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第八章 リフレクション・アンド・アフェクション③
どれだけ佳嘉の体重が軽かろうとも、片付けられていない室内の中ゴミや衣類を避けて佳嘉を運ぶのは一苦労だった。
ようやく佳嘉を寝室のベッドの上へ寝かせると多少の疲労感はあったが、白くてふわふわなベッドに身を沈める佳嘉の寝顔を見ると、そんな苦労もすべて吹き飛ぶ。
「よーしか、佳嘉さーん」
眉間に皺を寄せて眠るあどけない佳嘉を見て、その頬を指先で突付く。
「起きないと襲っちゃうよ……?」
眠っているのをいいことに、もう隠すことのできない欲望を吐露する。
佳嘉がどれほど自分を大切にしてくれているか、真生は痛いほどよく分かっていた。
だけれどもうそれでは留めきれない、溢れる気持ちがあることも同時に理解していた。
それはたった一週間連絡が断たれただけでも顕著になった。この思いをもう抑えきることは難しい。
本当は今すぐにでも佳嘉が欲しい。しかし体調が優れない相手に手を出すことは良心が咎める。
今はただ寝顔を見つめるだけで良しとしよう。ふわふわで真っ白な布団に包まれつつも、癖のように眉間に寄せられる皺は何か嫌な夢でも見ているかのようだった。
寝かせるためには電気を消したほうが良かったが、あいにくと紐で引くタイプの電灯ではなく、リモコンもすぐには見当たらなかった。こういったタイプの電灯は壁にも手動で操作できるスイッチがあるものだったが、その壁の前に積み重ねられたゴミの山は真生の意欲を削いだ。
ふと眠る佳嘉へ視線を向ければ、羽毛布団から覗く軽く握られた手が見えた。普段の佳嘉はスーツに併せて指の出るハーフグローブを愛用していたが、スウェット姿には流石に合わないのか珍しく佳嘉の素手が晒されている。
覆われ続けていた手が無防備に晒されているのは、服を脱ぐよりもエロティックなものを感じ、そのようなフェチズムがないはずの真生も思わずゴクリと生唾を飲み込む。
これまでは決して見ることができなかったその手の中、指の影になってよく見えなかったがリフレクターバンドを巻き付けた手の中に痣のようなものが見えた。
今なら咎められることもなく、その掌を確認することができる。握られた指先を少しずつ開かせる真生は息を潜めるが、心臓の音だけはこれ以上ないまでに高鳴っていた。
赤子のように握り込まれた指先を一本ずつ丁寧に開いていく。この指に、この手に頭を撫でられるととても心が休まる。
あともう少しというところでぴくりと佳嘉の指先が動き、起こしてしまったかと考えた真生は様子を伺う。するとするりと佳嘉の手はそれを探ろうとする真生の手に指を絡ませ握り込む。
もしかしたら佳嘉は指を絡ませて握る恋人繋ぎが好きなのかもしれない。あの映画館のときもそうだった。これが無意識であるとするならば尚更愛おしさが増す。
「ねえ佳嘉さん、ほんとに寝てんの……?」
実直な佳嘉に限って騙し討ちなどということは考えられなかったが、訊ねずにはいられなかった。
耳を澄ませてみれば返ってくるのは微かな寝息。夢の中で佳嘉が誰を求めたのかは計り知れないが、それが自分だったらいいのにと真生は心から願う。
ゴミに埋もれた薄汚い部屋の中、ベッドで眠りにつく佳嘉の姿だけが唯一尊いものに見えた。
真生は静かに顔を近づけた。佳嘉の穏やかな寝息が頬に触れる。唇が触れる瞬間、心臓が耳鳴りのように高鳴り、時間が止まった気がした。
「おれ……アンタが好きだよ」
もう何度口にしたのかも分からない。それでも真生は再度その言葉を眠る佳嘉に伝え、薄桃色の唇にそっと口付けた。
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