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第14話 可愛い違い

 相変わらず人目を引く茂人さんが店の外から店内を覗き込むのが見えて、僕はドキドキと心臓が震えた。嬉しさで瞬間沸騰してしまう僕の心は、茂人さんに振り回されてばかりだ。  茂人さんから会えるかメッセージを貰って、思わず今日の夕方からなら空いてますと早る気持ちで返信してしまった。でもそれから立花さんの言っていた彼氏彼女の話が時々頭をよぎってしまうのは避けられなかった。  ただ可愛いって気持ちで僕を側に置くのも、考え様に寄ってはチャンスなんじゃないかな。でもそれってレンタル彼氏の茂人さんとどう違うんだろう。あの時も茂人さんは僕を大事そうに扱ってくれていた。  今はそれにプラスキスしたり、それ以上の関係が出来る相手って事なのかもしれない。可愛い…。僕が茂人さんをカッコいいって思うのと一緒って事?でも僕は茂人さんがカッコいいから付き合う訳じゃない。もちろんかっこいいのは事実だけど。  僕といると優しい自分が出るのだと、少し照れた様に言ってくれた、あの時の茂人さんを僕は信じたい。僕のことを熱い眼差しで見つめてくれた茂人さんの気持ちを信じたい。でも結局、僕自身を自分が信じられないから、こんな不安が押し寄せてくるんだろう。  僕は茂人さんが僕に向ける微笑みを受け止めて、その度にドキドキしながら、渦巻く気持ちと共に残りの30分を過ごした。 「お疲れ様です。」  僕と一緒にバイトを上がった笹川さんが、控室で心配そうに僕に尋ねた。 「ね、最近何か調子悪い?時々辛そうな顔してたから。」  僕はドキッとしながら、首を振って、でも何となく口から弱音が出てしまった。 「大丈夫です。ちょっと考え事してて。あのっ、笹川さんって今野さんと付き合ってますよね。本気で好きなのか、可愛いとかかっこいいから好きなのかって、どうやって見分けるんですか?」  笹川さんはキョトンとした顔で僕を見ると、こともなげに言った。 「なぁに?立花君の言葉気にしてるの?あいつはさ、モテすぎて表面しか見てないからダメなんだけどさ、普通は本気も、可愛いも、かっこいいも同じ意味だと思うけどね。だって顔が良いとかだけじゃ相手のこと好きにならないでしょ?相手の中身知って、ああ、可愛いなって感じたりするんだろうから。  ふふ、実際今野君もかっこいいより可愛いのよ。やば、惚気ちゃった。」  そう言って楽しげに笑う笹川さんは、カッコ可愛い今野さんが大好きなんだろうって僕にも分かった。僕はにっこりして何となく心も浮き立って言った。 「あー、今野さんが可愛いって、色々想像しちゃいます。ふふ。」  笹川さんに本人には内緒よと、慌てて口止めされて、僕はお疲れ様でしたと裏口から外に出た。裏口に面した通りに茂人さんが手持ち無沙汰に立って待っていた。僕を見るとパッと顔を緩ませて嬉しそうに言った。 「お疲れ様、楓君。今日、立花が居なくて良かったよ。あいつが居たらきっとうるさく言われそうだから。」  僕は嬉しくてドキドキしていた気持ちが、一瞬で痛みに変わったのを感じた。 「…立花さんに、僕たちの事話したんですか?」  僕が恐る恐る尋ねると、茂人さんは少し困った様に言った。 「いや、言ってないっていうか、言ったというか。名前は出してないけど、でも付き合ってる話はしたから、あいつが店に居たらバレるなって思って。」  僕は友達の立花さんに、茂人さんが僕との事を言いたくないんだと思った。男同士だから?でも茂人さんがバイだってきっと立花さんは知ってるはずだ。僕のこと秘密にしたいの?遊びだから?  茂人さんは、驚いた表情で僕の顔を覗き込んだ。 「どうしたの?何か顔色悪いけど。大丈夫?」  僕は何だか本当に具合が悪くなった気がして、思わず言ってしまった。 「…ちょっと調子悪いかもしれません。今日は僕、帰ります。迷惑かけちゃうし。」  すると茂人さんが思いがけない事を言った。 「だったら送っていくよ。具合悪い楓君一人にさせるの心配だよ。明日は俺何の予定もないから看病してあげられるし。ね、そうしよう。楓君は明日授業ある?」  僕は首を振った。一コマあった授業は休講だったから明日は休みだ。茂人さんに交際を秘密にされた事は辛い気持ちになったけど、看病しようと心配されるのは何だか嬉しかった。結局僕の好きの気持ちが大きくて、チャンスさえあれば僕は茂人さんと一緒に居ることを選んでしまうんだ。  確かに怠い身体を感じた僕は、茂人さんが付き添ってくれたお陰で、自分のマンションに辿り着いた時には随分ホッとした。近いうちに茂人さんが遊びに来るかもしれないと、こまめに掃除しておいたお陰で部屋も綺麗だった。  途中で寄ったコンビニで買った物を冷蔵庫に仕まう茂人さんを眺めながら、ぼんやりと突っ立っていた僕は、思わず呟いてしまった。 「茂人さんは僕と付き合ってる事バレたら恥ずかしいんですか。…僕のこと、犬や猫みたいな気持ちで可愛いって言うんですか。僕の方がずっと茂人さんのこと好きなの分かってたけど、何かそれって辛いですね。」  目を見開いて僕を見つめる茂人さんの顔を見つめながら、僕は茂人さんに面倒臭いやつだって振られるかもしれないと胸がぎゅっと痛くなった。

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