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19 北斗の気持ち
「は?」
話を終えて、北斗が開口一番に言った言葉がそれだった。低く怒りが籠った声に、俺は逆に笑ってしまう。
「馬鹿みたいだろ、俺」
「アキラは悪くねーだろ。佐月とかいうクズ野郎が悪い」
「あー、うん」
佐月が消えた時、俺は割りとショックだった。恋人になろうとは思っていなかったし、結局そういう目で見たことはなかったけれど、友達だとは思っていた。それが、お金だったんだな、と解ってしまって、ショックだった。
(あの時は、ヨシトもユウヤもカノも、メチャメチャ心配してくれたっけな……)
「それで、次に見かけたら|殺《や》れば良いのか?」
「やるな、やるな。良いんだよ、もう」
あの時の預金は、二千万円くらいあったと思う。それが、あっさり引き出された。銀行には文句を言いたかったが、気力もなかった。
だから、佐月が目の前に現れて、驚いた。もう二度と、逢うことはないと思っていたから。
「そんなことしておいて、何でアキラに会いに来たんだよ」
「別に、会いに来た訳じゃないよ。偶然らしいし」
「それこそ、おかしいだろ。普通なら会おうと思うわけない」
(まあ、確かにな――…)
普通なら、会いたくないのではないだろうか。通報される可能性だってあるわけだし。
そう考えていると、北斗がギシとソファを軋ませ、近づいてきた。
「アキラと、よりを戻そうとしてるなじゃないの」
「は? 馬鹿言え。付き合ってた訳じゃないって」
「それは、アキラがそう思ってただけだろ。キスだってしたんだし、告白だってされてた」
「それは――…」
それは、そうなのだが。
「だからと言って、よりを戻すなんて……」
あり得ない。そう言い掛けたが、言葉にならなかった。北斗が、俺をぎゅっと抱き締める。
「っ、北斗? どうし……」
「……アキラ」
北斗の声が、耳にかかる。低く、静かな声音に、ドキリとした。いつもとは違う雰囲気の北斗に、少しだけ戸惑う。
「アキラ、僕、最近頑張ってるよね」
「ん? ああ、どうした? 頼りになってるぞ」
「ご褒美、頂戴よ」
ご褒美。の言葉に、呆れてため息を吐いた。
「お前、こんな時に……」
仕方ない。こんな時でも、約束は約束だ。北斗の背を叩き、「何が欲しいんだ?」と問いかける。
「アキラ」
「ん?」
「アキラが欲しい」
「――は? 何言って」
北斗が俺の手を取り、指先に口づけた。
「僕のものになって」
「――っ……、おい」
ふざけるなよ。そう言い掛けて、辞めた。北斗が、思いの外、真剣な顔をしていた。
「ほ、北斗……?」
戸惑う俺に、北斗が額を寄せる。互いの額がくっつく。熱もないのに、やけに熱い。
「僕のものになって。他の誰にも、渡さない。アキラは、僕のだ」
「っ……」
熱っぽい声でそう言いながら、北斗が唇を重ねてきた。ゾクリ、背筋が粟立つ。何度もキスをしてきたのに、初めて触れたみたいに、鼓動が跳ねる。
頭のなかが、ぐちゃぐちゃだった。
だって、北斗はそんなこと、一度だって。
「北……っ」
舌が口のなかをかき混ぜる。ビクビクと身体を震わせ、北斗のシャツを握り締める。
心臓が、馬鹿みたいに速い。胸が苦しい。ドキドキして、緊張して、唇が震える。
「あ、っん……、や、北斗っ……」
北斗が、嫉妬している。その事実に、ゾクゾクと背筋が震える。この、ほの暗い優越感は、なんなのだろうか。
「アキラ……」
北斗の唇が、ゆっくりと離れた。俺はハァハァと息を切らせながら、北斗を見上げる。
「お前……、俺のこと、好きだったの……?」
北斗がむぅと唇を曲げて、気恥ずかしそうにする。その表情だけで、察せた気がした。
「なっ……、なんで」
「うるさい」
ぎゅっと抱き締められる。服越しの身体が、熱い。北斗の心臓が、ドキドキしている。
「それで。アキラは、僕のものになるの?」
髪を撫でながら、北斗が囁く。心臓が、ピクンと跳ねた。
「っ、それ、は……」
戸惑いと、嬉しさが同時に込み上げる。
今まで、俺は北斗に、欲望をぶつけられているだけだと思っていたから。だから、あの時も、あの時も。北斗が俺を好きだなんて、思ってもいなくて。
それが、嫌じゃなくて。
「お、お前ことは嫌いじゃないけど……」
「うん。良かった。じゃあ、そう言うことで」
「ちょいちょいちょい」
「なに。いつも流されるくせに、どうしたの」
「な、流されてそんなこと決められないだろっ!」
「チッ」
「舌打ちすんな!」
勝手な北斗に呆れてしまう。どうしたものかとため息を吐いた時だった。
(っ、あ……)
北斗が、震えている。その事に気づいて、思わず顔を上げて北斗を見た。
「なに」
「――お前……」
言い掛けて、やめる。
身勝手で、性悪で、怖いものなどないのだと思っていた。でも、違うのかも知れない。
(……不器用なヤツ)
北斗の肩を抱いて、胸に額を擦り付ける。北斗の肩が僅かに揺れた。
「アキラ……っ」
「少し、時間頂戴。頭の整理したいからさ」
「……良い、けど」
「流されないで、ちゃんとしたいんだよ。お前のことは」
「――っ、アキラ……僕」
北斗が身体を離し、顔を覗き込む。泣きそうな、捨て犬みたいな顔で、俺を見る。
その顔は、卑怯だって。
思わず笑って、北斗の頭を撫でた。
「アキラ、好きだ……」
初めて、そう、告げられる。
鼓動が、大きく跳ね上がった。
「っ……」
ドクドクと、心臓が早鐘を打つ。鼓動の速さに、息が詰まった。
(なん、だ、これ……)
じわじわと身体の芯から熱が浮き出る。
北斗の顔が、近づいた。
過呼吸になるんじゃないかと思うほど、息のしかたが解らなくなる。
唇が、ほんの少し触れあった。その瞬間、電撃を受けたような衝撃が、身体に迸った。
「っ、ん♥」
ビクッ! 過剰なほどに身体を揺らす。柔らかく、とろけるような感触の唇に、驚いて思わず胸を押した。
「っ、え?」
押し返されて困惑の表情を、北斗が浮かべる。だが、こっちはそれどころじゃない。多分、顔は茹でダコみたいに真っ赤で。俺はハァハァと息を切らせながら、唇を甲で押さえた。
(なんだ、これ)
「……アキラ?」
「っ♥」
ビクッと身体を跳ねらせた俺に、北斗が指先で肩を撫でた。
「ふっ、んっ♥」
「……なんか、メチャクチャ、敏感になってる……?」
ハァ、と息を吐いて、北斗が呟く。その言葉に、赤かった顔が余計に赤くなったのが解った。
「……アキラ、好き」
「っ♥ んっ♥」
ビクビクッ♥ 背筋が、ゾクゾクする。北斗の声が、ダイレクトに腰に来る。
(なんで。好きだって、言われたから?)
変に意識している自分に、恥ずかしくなって顔を背ける。それを、北斗が背後から抱き締めてきた。
「っん♥ やめっ……♥ 北斗っ、離し――」
「でも、良いの? それ」
北斗が服越しに反応を見せる俺の下腹部に視線をやる。ハァと興奮した北斗の息が、耳にかかって気持ち良い。
「だ、だ、ダメだって! 今日は、ダメ!」
「……キスは?」
「っあ♥ キス、も、ダメ……」
わざと耳に息を掛けながら、北斗が囁く。こんな状態で抱かれたら、絶対に俺、流される自信がある。
とにかく、今日はダメだ。
北斗を押し返し、なんとか平静を保つ。
「解った。今日はキスもセックスもしない」
「う、うん……」
ホッと息を吐き、拗ねた顔の北斗を見る。取り敢えず、落ち着いてきた。
「でもこんな気持ちで部屋帰りたくないから、一緒に寝る」
「――おい」
「それくらい、良いだろ」
「ん……、まあ……」
それくらいなら、良いか……。
(マジで、前途多難……)
俺、こんなことで、ちゃんと将来のことまで考えて、北斗の気持ちに答えられるんだろうか……。
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