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第3話 契約解除したいんだけど!
「よっ! お前、悪魔と契約したんだって?」
死神見習いが住まう寮へと戻れば、すでに噂は広がっていたようで、至る所で声をかけられた。
「うるさい! ほっとけ」
半ばヤケクソ気味に返事をしながら自室へと向かう。『193540』と書かれた部屋へ入り、鍵を閉める。もう誰にも会いたくなかった。
ベッドの上へと身を投げ、天井を見つめる。今までの苦労が頭を巡り、最後に突きつけられた『論外』の二文字を思い出す。
「あ〜あ、直にこの寮も出て行けって言われるのかな」
「え〜、そしたらオレの住む所なくなるじゃん」
突然、一人だったはずの部屋の中から声がした。鍵は閉めていたはず。驚いて顔を上げれば、天井から逆さまになっている悪魔がいた。
「お前! どこから入った!」
「知らない? 悪魔は契約者のいる所ならどこでも入れるんだよ」
悪魔にそんな能力があったなんて知らなかった。今後は私のプライベートが無くなるという事か。
「……て、お前の住む所が無くなるってどういう事だ」
先ほど悪魔が口走った言葉を思い出した。私が寮から追い出されるのとこいつの住む所にどんな関係があるんだ。
「悪魔はね、契約者の家に住むの。契約者が大富豪だったら豪邸に住めるし、ホームレスなら路上に住む。まあ、どうせ契約するなら大富豪の豪邸狙いだよね〜」
「……そういうことか」
つまり、こいつは私と契約している限りずっと私のそばにいるという事だ。
「最悪だ」
何度目かのため息を吐く。
「おい、契約を解除する方法はないのか」
縋るような気持ちで悪魔に尋ねる。なんとかして契約を解除しなくてはいけない。
「契約はね、悪魔にとって絶対なの。結構きつい縛りなんだよ? 簡単に解除出来るものじゃない」
「でも、何かあるだろ!?」
悪魔は逆さのまま腕を組み考えるポーズをする。
「うーん。契約の終わりは相手の魂をもらう事なんだけど、お前の魂は既に死んでるしなあ」
そうなのだ。悪魔が言うように、死神になる者の魂は既に死んだ魂でなくてはいけない。つまり、何らかの理由で死んだ人間が死神になる権利を得られるのだ。私も元は生きた人間だった。人間だった頃の記憶は微塵も持っていないが、あまり必要性は感じていない。
「大体、なんで死んだ魂で悪魔と契約できてるんだ?」
「ああ、それはね、契約の時お前が人間に擬態してたのが良くなかったのかも……とすると、お前さ、ちょっと手の甲をオレに見せながらなんか命令してくれない?」
急に何を言い出すのかと悪魔を見つめる。しかし悪魔は早く何か命令しろと促すばかりだ。
仕方がないので、悪魔が言う通り手の甲を悪魔に見せながら命令を出す。
「えーっと、跪け?」
「ちょっ! 何でそれ!?」
するとフワフワと浮いていた悪魔の体が、急に重力を得たように床に押し付けられた。どうやら私の命令が実行されたらしい。ほんの少し沸いた優越感と共に、体に少しの違和感を覚える。
「体が……熱い?」
「そう。お前はオレに命令してる間だけ、人間になるの」
「はぁ?」
悪魔が言った言葉を反芻する。つまり、今私の体は人間になっている……? どうりで体が重く、体温があると思った訳だ。
「……って、鎌が使えないじゃないか!」
そうだ。人間なら死神の鎌が振るえない。死神の体なら自由に取り出せた鎌が取り出せなくなっている。これは由々しき事態だ。
「おい、命令ってどうやって取りやめるんだ!?」
「命令が実行された後にその手を下げれば終わる……ていうか、痛いから早く下げてくんない?」
床に押し付けられた悪魔が苦しそうに声を上げる。
「あ、ああ、そうか」
そんな簡単な感じなのか、と思いながら手を下げる。すると悪魔はようやく重荷が降りたという様子で顔を上げ、痛そうに腰を叩いた。すると私の体の体温もスッと消え、手には死神の鎌が握られていた。
「……で、本当に他に契約を解除する方法は無いのか」
「……あるにはあるよ? ……でも〜」
悪魔は人差し指と人差し指を合わせて、ツンツンとつつきながら次の言葉を渋った。
「なんだ、早く言え」
「せっかく契約したのに、何のご褒美も無しに解除するの嫌だな〜って」
「はぁ〜〜〜〜〜〜っ」
勝手に契約したのはそっちだろという言葉を何とか飲み込み、私は考える。何とかしてこの悪魔を満足させ、契約を解除してもらわないといけない。
「……分かった。ご褒美とやらをやれば解除してくれるんだな? 何をすればいい?」
悪魔はしばらく考える素振りをしたのち、ポンと手を叩いた。それから、にこりと形のいい笑みを浮かべ、こちらを向いた。
「オレとデートしようよ!」
「……なぜ?」
何となく嫌な予感はしていたが、まさか、デート。意味がわからない。一応男同士なのだが。
「なぜって? 契約解除のためでしょ!」
何を言っているんだという顔で悪魔が言う。そう。その契約解除のためなのだが、なぜそれがデートなのか。
「ほら! 行くよ!」
悪魔が腕を引っ張る。
「行くってどこに!?」
「決まってんじゃん! 人間界でデートするの♡」
言うが早いか、悪魔に引っ張られ私は人間界へと連れていかれることになった。
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