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29 十周年

 佐月のことやら店のことやら、心配は尽きないが、それでも時間は流れていく。最近はすっかり頼りになる北斗のお陰で、店の運営は順調に周り、無事に十周年を迎えることが出来た。 「十周年おめでとー♥ これからもジャンジャン通っちゃうね♥」 「もう十年とか嘘でしょ? 十年も貢いでるのに、ユウヤってば全然結婚してくれないじゃん」 「北斗ーっ♥ 周年おめでとう♥ 免許取ったんだって? 車買ってあげようか?」 「一番高い酒いれてあげるから、アンタ飲みなさいよ。アキラ」  店の中は想像以上に姦しい。今日ばかりは、普段出勤してこないユウヤだけでなく、オーナーのヨシトさんもホストのような出で立ちで出勤しているし、全員出勤しているのでオールスターが揃っている。  店内にはシャンパンタワーが六つも立っていて、新人ホストが危なっかしい手付きでシャンパンを注いでいた。 (すげえ無茶振りされるんだけど。まあ、無礼講みたいなノリになってるもんな……)  浴びるほど酒を飲まされ、既に顔も身体も熱い。若手たちは頭からシャンパンを被って、ソファにダイブしている。あまり騒ぐと警察が来そうなので、ほどほどにして貰いたい。 「わたしの酒が、飲めないっていうのーっ!?」 「飲み過ぎ、飲み過ぎ」  グデグデに酔った女の子を介抱していると、すぐ傍に漆黒のバラの花束を抱えた男が現れた。驚いて顔を上げる。 「カノ!」 「周年おめでとう。あと、招待どうも?」  キザったらしい笑みで花束を手渡しながら、カノが笑う。同伴しているのは彼の恋人である、吉田清だ。吉田も、可愛らしい風船で飾られた花束を手渡してくる。 「来てくれてありがとう! 騒がしいけど、楽しんでいって」  カノの登場に気づいた客やホストたちが、一斉にざわめく。 「嘘、カノっ!?」 「やだーっ、本当にオールスターじゃん!」  カノは片手を上げながら愛想笑いを返す。ホストの時とは違って、サラリーマンみたいなスーツを纏い、髪も金髪だったのを黒髪にしたせいで、ほとんど別人だったが、受け答えの端々にホスト臭さが残っている。  北斗と合流して二三声を掛け合っているのを見ると、なんだか妙に胸が詰まった。 「ふぅ、やっと解放されたよ。チェイサー貰える?」 「ヨシトさん。お疲れ様です」  お姫様たちの相手で、すっかりくたびれた様子のヨシトさんに、水を手渡す。 「あれからどうした?」  ヨシトさんの言葉に、一瞬黙り込む。何が、とは言わなかったが、佐月の件だろう。 「……こっちには、音沙汰なしです。一応、上田さんに相談しました」  上田――というのは、萬葉町周辺でよく顔を見せる刑事だ。暴力団関係の担当部署に所属しており、『ブラックバード』にも事件対応で来たことがあり、面識があった。  佐月がもし来たら、ヤクザに引き渡すなんて出来ない。かといって、匿うという選択肢だってないのだ。警察に相談する。それが、俺が出した結論だった。 (まあ、二度と来ない可能性も、あるけど……)  二度と来ないかも知れない。けれど俺は、「偶然だ」と言った佐月の言葉を、鵜呑みにも出来なかった。  偶然で、二度も『ブラックバード』に来るはずがない。俺のところに来たのは、助けて欲しかったのだろうか。それとも、過去に俺から金を盗んだときのように、俺からなら何かを奪えると思ったのだろうか。  佐月は今も、追われている。ヤクザに捕まったら、殺されたりするのだろうか。海外に売り飛ばされるとかもあるかも知れない。 (ハァ……。考えてる場合じゃない。仕事に集中しないと)  真面目にやらないと。今日は売り上げ的にも大きいし、何より、お客様を楽しませるのが第一だ。  気合いを入れるように水割りを飲み干し、俺は笑顔でホールへと戻っていった。

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