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何度か通ううち、マシューは俺のことも覚えたらしい。ただ、いつもメインはナオキで、俺はオマケだ。 初めは床に座って2人のプレイを見ている。特に、マシューが「無愛想」の仮面をひっぺがすようにして乱れ、ナオキの上や下で腰を振って喘ぐのを。どっちが彼の「素」なのかは今でも分からない。 ナオキが疲れてくるか、満足した頃にようやく、俺の番が回ってくる。何だかお下がりやおこぼれを待っているような気がしないでもなかった。 カネは自分で出すようになった。彼女もいないし、趣味もない。手に職のある技術屋は稼ぎが良い割に、その使い所や時間がない。 何かと溜まりやすくて、発散させるのにはちょうど良かった。面白い所という案内は、あながち間違っていない気がした。 顔を覚えられても、マシューの愛想がよくなる事はなかった。甘い声と態度になるのは、カネを受け取ってから、目覚まし時計が鳴るまで。 その後は初めて会った時と同じようにむすっとした顔に戻り、さっさと出て行けといわんばかりに背中を向けてしまう。シミのついたシーツの上で体を丸めて寝る姿は、寒そうで、気の毒な感じさえする。 「なあ、マシュー? 今日寒いぞ、毛布ないのか?」 「…………」 俺とナオキは交代で、軽くシャワーを浴びて帰る。風呂なしアパートに住んで銭湯に行く方がましだと思うような、狭いユニットバスだ。 先に体を流しているナオキを待つ間、俺はマシューに話しかける事もあったが、たいてい、返事はなかった。 「さっきのすごい良かった。前の彼女、上に乗るの下手でさ」 「……ああ、そう」 たまに興味のなさそうなあいづちがあるくらいだ。 「セフレもいるんだけど、マシューが一番の名器だよ」 「…………」 返事が無かったのでそっと尻に触ると、窓の方を向いたまま、手をはじかれてしまった。 部屋の床でむき出しになった電球に目が慣れているのもあってか、浴室はどうにも薄暗くて不気味だった。 シャワーや蛇口は、ひねる度に嫌な音を立てる割に水圧が弱かった。泡立ちの悪い石鹸は、何人の下の毛に擦り付けられたのか分からない代物。ハンガーに干してあるタオルは、手ぬぐいサイズでごわごわしている。ところどころに青や黄色の絵の具がついていて、普段は体を拭く以外の用途に使われているのだろうと予想できた。 今はと言うと、目覚まし時計が動き始めて、俺のほうが床に寝転がっているところだ。汚れて散らかった部屋の床は裸で寝ると背中がざらざらして、所々濡れた跡があって、お世辞にも快適とは言いがたい。 あお向けになった俺の上に、マシューが跨ってくる。 「ン……!」 目元が隠れるくらい長い髪の隙間に、細くて小さい目をぎゅっと閉じているのが見えた。ホクロのある閉じた口元が引きつって、その下にしわが寄る。 「マシュー」 呼びかけると、息を吐きながら、痛みを堪えるような表情で俺を見てくる。 「いっつも思うけど、キモチよさそうだよね」 手を伸ばして思わず触ってしまう。脚を開いたマシューの、骨が浮き出した体を。すぐに熱くなり、乳首が立つほど敏感で、声を漏らす。 「き、キモチいい、から……」 この手も、今ははじかれたりしない。それどころか恥ずかしそうに言われただけで、自分でもますます大きく、硬くなるのが分かった。 やっぱり俺はおかしくなって来たらしい。こんな場所に通っているのも、こんな男に反応するのも、こんな体に触りたいと思ってしまうのも。 「男とすんの、好きなの?」 マシューに質問すると、視界の端っこでナオキが俺を見てくる。友達の裸も、もう見慣れてしまった。 「ちが、う……」 腰を落としたマシューが眉間に皺を寄せる。 「ホントに?」 脚の付け根の外側と腰骨の間に窪みがあった。そこに指を引っ掛けるようにして腰をつかみ、体を揺する。 途端にマシューは、あんあんと喘いでしまって返事ができなくなる。 言っていることや体の反応がちぐはぐだった。気持ちいいと言っていたのに、こんなに感じている声と表情なのに、男とのセックスは好きじゃないなんて、納得がいかなかった。 しばらくそうやってマシューの体をほぐしてやる。全身が火照って赤っぽくなったのが、オレンジの照明の中でも分かるようになる。 何も言わず腕を引いて、前に倒れさせた。 「いいよ、そのまま」 「こ、こう?」 遠慮がちに聞きながら、俺の上に腹ばいになった体は軽い。あばら骨や恥骨が当たる。 「そう」 返事をして、腕を回して抱き締める。抵抗したり、動いたりしないようにだ。 「ねぇ、ちょっと……」 マシューがびっくりした顔で俺を見た。今から何が始まるのかと警戒はしているが、2人分の料金を受け取った以上、拒否権はない。 いわゆる「二輪挿し」をしてみたいなんて言い出したのも、ナオキの方だ。 友達の特殊プレイになぜ付き合わなければならないのか。そう思ったし、参加する義理も無かったのに、俺は誘われるまま、またこのボロアパートに来てしまっていた。 うずうずしているナオキがマシューの後ろに膝立ちになって、手を伸ばした。 「力抜け、マシュー」 そう言われ、ようやく俺たちふたりの目的に気付いたらしい。 驚いて後ろを振り向いた拍子に、髪の先が俺の目に刺さりそうになった。 「や……やだ!」 マシューが体をよじって逃げようとする。いっぱいに見開いても小さな目には涙が溜まっていた。 「力抜けって言ってんだろ!」 ナオキが怒鳴り、マシューの尻を叩いた。ぴしゃっと乾いた音がした。 「ひっ!」 すくみ上がって、ますます萎縮してしまう。 ただでさえ細い目をぎゅっと閉じて震えているのは、さすがに可哀想になってくる。 「マシュー、こっち」 また声をかけ、自分のほうに顔を向けさせた。頭を撫でて、後頭部に手を添える。そのままキスをした。 「げぇ」 ナオキが顔を歪めた。 「よくできんな。男だぜ?」 「いいから。入れるの集中しな」 一度唇を離して言い返す。 マシューが意識するから入りにくくなっているのだ。それを解決しようとしているだけなのに、いちいち大げさに反応される筋合いはない。 第一、男とのセックスに誘ってきたのもナオキだ。 肝心のマシューはと言うと、ぽーっとした顔で俺のほうを見ていた。 「…………」 いつもよりもっと赤らんだ顔の中で、潤んだ目の焦点が合っていない。そんな姿を、少しだけ、ほんの少しだけ、可愛いと思ってしまった。 そんなマシューと、またキスをする。舌を入れて、唇をそっと噛んだ。涎の垂れた口元のホクロにそそられてしまうのを、自分でも止められなかった。 「ん、んッ!」 マシューが今までと違った声を上げ、腕の中の体がびくびく跳ねた。 「裂ける、裂けちゃうっ」 唇を離し、泣きそうな声で訴えてくる。首をねじって後ろを向こうとするが俺の手がそうさせない。 「大丈夫、大丈夫」 髪を撫でながら言い聞かせた。改めて触った真っ黒な髪は、意外とサラサラしていた。 すぐに、自分以外のモノが入ってくる感覚があった。キツい、と感じる。動いていない分、へたをすると押し出されそうになる。 「うおー、やべぇ」 ナオキが満足げな声を漏らすのが聞こえる。確かに、性の快感より、難しい事を乗り越えた達成感に近いものがあった。 少し遅れて、今当たっているのは友達のモノかという嫌悪感もやって来る。ついに穴兄弟どころか、同じ所で一緒になってしまった。 腕の中にあるマシューの肩は震えて、口からは言葉にならない声を漏らし続けている。 「あ、あう……うぅ……」 「動ける?」 抱き締めたままナオキに聞くと、ちょっとキツい、という返事だった。 「マシュー、ごめんな。力抜ける?」 何となく、2人の通訳係を買って出てしまう。またマシューの頭を撫でて、小さな子供に言うように聞いた。 けれどマシューは、はっ、はっ、と短く息を吐いて、唾を飲み込んでは喉を鳴らすばかりで、話にならない。 「何、お前ら付き合ってんの? 仲良すぎじゃね?」 ナオキが冷やかしてくる。 「バカ。お前がやりたいって言うから協力してんじゃん」 「こっちの身にもなれよ、萎えるわ」 「見なきゃいいだろ。なあ、マシュー?」 わざとらしく話を振る。が、やっぱり感覚に馴染むのに必死らしく返事がなかった。 ナオキはまだしつこく言ってくる。 「素でキスするとかマジできついわ、罰ゲームじゃん」 少し腹が立ったので、 「ナオキとするわけじゃないから黙って腰振れよ。口先だけの男はモテないぞ」 と言い返した。 「ムカつく」 そう言いながら、ナオキは笑った。それからマシューの腰に手を添え、 「お前ら2人ともイカせる」 と宣言した。予想もしていなかった発想に笑ってしまった。 「やっぱ、バカナオキ」 俺は結局、それから何度もマシューとキスをした。 セックスだって特別な感情がなくてもできてしまうのに、キスくらいで騒がれる理由が分からない。マシューも嫌がらなかった。 ナオキに揺らされる度に、歯がガチガチと当たって、たまに舌が挟まれる。友達にイかされるわけにはいかないと、俺は思う。 マシューはどう思っているのか。おおよそ早く終われと思っているだろう。 けど、心のどこかでは、キモチいいから終わりたくないなんて考えてたりはしないだろうか。 俺もすっかりバカになってしまったらしい。買った男を相手にそんな事を考えて、淡い期待のようなものを抱いてしまっている。 「マシュー……」 風俗嬢にキモチいいかと聞くのはダサい男のすること。どこの誰かすら忘れた相手に、そう講釈を垂れたのは俺だ。 マシューの感じ切った顔を見ながら、何と声をかければいいか分からなくなった。 だからまたキスをする。動物みたいに、唇を唇や前歯ではむようだったり、口を押さえている指の間に舌先を入れたり、ちょっと特殊なやり方で。 「ん、んむ、んむ……」 マシューが一生懸命な声を出す。 ここに通うようになって気付いたのは、このマシューという男にはどこか、守ってあげたい気持ちをかきたてる部分があるという事。 見た目も冴えない、ロクな仕事もしてない、人と打ち解けられない。社会を学校に見立てれば、落ちこぼれ以外の何物でもないのに。 でも、放っておけない。他人が、誰かがそばにいなかったら、簡単に餓死していきそうな危うさがある。他に住んでいる人がいるのかも分からない、ボロアパートの一室で、この若さで、孤独死なんてあんまりだ。 マシューがナオキの、強気で激しい部分を引き出すのだとすれば、俺はそんな、誰かに優しくしたい部分に気付かされた。今まで知らなかった快感と、知ったところでどうしようもない気持ちまで、裸に剥かれていた。 「ほら、マシュー、どうなってるか、ちゃんと言えよ」 ナオキがぶつけながら聞いている。 すると、マシューは力いっぱい俺にしがみ付いてきた。助けを求められているようで、その苦しみの片棒を担いでいるのは、何だか複雑な気分だ。 男のモノを2本も突っ込まれているなんて、どんな感じなのか想像もつかない。俺には絶対にできない。やってみる気も起こらない。 ただ、俺から見えるマシューの乱れぶりを見るに、とんでもなく気持ちがいい事なのは伝わってきた。少なくともセックス中は素直になる彼にとっては。 「き、きもちい、れす……」 マシューが小さく言った。舌がすっかり浮いてしまって、ますます滑舌が悪い。これでは俺にしか聞こえないんじゃないか。 「気持ちいいってさ!」 ナオキの顔を見上げて通訳する。 それからキスをしたのは、ナオキに、見せつけてやるような心境にもなっていたからかも知れない。ほんの少しだけ。 守ってあげたいのに、返事ができなくなるほどキモチよくさせたい。カネで買ってるのに、そういう意味じゃなく俺のものだと言いたい。俺以外の相手でキモチよくさせたくない。 これまでの彼女にすら抱いた事のないような、どこにも整理できない感情が生まれ始めていた。 唾液でぐちゃぐちゃになった口でマシューが何か訴えるので、また通訳しようと聞き返す。 「何?」 「うっ、動か、ない、で……」 聞き取るのがやっとなくらい激しく揺すられたマシューが言った。 次の瞬間、 「あーもう、お前らイチャイチャしすぎ!」 とナオキが突然言って、マシューを俺から引きはがした。そのまま抱き寄せる形にしてしまう。 むりやり体を起こす体勢にさせられたマシューが泣きそうな顔になる。 「やぁっ! ごめんなさい! ごめんなさいぃっ……」 声を絞り出す薄い腹がへこんで、浮いたあばらに影ができているのが見えた。 「ワタル」 ナオキはそうしながら俺を呼んで、下を見るように顎でくった。 正座を開いたような脚の真ん中についたマシューのそれは、そり返るほどになっていた。サイズは限界でもこんなものかと思うほど、言ってしまえば中学生並みに小さい。片手で握り込んでやれそうだった。 「1本だけ突っ込まれても勃たないクセに、2本だとこんな反応するの、やべぇよな」 ナオキは相変わらず、いじめるのが好きらしい。真っ赤になったマシューの喉から、本格的に泣き出しそうな高い音が漏れた。 ナオキの態度は、セックスの最中なら相手が誰でもそうなるのか、マシューが持ついじめたくなる面によるものなのか。正確には分からない。ただ、後者でなければいいのにと思う。 「いいんだよ、マシュー」 なるべく優しく言って、苦しそうなマシューを助けるようにしごいてやった。 ナオキは膝立ちでマシューを抱え、俺を押し出すような勢いで出し入れする。そうしながら、俺に文句を言ってきた。 「彼女にもそんな優しくしてるの見た事ねぇ」 「うるさいって」 「マシュー、勘違いすんなよ、こいつ──」 そう言って反対の手でマシューの顎を持って引き寄せる。何か耳打ちした。 が、マシューにはもう届いていなかった。 「出る、あ、あっ……!」 震える声を漏らして、マシューは俺の手に出してきた。 早い、と言いかけて思いとどまる。普段は萎えているから分からなかったが、こんな身の上で、さらに早漏なんて。同じ男として、かけてやれる言葉が見つからなかった。 その後すぐにナオキが出した。マシューが達したせいで締め付けがきつくなったのは俺も感じている。絞り取られそうだった。 生温かい感触を残してナオキが抜け出てから、俺はやっとまた自由に動けるようになった。 もうその頃にはマシューは放心状態で、俺の上に座れてこそいるものの、ぐったりとうなだれていた。髪も汗で濡れて、顔や首にはり付いている。目は開いているのかも分からない。 「マシュー、ごめん、俺まだ出してない……」 そう伝えるのがやっとだった。 骨の浮いた腰を引き付け、突き上げた。俺が遅いわけじゃない。3人のうちで最後に回されて、我慢の限界だった。マシューが出すところを見てしまってから、ますます追い込まれたような気分になっていた。 マシューは俺の上で何度か口をぱくぱくさせてから、歯を食いしばる。声も出せないと、俺の腕をつかんで来た。爪は深く切ってあるのに、指の腹が食い込む。 突き込む度、ナオキの出した分が溢れてくるのが分かる。自分の耳に聞こえるほど大きな音をさせ、湿った肌をぶつけて、何回も叩き込む。 少しでも奥に出したかった。ナオキが出したのをかき出し、マシューの許してくれる一番深い場所に。それしか考えられなかった。 「おー、おー、すげぇな」 ナオキが他人事のように言って笑うのが、聞こえた気がした。
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