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15 懐かしい声
「結局、アキラさんって北斗さんと付き合ってるんですか?」
その言葉に、俺はぶふっと吹き出した。開店まであと三十分というところで、若手の一人である涼真がそう問いかけて来た。
「は? 何だよ、急に」
俺と北斗の関係については、今更なので割愛する。問題は何故、今更そんなことを聴かれているのかということだ。
「いや、この前の店休日に、デートしてたの見たんで……」
「ああ……。デートじゃねえし、付き合ってないから。まあ……ちょっと同伴臭いなとは思ったけど……」
「|同伴《デート》じゃないっすか」
「違うっつーの」
何なんだ、全く。今更、俺と北斗を揶揄うヤツなど存在しないだろうに。ユウヤですら、もう何も言わないし。
(まあ、確かに……飯食ってホテル行ってじゃ――デートと言われてもおかしくないけど)
というか、どこを目撃されたんだろうか。まさか、ホテルに入るところじゃないだろうな。ちょっと気が重くなる。
「とにかく、違うからなっ」
「うっす。北斗さんにも確認しておくっす」
「確認すんな」
なんでうちの若手って、こんなやつばっかなんだろう。まあ、北斗ほど酷くないけど。
ハァとため息を吐いて、灰皿を準備していた時だった。胸ポケットに入れていたスマートフォンが、着信音を鳴らした。
「はい、もしもし?」
画面も見ずに電話に出る。電話越しに、聞き覚えのある声がした。
『アキラ? オレ』
懐かしい声に、思わず口元が緩む。
「オレってなんだよ。オレオレ詐欺か?」
電話の相手は、『ブラックバード』の元ホストで、店を始める前からの付き合いである、|露木夏音《つゆきかのん》ことカノだ。店に居た頃は北斗とトップ争いをしていた男で、北斗が『白王子』、カノが『黒王子』と呼ばれていた。
現在はホスト業を辞めて、昼の世界で働いている。
「で、どうしたの? カノ」
『実は初任給が出たんだよね。それで、アキラ宛てに何か送るからさ、『ブラックバード』のみんなで食べてよ』
「お。マジか。可愛いことするじゃん」
悪ガキがホストになって、昼の世界で働くようになったら、その最初の給料で兄弟みたいな俺たちに何かを買おうというんだから、成長したと思う。それに、俺たちのことを忘れないでいてくれて、嬉しくもある。
『で、最近はどうなの。アキラの方は』
「まあ、相変わらず。そろそろ十周年だしさ、お前も清くん連れて遊びに来な」
『ああ。絶対に行くよ』
『ブラックバード』は今年十周年を迎える。この十年目を一緒に迎えると思っていたから、ちょっとだけ寂しい気もする。まあ、きっとお祝いに来てくれるだろうし、それだけでも十分だけど。
『北斗は、どうなの?』
「ん? あいつも相変わらずだよ」
『いや、いい加減、付き合い始めたの?』
カノの発言に、一瞬思考が固まった。
「は? 何だよ、どいつもこいつも……。何で俺が、北斗と付き合うんだよ」
『え。マジで何やってんの? アイツ馬鹿なの?』
「北斗はいつだって馬鹿だろ」
『いや、そうじゃなくて……。はぁ……』
電話の向こうで、カノは頭を抱えているようだった。それにしても、今日はやけに付き合ってるだのなんだの聞かれる日だ。何で今更、そんな話になるんだろうか。
『アキラの場合、マジで解んないんだよな……。流されたら男とも付き合ってたじゃん』
「いや、あれは。付き合ってたっていうか、養ってただけだから」
『男のヒモがいたってのは、かなり微妙なラインだと思うんだけどな?』
(それはそう)
カノが恋人だと思っている男は、俳優志望の若い青年だ。別に付き合ってたつもりはないし、なんなら肉体関係もなかった。流されてキスはしたことがあるけど、それだけ。金がないというその男に、一時期宿を貸していただけだ。あと金も渡していた。うん。やっぱヒモかも。でもまあ、俺はゲイじゃないし、そういうつもりはなかった。
(のに、北斗とはセックスしてるんだよな)
ゲイじゃないから、そういうことは出来ないと思っていたし、興味もなかった。あの時、彼が北斗のように強引だったら、彼とも寝ていたんだろうか。ちょっと考えると怖い。
『まあ、大半は北斗が悪いしね。アキラの鈍感も病気かと疑うとこだけど』
「どういう意味だ」
病気レベルの鈍感ってなに。確かに俺は、勘が良い方ではないけども。
『とにかく、宅急便送るから、よろしくね』
「おう。ありがとうな」
そう言ってカノに礼を言って、俺は電話を切ったのだった。
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