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2 勝手な男
黄色いバラがトレードマークの『白王子』といえば、ホストクラブ『ブラックバード』ナンバー2・北斗のことだ。女の子たちに言わせれば、『優しい』、『癒し』、『穏やか』と良いイメージが多い男だが、付き合いの長い俺に言わせれば、とんだ性悪猫かぶり男である。
最近、人気を増している北斗は、ついに幹部メンバーの仲間入りを果たし、現在は『副主任』の座に就いた。ナンバー1は『支配人』のユウヤだが、店に出ることは少なく、太客が支えている。ついている客の多さでは、現在もっとも多いのが北斗だろう。
なお、俺は一応ナンバー3。時々ナンバー4である。今年で二十九歳。三十歳目前のホストだと思えば、頑張っている方だと思う。
(ったく、あの猫かぶりクズホストめ……)
腰を擦りながら、接客している北斗を睨む。北斗は猫かぶりの営業スマイルで、女の子に黄色いバラの花を差し出している。
(まだナカ、入ってるし……、最悪……)
結局、営業開始までに掻き出しきれず、腸内に精液が残ったままだ。奥に出されると、こうなるから嫌なんだ。そのくせ不意打ちのように中から出てくるし。
「アキラさん、腰痛いんすか?」
「バカ、北斗だよ」
「あー……」
若手の視線に、いたたまれない気持ちになる。北斗が場所も時間も考えずにヤるせいで、『ブラックバード』では俺と北斗の関係を知らないやつがいない。
関係――まあ、関係といっても、一方的に犯されているだけだが……。
俺と北斗は恋人でもなければ、セフレでもない。北斗は多分、俺を穴くらいにしか思っていないし、俺は北斗を後輩の性悪男としか思っていない。その部分に関係性など存在しないのだ。
北斗に犯されようが、減る訳じゃないし、そこはどうでも良い。ただ、先輩としての俺の立場的には良くない気がする。
幸い、『ブラックバード』では北斗以外に俺を舐めるやつはいない。(北斗一人でも問題だが!)
『ブラックバード』ではマネージャーという立場なので、下に舐められる訳にはいかないのだ。
(……? なんか|北斗《アイツ》、機嫌悪い……?)
視線の先にいる北斗は、いつも通り笑みを浮かべている。だが、微妙にその表情が固い。
「副主任になってから、北斗さん調子良いよな~」
「実質ナンバー1って言っても、おかしくないくらいだよな」
「売り上げエグいよ」
外野の声を聞きながら、グラスを磨く。
(調子良くは、見えないけどな……ハァ)
こういう時の北斗は、ろくなことをしでかさない。気が重いな、と想いながら、俺は丁寧にグラスを拭き上げた。
◆ ◆ ◆
フロアをモップ掛けして、在庫を確認する。店の終わりにはやることが山ほどある。その上、アフターで居なくなるホストは戦力にならない。
(どいつもこいつも、役に立たないからな……)
ハァとため息を吐いて、売り上げを金庫に保管する。幹部に昇格したと言っても、北斗はあまり役に立たない。本来なら客の付け回しや発注、会計処理などを任せたいのだが、いかんせん、やる気もないし、やらせても上手く出来ない。うちのホストどもは高校もろくに出ていないヤツが多いが、北斗もその典型的なヤツだ。根気よく教えているものの、イマイチ集中できないらしく理解が追い付かない。そうなると任せるよりも俺がやってしまった方が早くて、結局雑用の殆どを俺が担っている状況だ。
「北斗のヤツ、幹部になったら頑張るって言ってたくせに……」
ブツブツと文句を言いながら、店の締め作業を行う。今日だって、アフターを断っていたくせに、気づいたら雑用をせずに帰っていた。アフターがないなら店仕舞いくらいしろと言いたい。
(あー……、シャワー室……。明日で良いか)
シャワー室の清掃を忘れていた。女性相手の商売なので、汗の臭いを流すためにシャワー室がある。夏など、掃除をしたら汗だくになるし、若手はシャワーも浴びずに出勤するから、オーナーのヨシトさんが設置したのだ。
設置したは良いが、若い男ばかりだと、綺麗に使わないし、清掃をさぼるとすぐに汚くなる。掃除をさせると中途半端なので、俺ばかり掃除していた。
「もう良いや、終わり終わり。さっさと帰ろ」
照明に空調、防犯装置を確認して、施錠をして外に出る。真夜中もだいぶ過ぎたこの時間は、まばゆく輝くネオン街もすっかり明かりが消えて、静寂が広がっている。
「ハァ、疲れた……」
夜道を歩きながら、肩を回す。住んでいるマンションは、店のすぐ近くだ。歩いて五分。『ブラックバード』の名前で何部屋か借りており、寮扱いになっている。自分でマンションを借りるホストも多いが、若手で金がないホストは、ここを使うことが多い。俺は若手の管理をする立場から、このマンションに住んでいるのだ。
鍵を回して扉を開く。テレビの音と、明るい室内。予想通りの光景に、げんなりしてため息を吐く。
「見てねえならテレビ消せって」
「見てるし」
そう答えたのは、ソファで王様みたいに寛ぎながら、スマートフォンを操作している北斗だ。
北斗は勝手に俺の鞄から鍵を抜いて複製し、勝手に部屋に上がり込んでいる。鍵を変えるかと思ったこともあったが、面倒でやめている。
テレビではお笑い芸人がなにやらコントをしていたが、北斗の目線はそそがれていない。スマートフォンを覗き込むと、暇潰しのパズルゲームをやっていた。
ハァとため息を吐いて、冷蔵庫から炭酸水を取り出す。酒は仕事で死ぬほど飲むから、自宅で飲むことはなくなった。
「うわ、デンジャラス斎藤じゃん。なつかし」
懐かしいネタを披露するお笑い芸人を見ながら、空いているソファの隙間に座る。家主は俺だが、北斗は退いたりしない。
「はっは、これ可笑しいぞ、北斗――」
キレ芸に笑う俺の肩をグイと引き寄せ、北斗が顔を近づける。
「んむ」
唇に吸い付かれ、腕で身体を押し返そうとしたが、北斗は馬鹿力だ。結局、ぎゅうと抱き締められたまま、角度を変えてキスが深くなる。
「ちょ、んっ、北斗っ……」
舌が上口蓋を舐め、唇を噛まれる。口のナカ全部、確かめるように、しつこく舌でねぶられた。
「んむ、ん……っ」
舌を擦られ、ゾクと背筋が粟立つ。意思とは裏腹に、身体に火がつく。興奮しているのは北斗も同じようで、服ごしに伝わる身体は熱い。
「っ、ん!」
ドサ、とソファに身体を押し付けられる。獰猛な獣みたいな顔をして、北斗が覆い被さってきた。
「っ、ストップ」
「なんで」
やめろと言っているのに、北斗が首筋に吸い付く。ビクリと肩を揺らし、俺は北斗の頭を叩いた。
「いて」
ハァ、と甘い息を吐き出し、上体を起こす。まあ、正直、こうなる予感はしていた。
(機嫌悪そうだったもんな……)
だからといって、メンタルケアをするわけではないが。
(まあ、良いか……)
「ヤるならベッドで。背中いてーんだよ」
「ふん? おっさんになった?」
「ざけんな。まだ二十九だっ」
「おっさんじゃん」
もう一度、北斗の頭をひっぱたいておく。口では「痛っ」と言いながら、平然とした顔をしている。叩いてもあまり効果がない。石頭め。
(クソガキが……)
「で、ヤらねーなら、自分の部屋帰れよ。もう寝るんだから」
「やらないなんて言ってない」
ムッとした顔でそういうと、北斗がヒョイと俺を抱えあげた。
「うわぁっ!?」
背の高い北斗に抱えられると、正直怖い。浮遊感に思わずしがみつく。
「落とすなよ!?」
「ビビり笑える」
もう一発殴ってやりたかったが、落とされそうなので出来なかった。
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