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20 外堀を埋められている。

(いや、眠れないし)  ベッドに横になっても、ちっとも眠気など来なかった。目の前では、北斗がスヤスヤと天使の寝息を立てている。余計に、落ち着かない。 (北斗が……俺を、好き)  好き。そう思っただけで、胸がざわざわして落ち着かなくなる。今まで、そんなこと考えたこともなかった。  気まぐれにキスされ、ただ快楽のために抱かれているのだと思っていたのに。 (え、いつから? なんで、俺?)  考えるほど、解らなくなる。  身体を重ねるうちに、好きになったのだろうか。俺のどこが、気に入ったと言うのだろうか。  考えるほど、悶々としてしまう。  自分はアラサーで、見た目も普通で、落ち目のホストで、好きになる要素など思い付かない。 (北斗なら、選び放題だろうに……)  ゲイとはいえ、顔は良いし、身体も良い。性格はちょっとクセがあるが、それを差し引いてもルックスでお釣りが来る。  それに、ホストとしても稼いでいる。優良物件だ。  だから、なんとなく思ってしまう。 『北斗は外の世界を知らないまま、ここにいるから、俺以外の出会いを知らないだけで、外に目を向けたら、きっと俺なんか目に入らなくなる』  十八で、ホストになった少年が、そのまま大人になった。世界の広さを知らないままに、俺なんかに構っていては、駄目じゃないだろうか。  北斗の告白は、多分、嬉しい。けど、『俺で良いのか?』という思いが、ふつふつとわいてくる。  多分、北斗は俺に、告白するつもりなんか、なかったと思う。だって、ずっと言ってこなかった。  佐月が現れたから、驚いて、そんなことを言ってしまったに過ぎないのだろう。 「俺が、大人になるべきだろうな……」  俺なんかじゃ、駄目だと。  もっと、外を見ろと。  北斗の手を、離すときが来たんだ。    ◆   ◆   ◆  そう、思ったのだが。 「アキラ、お前やっと北斗と付き合うことにしたんだって?」  軽薄な顔でそういうユウヤに、俺は「は?」と真顔のまま聞き返した。  開店前に珍しくフラりと店にやって来たユウヤに、とんでもない爆弾を落とされる。  俺が固まっていると、掃除用具を片付けていた若手たちが顔を上げて同意し始める。 「あ、おれも聞きましたよ。おめでとうございまっす」 「シャンパン開けます?」 「開けないし、なんでそれをっ……!? っていうか、俺、まだ返事してないが!?」  なんで店の人間、みんなして知ってるんだよ!? 「北斗が言いふらしてたぞ」 「あの馬鹿!?」  衝撃的すぎて、頭がクラクラする。あの野郎、周りから既成事実を作ろうとしてる。  よくよく考えてみれば、そもそもセックスも気にせずどこでもヤるようなヤツだった。フルオープンにも程がある。  頭が痛くなってきた。    ◆   ◆   ◆  ロッカールームで北斗を捕まえ、問い詰める。既に店中の人間が知っていた。どうやら言いふらしまくっていたらしい。 「北斗っ!! お前、なに言いふらしてんだよ!」 「事実」 「事実、じゃないっ! そもそも、俺まだ返事してないだろっ!?」  憤る俺の肩をロッカーに押し付け、北斗が唇を曲げる。 「な、なんだよ」 「周知しておかないと、虫が着くだろ」 「は……? お前、マジで言ってる?」 「大真面目に」  真顔でそういう北斗に、呆れてしまう。 (そんで、悪い気がしないっていう……)  自分でも、いい加減にしろと思う。北斗の手を離した方が良いと思ってるのに、先回りされて防がれて、その上、嬉しいと思っているなんて。 (駄目だな。俺) 「嫌なの?」  北斗の唇が、頬に触れた。 「っ……、嫌っていうか……」 「まさか、断らないだろ?」 「……」  じぃっと見つめられ、思わず黙る。もしかしたら、北斗は俺の考えを見透かしているのかもしれない。 「ご褒美に、欲しいって言っただろ……」 「っ、やめろって……。っていうか、そんなご褒美、変だろ」 「変じゃないよ。僕が一番、欲しいものなんだから」 「っ……」  ゾクリ、背筋が粟立つ。北斗の声に、弱くなってる。  北斗の指が、俺の唇を撫でた。ぞわぞわと、快感が沸き上がる。  キスをされるかと思ったが、北斗はそうせず、指を離した。 「とにかく、アキラは僕のもの、だからね」  言い聞かせるように言う北斗の瞳の奥が、不安そうにしていたので、俺はつい「解ったよ」と言って肩を叩いた。    ◆   ◆   ◆ 「北斗と付き合うことにしたんだってぇ? 趣味悪いよ?」 「なんでもう亜里沙さんも知ってんのよ……。あとまだ付き合ってないから」  水割りを手渡しながら、げんなりとため息を吐く。テーブルに着いているのは、俺の客であり、近所のクラブに勤めるホステス、亜里沙と、同じくクラブのホステスであるさえである。二人とも『ブラックバード』にはよく通ってくれている。俺にとっては客であり、女友達というところだ。 「そりゃあ、ねえ。さえちゃん」 「北斗が自慢してたわよ。アンタ落としたの、よっぽど嬉しかったんででょうね。牽制必死で笑えるけど」  タバコを咥えたさえにライターで火を着ける。あの馬鹿、客相手にもやらかしているらしい。 (頭痛い……)  この調子で皆に言われるのだろうか。あの馬鹿、何を考えて居るんだか……。  溜め息と共に、自分も酒を呷る。飲まなきゃやって居られない。 「でもさあ、さえちゃん。ちょっとうらやましくなあい?」 「アンタは山形が居るでしょ。何言ってんのよ」 「だってー。十年愛でしょ? 純愛じゃない」  亜里沙の言葉を聞き流そうとしていた俺は、その言葉に手を止めた。 「え?」  何の話だ? と、一瞬解らなくて、首を捻った。今の話の流れだったら、当然、北斗の話だと思うのだが――。 (十年愛? なんの話だ?) 「えっと、亜里沙さん、何の話――」  問いかけようとした時だった。横からやって来たホストが、声をかけて来る。 「済みませんアキラさん、指名入りました」 「あ――」  指名の声に、さえがドリンクを軽く振る。 「ああ、行ってらっしゃい。ユキトくんいらっしゃーい」 「お邪魔致します」 「っ……、それじゃあ、失礼します。ごゆっくりお楽しみください」  話を聞けなかった。気になったが、仕方がない。指名を貰ったテーブルへと移動する。 (十年愛、そんなわけ……)  北斗が店に来て、五年だ。それに、十年も前だったら、『ブラックバード』はまだ出来ていないだろう。この店は今年、十周年になるのだ。 (十年前だったら、俺は十九か二十歳だ。北斗は十四、十五だろ。そんなのあり得ない)  あり得ないのだから、亜里沙の勘違いなのだ。そう思っているのに、何か釈然としないものを感じて、胸がモヤモヤして仕方がなかった。
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