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27 詐欺師

 北斗と一緒に出勤するのは初めてじゃないのに、妙に気恥ずかしい。それもこれも、北斗が言いふらしたからに違いない。  世界中のみんなに、北斗と俺の関係を知られているみたいで、落ち着かない。 (なんなら、北斗にヤられてんの、店のみんな、知ってるのに……)  今更なのに。いや、今更だからだろうか。散々、関係を持ってきて、ずっと否定してきたのに、今更『付き合うことになった』なんて、やっぱり恥ずかしいかも知れない。 「アキラ、なに変な顔してんの?」  バックヤードで顔をしかめてモタモタしている俺に、北斗が顔を覗き込んで首をかしげる。 「やっぱ今までとやること変わらないなら、別に付き合うとか言わなくても良かったんじゃ……」 「アキラ?」 「はい、ごめんなさい」  めちゃくちゃ不機嫌な顔するじゃん。いや、だって、恥ずかしいんだって。  北斗が俺の肩を抱き、頭にキスをする。 「恥ずかしがってんの」 「うるせえわ」  北斗の胸を押し返したところを、背後から声を掛けられる。 「お前たち、こんなところでイチャイチャするんじゃないよ」 「っ、ヨシトさんっ……!」  慌てて北斗を引き剥がし、平静を装う。 『ブラックバード』の現オーナーである、ヨシトだ。元々はホストだったが、今は引退して経営一本。かつての悪ガキ仲間でもある。俺にとっては、家族みたいな存在だ。 「聞いたよ~、やっと観念して付き合うことにしたんだって?」 「あんま言わないで下さい。恥ずかしい。っていうか、観念ってなんですか」  家族みたいなヨシトさんにからかわれると、余計に恥ずかしい気がする。ユウヤだったらここまで恥ずかしくならないのに。  事務所まで歩きながら、ヨシトさんがクスクスと笑う。もう四十近いのに、まだ現役でやれそうなほどキラキラしている。 「だって、端から見てたら、どう見ても両想いだったよ?」 「は? そんなわけ……」  北斗が昔から思ってくれていたのは、何となく解っていたが、俺が自覚したのはこの前のことだ。だから、おかしいと言いたかったのに。 「ふふ。アキラは感情に蓋しちゃうところあるからね……。大方、七歳も年下だとか、そんな理由で目を逸らしてたんだろうけど、俺が見る限り、お前はずっと北斗は特別だったと想うよ」 「なっ……」  ヨシトさんの発言に、俺は慌てて北斗の方を見る。北斗は既に先に掃除を始めていたスタッフに話しかけていて、こちらの会話は聞いていないようだった。 「嫌だったら、さすがに抱かれたりしないでしょ。それに、俺たちだって止めてるよ」 「……」  反論できずに、口を結ぶ。いつからだなんて、考えたことはなかったけれど、どこか、蓋をしていたのは事実だったような気がする。 「……さすがに、店の中では止めてくれません?」 「いやあ、面白くてつい」 「ついじゃないっすよ……」  テヘと笑うヨシトさんに、呆れて溜め息を吐き出す。 「それで、周年の話ですか?」 「うん。やっぱり十周年だし、月郞さんも招待したいでしょ? サキちゃんも呼びたいよね」 「ホストクラブの周年なのに、男ばっか招待するんですか?」 「あー、確かにw」  ヨシトが作った名簿を捲って、思わず笑う。 「そういや、ユウヤから連絡来てるだろ、萬葉町で暴れてる詐欺師」 「ああ、なんか、聞きましたね」 「あれ、ヤバイとこ手出したっぽいぞ。旧関西柏原組の元組員の、愛人からかなりの額引っ張ったらしくて、上がお怒りらしい」 「え。旧柏原組って、月郞さんが元々いたとこっすよね」 「そうそう。今は解体してるけど、それでもそこそこの勢力がまだあるからね」 『ブラックバード』の前オーナーであり、俺たち悪ガキ仲間をまとめ上げていたヤクザ、久保田月郞が所属していたのが、柏原組という組織だった。今は解体して関西に新しい組織を作っており、現在もこの萬葉町に残っているのはその残党だという。  ヤクザとしての力はないが、並みの半グレよりは組織力がある。未だここ萬葉町でくすぶっている存在ではあった。普通に生活している分には、関わることのない相手だが……。 (その、旧柏原組ヤクザと揉めたか……)  元とはいえ、ヤクザはヤクザだ。愛人に手を出した挙げ句、金まで持っていかれたのでは、プライドに関わるのだろう。普通、月郞さんへの接触が許されていないので、『ブラックバード』に来ることはないが、そこまで怒っているのなら、シマがどうこう言わずに何かするかもしれない。 「まあ、巻き添えにならないようにね」 「あちらさんが、直接来たらどうします?」 「うちは関わってないって証明のためなら、中を調べさすのも良いかもね。そのあたりは任せるよ」 「解りました」  出来るだけ関わりたくはないが、穏便に済むのであればそれで良い。 「しかし、随分と暴れてますね、ソイツ。身元は解ってるんですか?」 「なんだかねえ。名前とツラは割れてるよ」  ヨシトがそう言って、スマートフォンを操作する。スマートフォンの画面に、男の写真が写っていた。 「え――」  サラサラした、小麦色の髪。長身だが細身で、スタイルの良い男。甘いマスクの、笑うと目がなくなるのを、知っている。 「狭霧佐月。元俳優」 「――さ、つき……」  俺の呟きに、ヨシトさんが怪訝な顔をする。 「なに、知り合い?」 「っ、はい……」  ヨシトは、佐月が俺の家に住んでいたことなど、覚えていないのだろう。もう、六、七年前の話だ。 「……はぁ、厄介ごとにならないと良いけど……」  ヨシトのその言葉が、頭に入ってこない。  詐欺?  騙しとった?  ヤクザに追われている? (あのバカ……、何やってんだ……!)

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