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16 佐月
「ふーん。カノにしては、気が利いてるじゃん」
と、送られて来た菓子を口に放り込みながら北斗が興味なさそうに言う。
「馬鹿。ホストより全然給料低いのに、こうやって気にかけてくれるなんて良いじゃないか。俺なんか勿体なくて……」
「馬鹿じゃん? 食わないなら食うよ」
「ダメだっつってんだろ!!」
カノが選んだ、カノの初給料のお菓子なのに。食べるのが勿体ないところだったけど、北斗に食われるわけには行かない。
「今度、こっち来たら飯食いながら近況でも聞きたいな」
「周年イベント来るんだろ?」
「そう言ってた」
事務所のテーブルに菓子を置いて、来た人が食べられるようにしておく。ユウヤとヨシトはいつ来るのか分からないので、別にしておく。取り合えず北斗に食われないようにしておけば大丈夫だろう。
「まあ、何にせよ、昼の仕事うまく行ってんなら、良かったんじゃないの」
「だな。まあ、カノは賢いし、他人と上手くやれるから心配してないんだけどさ」
「……それ、誰と比べてんの?」
「別に~」
「……」
モップを片手に、ホールの方へと向かう。開店準備を整え、客を迎える準備をしなければならない。
(最近、新人入れてないけど、そろそろ新人入れても良いころだよなー……)
新人ホストが入れば、お客さんにも「新人が入りました」と紹介出来るし、新しい風を取り入れることになる。良い循環を生み出すには、そういう変化も必要だ。
「僕、ゴミ出ししてくる」
「ああ、頼む」
北斗が頼りになるようになってきて、仕事も楽になった。幹部としての自覚が芽生えたようで、嬉しい限りだ。
鼻歌交じりにモップを掛けていたところに、北斗が戻ってくる。難しい顔をする北斗に、顔を上げた。
「どうした?」
「――アキラに、多分……客」
歯切れの悪い言い回しをする北斗に、眉を寄せる。
(俺に客? 営業時間でもないのに……?)
怪訝な顔をして、バックヤードの方へ周り、裏口のドアを開けた。北斗が後からついてくる。
扉を開く。しゃらり、そんな音がしそうなほど、サラサラした髪が、振り返ると同時に揺れた。小麦色に近い茶色の髪。背はかなり高い。長身に似合うコートを羽織って、品の良いスラックスを合わせていた。
雑誌から抜け出してきたようなスタイルに、甘いマスク。
俺は驚いて、一瞬息を詰まらせた。
「要治! いや、アキラって言うべき? 久し振り!」
笑うと目がなくなる男だと、その顔をみて思い出した。心臓がぎゅっと鷲掴みにされるような、緊張感が走る。
久し振りの再会なのに。
「――あ、|佐月《さつき》……」
「まだ『ブラックバード』に居たんだね。逢えて嬉しいよ」
「――っ、そう、か。俺も……、嬉しいかな……。実はこの前、お前の話、してたんだ」
「え? 本当に? 嬉しいな」
ザワザワと、胸がざわめく。
戸惑いと、混乱。
何故、この男は、俺の前で平気で笑っているのだろうか。
思い出の中で、美化されていたはずの彼は、現実には戸惑いをもたらした。
「アキラ」
北斗の声に、意識を引き戻される。ハッとして北斗を見れば、眉間にシワを深く刻んで、俺を見ていた。
北斗と視線が合って、幾分か気持ちが落ち着いてくる。けど、ザワザワした感情と、鼓動の落ち着かなさは、変わらない。
北斗が佐月を睨んだ。
「あんた、なに」
「北斗……」
今にも噛みつきそうな雰囲気の北斗に、揉めては駄目だという一心で、声をかける。佐月は軽薄そうな顔で笑うだけだ。
「オレ? オレは|狭霧《さぎり》佐月っていうもんで、俳優。ついでに、アキラの元カレだよ♥」
「――は」
北斗の声に、怒気が孕んだ。今にも殴りかかりそうな北斗を止め、佐月を振り返る。
「おまっ、何が元カレだっ! ただの居候だろうがっ」
「何でそんなこと言うかなぁ。オレはそういう意味で好きだって、言ってたじゃない」
「っ……! は、話をややこしくすんなっ! と、とにかくここじゃ何だから――」
なんの用事で来たのか知らないが、北斗の前ではややこしくなりそうだ。
「アキラ」
がしっと、北斗が俺の手首を掴む。必死そうな顔に、心臓がズキリと痛んだ。
「っと、北斗、俺ちょっとコイツと話して来るから。店、開けて」
「僕も行く」
「お前まで来たら、誰が店開けるんだよ。……任せたから」
「っ……。何かあったら、すぐに呼んで」
「解った」
北斗は行かせたくないようだったが、仕方がない。俺だって行きたくないけど――。
チラリ、佐月を見る。飄々として、何を考えているのか解らない。
(昔から、そうだったっけな……)
ハァとため息を吐いて、俺は近くのファミレスに佐月を連れ出した。
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