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17 戸惑いと疲労

「萬葉町も変わったねえ。健全な店が増えた」  ファミレスの窓から外を眺めて、佐月がそう言う。ここ数年、再開発がかかって大きな商用ビルが建ち、萬葉町は変かし始めている。地元の人たちは風俗産業を撲滅したいらしく、定期的に立ち退き運動を起こしていた。 「まあ……。お前、何してたの?」  苦い感情を思い出しながら、そう問いかける。 「俳優やってたよ。舞台とかが多いけど。ちょこっとCMとかも出てたんだよ」 「へ、へえ! なんだ、ちゃんとやってたんだ。……お前、急に居なくなるから」 「うん。ごめんね」  テーブルに載せた手に、佐月がさりげなく手を重ねて来る。それがなんだか嫌で、手を離した。  佐月は一瞬、不快さを顔に滲ませたが、笑顔を纏う。その顔は、昔よく見ていた顔ではなく、よそ行きの顔だった。 「……」  沈黙が続いた。  佐月と知り合ったのは、北斗が入店するよりも前だから、もう五年以上昔の話だ。 (今さら――なのに)  佐月が消えた時、俺はそれほどショックを受けたつもりはなかった。なのに、今はなんだか、変な気分だ。  言い表せない気持ち悪さに、自分の感情が解らなくなる。 『アキラ。アキラが好きだよ』  そんな風に囁いてきたこともあった。流されやすいせいで、それでなんとなく、一緒に居た。けど、キスまでしかしなかった。 「仕事、順調なんだ?」 「んー。まあまあかな。やっぱり、厳しい世界だしね。萬葉町には、久し振りに来たんだ。ブラブラしてたら『ブラックバード』の看板見つけて……懐かしくて見てたら、さっきのホストの子が出てきたからさ。『アキラっている?』って、つい聞いちゃったんだよね」 「そう、なんだ」  佐月の言葉に、ホッとして息を吐いた。偶然、なのだ。萬葉町に来たのも、俺の前に現れたのも。  その事に、ホッとする。 「アキラってオレの三個下だったよね。まだホストやってると思わなかったよ」 「あ――まあ、な」  ドリンクバーのコーヒーを啜りながら、曖昧に返事をする。たいして、中身のない話だった。近況を確認するだけの、それだけの会話。  なのに、何故か酷く疲れて、俺は佐月となにを喋ったのか、良く解らなくなっていた。    ◆   ◆   ◆  店に戻ると、珍しく北斗が席に座っていなかった。席を見渡せば満卓で、空いている席はない。うまくつけ回してくれたらしい。 「ただいま。任せて悪い」  カウンター内にいる北斗にそういって、ため息を吐く。 「あの人は?」 「佐月なら帰ったよ。別に、近くに来たから顔見せただけだったわ」 「……」  グラスを磨く手を止め、北斗が俺を見る。何故か、北斗の顔を見たら、気が抜けてしまった。佐月と会って、緊張していたみたいだ。 「お前、席着かなくて大丈夫なの?」 「今日はホールから見てるって言ってある。……アキラ」 「ん?」  北斗の顔が近づき、離れていく。キスされたことに気づいて、慌ててホールを見渡した。どうやら、気づいた人はいないようだ。 「ばかっ、お前……」 「疲れてる顔してる。事務所で休んでなよ。大丈夫だから」 「―――う、ん」  北斗の申し出に、驚く。ホールは問題ない。北斗に任せておけば、安心だ。そう思えるくらい、北斗はちゃんとやれている。 「……甘えさせてもらう」 「ん」  北斗が薄く笑う。ドキリ、心臓が跳ねた。 「じゃあ、頼むな。何かあったら、呼んで」 「解った」  何故だろう。あんなに、落ち着かなかったのに。今は平気だ。ここに居れば大丈夫だと、そんな気がする。  俺は事務所のソファに横になると、そっと瞳を閉じた。  

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