2 / 3

2 勝手な男

 黄色いバラがトレードマークの『白王子』といえば、ホストクラブ『ブラックバード』ナンバー2・北斗のことだ。女の子たちに言わせれば、『優しい』、『癒し』、『穏やか』と良いイメージが多い男だが、付き合いの長い俺に言わせれば、とんだ性悪猫かぶり男である。  最近、人気を増している北斗は、ついに幹部メンバーの仲間入りを果たし、現在は『副主任』の座に就いた。ナンバー1は『支配人』のユウヤだが、店に出ることは少なく、太客が支えている。ついている客の多さでは、現在もっとも多いのが北斗だろう。  なお、俺は一応ナンバー3。時々ナンバー4である。今年で二十九歳。三十歳目前のホストだと思えば、頑張っている方だと思う。 (ったく、あの猫かぶりクズホストめ……)  腰を擦りながら、接客している北斗を睨む。北斗は猫かぶりの営業スマイルで、女の子に黄色いバラの花を差し出している。 (まだナカ、入ってるし……、最悪……)  結局、営業開始までに掻き出しきれず、腸内に精液が残ったままだ。奥に出されると、こうなるから嫌なんだ。そのくせ不意打ちのように中から出てくるし。 「アキラさん、腰痛いんすか?」 「バカ、北斗だよ」 「あー……」  若手の視線に、いたたまれない気持ちになる。北斗が場所も時間も考えずにヤるせいで、『ブラックバード』では俺と北斗の関係を知らないやつがいない。  関係――まあ、関係といっても、一方的に犯されているだけだが……。  俺と北斗は恋人でもなければ、セフレでもない。北斗は多分、俺を穴くらいにしか思っていないし、俺は北斗を後輩の性悪男としか思っていない。その部分に関係性など存在しないのだ。  北斗に犯されようが、減る訳じゃないし、そこはどうでも良い。ただ、先輩としての俺の立場的には良くない気がする。  幸い、『ブラックバード』では北斗以外に俺を舐めるやつはいない。(北斗一人でも問題だが!) 『ブラックバード』ではマネージャーという立場なので、下に舐められる訳にはいかないのだ。 (……? なんか|北斗《アイツ》、機嫌悪い……?)  視線の先にいる北斗は、いつも通り笑みを浮かべている。だが、微妙にその表情が固い。 「副主任になってから、北斗さん調子良いよな~」 「実質ナンバー1って言っても、おかしくないくらいだよな」 「売り上げエグいよ」  外野の声を聞きながら、グラスを磨く。 (調子良くは、見えないけどな……ハァ)  こういう時の北斗は、ろくなことをしでかさない。気が重いな、と想いながら、俺は丁寧にグラスを拭き上げた。    ◆   ◆   ◆  フロアをモップ掛けして、在庫を確認する。店の終わりにはやることが山ほどある。その上、アフターで居なくなるホストは戦力にならない。 (どいつもこいつも、役に立たないからな……)  ハァとため息を吐いて、売り上げを金庫に保管する。幹部に昇格したと言っても、北斗はあまり役に立たない。本来なら客の付け回しや発注、会計処理などを任せたいのだが、いかんせん、やる気もないし、やらせても上手く出来ない。うちのホストどもは高校もろくに出ていないヤツが多いが、北斗もその典型的なヤツだ。根気よく教えているものの、イマイチ集中できないらしく理解が追い付かない。そうなると任せるよりも俺がやってしまった方が早くて、結局雑用の殆どを俺が担っている状況だ。 「北斗のヤツ、幹部になったら頑張るって言ってたくせに……」  ブツブツと文句を言いながら、店の締め作業を行う。今日だって、アフターを断っていたくせに、気づいたら雑用をせずに帰っていた。アフターがないなら店仕舞いくらいしろと言いたい。 (あー……、シャワー室……。明日で良いか)  シャワー室の清掃を忘れていた。女性相手の商売なので、汗の臭いを流すためにシャワー室がある。夏など、掃除をしたら汗だくになるし、若手はシャワーも浴びずに出勤するから、オーナーのヨシトさんが設置したのだ。  設置したは良いが、若い男ばかりだと、綺麗に使わないし、清掃をさぼるとすぐに汚くなる。掃除をさせると中途半端なので、俺ばかり掃除していた。 「もう良いや、終わり終わり。さっさと帰ろ」  照明に空調、防犯装置を確認して、施錠をして外に出る。真夜中もだいぶ過ぎたこの時間は、まばゆく輝くネオン街もすっかり明かりが消えて、静寂が広がっている。 「ハァ、疲れた……」  夜道を歩きながら、肩を回す。住んでいるマンションは、店のすぐ近くだ。歩いて五分。『ブラックバード』の名前で何部屋か借りており、寮扱いになっている。自分でマンションを借りるホストも多いが、若手で金がないホストは、ここを使うことが多い。俺は若手の管理をする立場から、このマンションに住んでいるのだ。  鍵を回して扉を開く。テレビの音と、明るい室内。予想通りの光景に、げんなりしてため息を吐く。 「見てねえならテレビ消せって」 「見てるし」  そう答えたのは、ソファで王様みたいに寛ぎながら、スマートフォンを操作している北斗だ。  北斗は勝手に俺の鞄から鍵を抜いて複製し、勝手に部屋に上がり込んでいる。鍵を変えるかと思ったこともあったが、面倒でやめている。  テレビではお笑い芸人がなにやらコントをしていたが、北斗の目線はそそがれていない。スマートフォンを覗き込むと、暇潰しのパズルゲームをやっていた。  ハァとため息を吐いて、冷蔵庫から炭酸水を取り出す。酒は仕事で死ぬほど飲むから、自宅で飲むことはなくなった。 「うわ、デンジャラス斎藤じゃん。なつかし」  懐かしいネタを披露するお笑い芸人を見ながら、空いているソファの隙間に座る。家主は俺だが、北斗は退いたりしない。 「はっは、これ可笑しいぞ、北斗――」  キレ芸に笑う俺の肩をグイと引き寄せ、北斗が顔を近づける。 「んむ」  唇に吸い付かれ、腕で身体を押し返そうとしたが、北斗は馬鹿力だ。結局、ぎゅうと抱き締められたまま、角度を変えてキスが深くなる。 「ちょ、んっ、北斗っ……」  舌が上口蓋を舐め、唇を噛まれる。口のナカ全部、確かめるように、しつこく舌でねぶられた。 「んむ、ん……っ」  舌を擦られ、ゾクと背筋が粟立つ。意思とは裏腹に、身体に火がつく。興奮しているのは北斗も同じようで、服ごしに伝わる身体は熱い。 「っ、ん!」  ドサ、とソファに身体を押し付けられる。獰猛な獣みたいな顔をして、北斗が覆い被さってきた。 「っ、ストップ」 「なんで」  やめろと言っているのに、北斗が首筋に吸い付く。ビクリと肩を揺らし、俺は北斗の頭を叩いた。 「いて」  ハァ、と甘い息を吐き出し、上体を起こす。まあ、正直、こうなる予感はしていた。 (機嫌悪そうだったもんな……)  だからといって、メンタルケアをするわけではないが。 (まあ、良いか……) 「ヤるならベッドで。背中いてーんだよ」 「ふん? おっさんになった?」 「ざけんな。まだ二十九だっ」 「おっさんじゃん」  もう一度、北斗の頭をひっぱたいておく。口では「痛っ」と言いながら、平然とした顔をしている。叩いてもあまり効果がない。石頭め。 (クソガキが……) 「で、ヤらねーなら、自分の部屋帰れよ。もう寝るんだから」 「やらないなんて言ってない」  ムッとした顔でそういうと、北斗がヒョイと俺を抱えあげた。 「うわぁっ!?」  背の高い北斗に抱えられると、正直怖い。浮遊感に思わずしがみつく。 「落とすなよ!?」 「ビビり笑える」  もう一発殴ってやりたかったが、落とされそうなので出来なかった。

ともだちにシェアしよう!