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第2話
待ち合わせは金曜の夕方の六時。
仕事を早めに切り上げて待ち合わせの三十分前には時計塔の前に着いた。
気になる人と出かけるという人生初のビックイベントに喉がカラカラだ。待っているだけでペットボトル一本を空にしてしまった。
ゴミ箱に捨てるついでに向かいのショッピングビルのガラス越しで見た目の最終チェックをした。
髪は勇気を出して美容院に行き短く切った。
洋服はネットで評判良さそうなものを一式揃えたが、問題は似合っているかどうかだ。
スカイブルーのシャツに白のインナー、黒のストレートパンツとカジュアル寄りにしたが若すぎただろうか。
道行く人がちらちらと見て通り過ぎるのも気になる。
(やっぱり変かな? でも今更着替える時間もない
し)
「……ドルフィンさんですか?」
ハンドルネームを呼ばれてぱっと顔をあげる。スーツで理知的な眼鏡をかけて色気たっぷりの大人の男ーーとは真逆を行く太い眉に濃い目鼻立ち、日に焼けた腕は逞しい。
黒いタンクトップ越しでも筋肉質な上半身とダボっとしたカーゴパンツ。
それにサンダルという出で立ちは海璃が描いていたマリン像を粉々に砕くのに充分なインパクトだ。
「マリン……さん?」
「そうです。よかったー早く来たつもりだったんですけど、待たせちゃってすいません」
「いえ、あの」
「じゃあ時間もないし歩きながら話しましょうか」
白い歯を覗かせて笑うマリンからは悪意は感じられない。ただただ好印象の塊のような人柄なのに勝手に期待して勝手に落ち込んで勝手に傷ついている。
なんて自分勝手なのだろうと自己肯定感が過去にないほど下がっていく。
道中色々話してくれていたがなにも内容が入ってこない。相槌をしているだけで水族館に着いてしまった。
なかに入ると昼間とは打って変わってイルミネーションが色鮮やかだった。ピンクや緑、紫などのライトが大人な雰囲気を醸し出し、ロマンティックさを演出している。
来場客もカップルばかりでみんな肩を寄せて手を繋いで仲睦まじい。それなのに自分たちは男同士でもしかして、なんてあらぬ視線を向けられてしまい終始下を向いてやり過ごした。
一通り水族館を回っているとマリンがプールの方を指さした。
「イルカのショーも見ていきますか?」
「……はい」
「じゃあ早めに席取りしておきましょうか」
イルカがジャンプしたときの水飛沫が飛ばない後方の席に座り、時間までぼんやりとプールを眺めた。
ここでも天井から幻想的なライトが降り注いでいる。恋人との愛を深めるには最高な空間なのに、この場にそぐわない自分に座りが悪い。
「すいません。幻滅しましたよね」
「え、いや……あの」
「こんなのが来て困っちゃいますよね。でも俺、一目見たときからドルフィンさんのこといいなって思って」
日焼けしていても頬が赤らんでいるのがわかるマリンに罪悪感が雪のように積もる。せっかく好意を向けてくれているのにタイプじゃないと幻滅してせっかくのデートは上の空だ。
そもそも自分は人を選べるほど偉い立場だろうか。
あれもやだ、これもやだばかりで結局マリン自身を見ていない。
家族とは絶縁状態で、誕生日もクリスマスも年越しも一人で過ごすのはもう嫌なのだ。
だから出会い系アプリに登録したくせに相手を検分している時点でおこがましいのではないか。
確かに見た目ではマリンはタイプではない。でも率直な言葉を言ってくれるところや裏表のなさそうな性格は好感が持てる。
(これが最後のチャンスかもしれない)
表情筋を総動員させて、笑顔を向けた。
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「よかった。口元のホクロとかエロくて、キスしたいなって思ったんですよ」
前言撤回。
ないわ
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