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26 北斗のこと

 シーツにくるまって、脚を絡めあう。時折、いたずらするように、頭や頬、首筋にキスされ、くすぐったくて身を捩る。  俺は北斗の手を握り締め、顔を覗き込んだ。蕩けるような笑みで、「ん?」と首をかしげる姿が、愛おしい。あんなに、憎らしかったのに。少しだけ気に入らない。 「なあ、北斗」 「なに」 「……お前のこと、教えて」  俺の言葉に、北斗は目を瞬かせた。  俺は今まで、北斗がどんな風に育ったのか、どんな風に生きてきたのかを、聞いてこなかった。興味がなかったわけじゃないけど、『ブラックバード』の人間は、みんな何かあってあそこにいる。 「……あんま、覚えてないんだけど」  と言いながら、北斗が思い出すようにポツリと話し始める。 「お母さんと、暮らしてた。……多分」  記憶が曖昧なのか、北斗は目蓋を伏せてそう言った。 「狭くて汚いアパートで、時々、知らない男の人が来てた。男の人が来ると、押し入れに閉じ込められて、喋ると打たれた」 「……」  北斗の呟きに、眉を寄せる。北斗の母親は、売春をしていたのかも知れない。狭い押し入れで、声を押し殺して、母親の行為の声を聞いていたのかと思うと、辛くなった。  母親は、度々北斗を殴ったようだ。暴言、暴力。だが、それを後悔して謝って、甘えさせる。典型的な、依存の関係。母親を『お母さん』と呼ぶ北斗の口調はどこか幼く、憎しみは感じなかった。 「お母さんは度々、生活が辛いから、俺を捨てたかったみたいで、施設に掛け合ってた。けど、どこも受け入れてくれなくて。その度にガッカリしてた。あの日――」  北斗が一度、言葉を区切った。ぎゅっと、俺の手を握り締めてくる。 「あの日、お母さんが、瓶で俺を殴った。いつもと違って、血が止まらなくて。お母さんはパニックになって」  死なないで。何度も、そう言って傍で泣いていた。 「北斗……」 「お母さん、警察に逮捕されて、俺は施設に行く事になった。お母さんが迎えに来てくれるはずなのに、全然来てくれなくて、施設の子とケンカして」  皮肉なことに、母親がことを起こしてから、ようやく行政が動いたらしい。  北斗は大好きな母親と突然引き離され、受け入れられず暴れた。施設には馴染めず、脱走を繰り返し、反抗的だったらしい。  和を乱す者に、集団は無慈悲だ。北斗は『犯罪者の子供』と言われ、捨てられた子、親が親なら子も子だと、陰口を言われた。 「でも、『ブラックバード』においでって、言われたから」  ドキリ、心臓が鳴る。 『ブラックバード』に来いと言われた。居場所を貰った。その約束が、北斗にとって、どれだけ大切なものになったか。どれだけ、北斗を支えたのか、俺には解らない。 「『のばら』を出たら、『ブラックバード』に行くって決めて……そしたら」  そうしたら。北斗は一度唇を閉じ、俺の方を見た。薄く笑みを浮かべ、静かに続ける。 「そうしたらね、不思議と――色々、耐えられて……」 「うん……」 「変化が、起きた」  癇癪が減った北斗は、徐々に施設での居場所を得ていくようになったらしい。大人しくなった北斗を、最初は疑っていたようだったが、暴れたいような衝動が起きた時は、店の前にまで来ていたそうだ。 (マジか……)  もしかしたら、カノあたりは知っていたかも知れない。店ではビジネス不仲な二人だったが、カノはよく北斗の面倒を見ていた。数少ない同年代の、友人だったのだろう。 「そのうち、『のばら』でもお兄さんになって、下の子の寝かしつけだってやったんだ」  ふっと、笑って、北斗が自慢げに言う。子供の面倒を見たことがあるなんて、知らなかった。 「そっか……。偉いじゃん」 「施設の先生には、『難しい時期が大変だった』って、今でも言われる」 「今でも?」 「ん。時々、帰ってる」 「そっか」  北斗は、上手くやれるようになったのだ。手がつけられないほどに暴れた少年だったとしても、そこから、ちゃんと出来るように成長した。  そのことが、自分のことのように、嬉しい。今では、育ててくれた施設に感謝しているらしく、寄付やボランティアをしているらしい。知らなかった一面に、驚いてしまう。  「お前がそんなことしてたなんてなぁ……」 「金も時間も、使い道ないし」 「まあ、それも良いけど……。自分のためにも、使おうな」  ポンポンと頭を撫でてやると、北斗はくすぐったそうにした。 「あのさ」 「ん?」  真面目な声を出す北斗に、頭を撫でていた手を止める。 「今はもう、僕を『悪魔の子』なんていうひと、居ない。あの頃、アイツ居たんだと思う」 「……佐月?」 「多分。アイツ、『のばら』出身なんだと思う」 「……」  佐月が施設の出だということは、聞いたことがなかった。 「あのさ、アキラ、気づいてた?」 「え?」 「アイツの服に靴、時計」 「……うん」  曲がりなりにも、ホストをしていると、多少は詳しくなるものだ。佐月の身に付けているものは、どれもハイブランドのものだった。数百万するジャケット。数千万円の時計。少し、過剰だ。 「調べたけど、端役くらいしかやってない俳優だよ。それも、数年前までしか活動履歴がない。事務所も辞めてるみたいだし、少し変だと思う」 「それは――俺も、ちょっと思う……けど」  北斗が俺の手を、にぎにぎと握り締めた。 「関り合いになりたくはないけどさ。『のばら』出身だし、少し気になる」 「……うん」  俺は、もう佐月に逢いたいとは思えない。裏切られたことよりも、北斗への暴言の方が、許せなかった。
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