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21 『悪魔の子』
(今日は色んなひとに揶揄われた……)
結局、北斗が言いふらしたおかげで、色々なひとに揶揄い半分で祝福されてしまった。おかげで妙に指名の多い一日だった。
(まあ、祝福されんのは良いんだけどさ……)
まだ返事をしていないのに、外堀から埋められている気がする。北斗の客にバレたら刺されるんじゃないかと思っていたが、既に何人かは知っていてこっそり「おめでとうございます」なんて言われるものだから、すごく微妙な気持ちになってしまった。一体、何でそんなことになるんだろうな? あとカップル成立って祝うものだっけ?
「あー……、疲れた……」
肩を回しながらモップを片付け、時計を見やる。もう良い時間だ。あとは帳簿をつけたら終わりだが……。
(そう言えば、北斗のやつどこに行った?)
先ほどゴミを捨てて来ると裏口に消えたきり、姿が見えない。最近は仕事ぶりも良いので、少しのサボりくらいは構わないんだが……。
(ちょっと、様子だけ見て来るか……)
萬葉町周辺は物騒なこともあって、長い時間居なくなるのはそれはそれで不安がある。酔っぱらいに絡まれたり、ケンカに巻き込まれることだってあるのだ。
裏口の扉を開け、周囲を探る。サボりならばタバコを吸っていると思ったのだが、その場には北斗は居なかった。不可思議に思ってあたりを見回すと、路地裏の方から言い争う声が聞こえて来た。
(なんだ? ケンカ?)
聞き覚えのある声が、言い争いをしている。ドクン、心臓が鳴った。
薄暗い路地に、人影が見える。ネオンの光が、僅かに二人を照らしていた。
(北斗――と、佐月――)
二人の存在に気づいて、慌てて近づこうとする。声をかけようとして、佐月の声に思わず足を止めた。
「この前は気づかなかったけど、お前……『のばら』のヤツだろ」
皮肉気な笑みを浮かべてそう言う佐月を、北斗がまっすぐ見返す。俺は二人の様子に、声をかけることが出来ずにその場に立ち止まった。
(え? なに……?)
二人は、知り合い? ドクドクと、心臓が鳴る。
「だからなに」
北斗の言葉に、佐月がハッと鼻で笑った。
「施設の連中に『悪魔の子』って呼ばれてたらしいじゃん」
――『悪魔の子』。その物言いに、ヒュッと息を呑んだ。
「それで?」
北斗の顔色は変わらなかった。淡々とそう言う北斗に、佐月は面白くなさそうに顔を歪める。
北斗に親が居ないことは、知っていた。施設出身なのではないかというのは、薄々気づいていた。北斗が、そこでどんな生活をしていたのかは、解らない。けれど、北斗の、時折自分でもどうしようもないような感情を内にため込んでいるのは、アキラも良くわかっていて。
(……『悪魔の子』……)
モヤモヤが、胸の中を搔き乱す。自分のこと以上に、どうしようもなく、激しい怒りが頭の中を満たしていく。
「何しに来たんだよ」
「君には関係ないだろ?」
「……あるよ。アキラは、僕の恋人だから」
北斗の言葉に、佐月が顔を歪めた。「へぇ」と馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ジロジロと値踏みするように北斗を見下ろす。
「アキラは、同情しやすいんだよ……。お前みたいな人の心が解らないようなヤツに、絆されたに決まってるだろ?」
北斗の唇が、僅かに動く。が、言葉は発さなかった。佐月が、トンと北斗の胸を叩く。
「――」
俺は、北斗の指が震えているのを、見逃さなかった。
アスファルトを蹴り、歩を詰める。腕を伸ばし、北斗にもう、佐月の言葉を聞かせたくなくて、彼の頭を抱きしめる。
「北斗っ……!」
俺の乱入に、北斗も佐月も驚いたように目を見開いた。
「アキラ――」
佐月が手を伸ばそうとするのを、俺はドン、と押し返した。
拒絶されるとは思っていなかったのか、佐月の表情が凍り付く。
「俺のことはどうでも良い。けど――北斗に何かするのは許さないから!」
「――、アキラ……」
「アキラ……」
頭がガンガンする。目の奥が熱い。自分でも、息が荒いのが解る。
俺は生来、人を怒鳴るようなことはしてきていなくて、元暴走族と言っても、ケンカなんかしたことがなくて。
護るように、北斗をしっかりと抱きしめる。これ以上、傷つけさせたくなかった。無遠慮に人の庭を踏み荒らすような佐月が、憎らしくて仕方がなかった。
「帰れっ! 帰れよ!」
佐月が、傷ついた顔をした。けど、そんなことがどうでも良いと思えるくらい、頭の中がぐちゃぐちゃで、ただ、今すぐ目の前から、居なくなって欲しかった。
「アキラ」
北斗が、いつの間にか俺のことを抱きしめている。佐月はしばらく黙っていたが、やがて唇を噛んで悔しそうにしながら、その場を立ち去った。
「う、うっ……」
いつの間にか泣いていた俺を、北斗の手が慰めるように髪を撫でる。額にキスされ、瞼にキスを落とされ、それでも、どうしていいか分からないままに、感情が溢れてしまっていた。
「ほく、とっ……」
「うん」
お前は、『悪魔の子』なんかじゃない。そう言ってやりたかったのに、嗚咽のせいで言葉は上手く紡げなかった。
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