重力に逆らえず彼女の手を掴んだまま、慶志郎も階段を踏み外した。二人分の体重を支える力が今の慶志郎にはなかった。
このままでは彼女を下敷きにして落ちる。
落ちても最悪、彼女だけは怪我をさせてはならない。
雫を抱き込み、慶志郎が落下を覚悟した時。
「センパイを離すな、慶志郎」
突如、後ろから低い声と共に凄まじい力で慶志郎は雫ごと引っ張り上げられ、階段上部に彼女を抱きかかえたまま放り出されて尻餅をつく。
そして顔を上げたその視界の先で、見覚えのある巨躯が階段の向こうに消えて行った。
直後、激しい落下音が響き渡る。一瞬の静寂。
「……ッ、ばっ、番長オオォーーッッ!?」
居合わせた平が叫んで階段を駆け降りて行くのを呆然と見送る。思考が止まり、何が起きたのか理解が出来なかった。
「平っ、動かしちゃダメよっ!」
「きゃああっ、轟くんっ、轟くんっ!」
同じように目撃していた雫が悲鳴を上げ、慶志郎の腕から離れると階段を駆け降りて行く。
「誰かっ、救急車!」
「頭から落ちたっ!」
「息はあるぞ!」
わあわあと人が集まって叫び声が飛び交う中、呆然としたまま慶志郎はヨロヨロと階段を降りて俯せに倒れた青いスーツの金剛に近付いて屈み込む。目を閉じた金剛は微動だにしない。
「……轟?」
恐る恐る、金剛の背に触れても何も返って来ない。
「轟ッッ」
「駄目ッス、係長!動かしたらヤバいッス!」
思わず揺さぶろうとした慶志郎を平が押し留める。
何で、どうして金剛が倒れているんだ。
目の前の光景に混乱する。
「金剛!」
たまらず名前を叫ぶ慶志郎の前で、じわじわと金剛の頭の下から血が流れ始めていた。
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