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第4話

 待ち合わせの十分前に居酒屋に着くと見知った顔を見つけた。電信柱の影に隠れ、ポロシャツの襟元を直し、手櫛で髪を整えてから近づいた。  「お疲れ様です。深川さん」  「お疲れ。随分早いね」  ふわりと目元を細めて笑う深川につい見惚れてしまう。仕事でもしていたのか真夏でも涼しい顔でスーツを着こなし、ノーフレームの眼鏡と切り揃えられた短髪から知性を感じる。  見た目だけでいえばどんぴしゃだ。  「仕事にはもう慣れた?」  「最近要領がわかってきました」  「それはよかった。なにか悩みがあったらいつでも言ってね」  「……ありがとうございます」  アンニュイな雰囲気が神秘的で、薄っすらと見える首筋にすら色気を感じてしまい、視線を逸らせた。  見つめすぎてゲイとバレたくない。  深川は若くして会社を創設し、のし上がってきた実力のある社長だ。偉ぶった態度は見せず、物腰が柔らかく周りに気遣いができる優秀さもあり、社員からの信頼も厚い。確か三十三歳と言っていたが、それよりも若く見える。  「あ、きたきた。榊」  「社長なのに早すぎませんか?」  「人を待たせるのが嫌いなんだよ」  「相変わらずせっかちっすね」  聞いたことのある声に顔を上げて言葉を失った。筋肉質な身体がわかるぴったりしたタンクトップとハーフパンツにサンダル。日に焼けた肌と男らしい太い眉。  そんな特徴的な男を見間違えるはずがない。  先日デートしたばかりのマリンだ。  なんたる偶然いや、神の悪戯だろうか。  こちらから連絡を絶っていた男が目の前にいる現実に眩暈がする。  だがいまは仕事の飲み会だ。マリンもとい榊と仕事を組んでいることが多く、世話になっている。  直接会うのは仕事上では初めてだから、後輩として挨拶をするのが普通だろう。  「……初めまして、笹岡です。いつも仕事でお 世話になっています」  「いやいや、笹岡くんは優秀で物覚えも早いからなにもしてないよ」  瞬時に察してくれたらしい榊は初対面を装ってくれた。嘘を吐かせてしまった罪悪感で胸が苦しい。  でも深川がいる前でデートした話ができない。ゲイだと知られたくないし、そんなに恋人が欲しいのと訊かれたら恥ずかしくて海に沈みたくなる。  ちらりと視線を上げると榊は大丈夫だよと言うように笑ってくれたので、また胸の痛みが増した。  十人ほど集まり座卓を囲んで和やかに歓迎会は始まった。斜め前に座った榊は他の社員や新入社員たちと談笑している。  ちびちびとレモンハイを舐めながらチラ見をしていると隣に座った深川に肩を突かれた。  「榊が気になる?」  「え、あの……別に」  「あんな見た目だけど仕事は丁寧だし細かい よ。まぁ工事現場にいそうな見た目だけど」  「榊さんとは長いんですか?」  「大学の後輩。あいつが就活失敗しまくって て、路頭に迷いそうだったから誘ったんだよ」  にわかに信じられない。人懐っこく真面目な榊ならどこの企業も喉から手が欲しくなるほどいい人材だ。  どこがそんなにダメだったのだろうか、と首を傾げ、自分も先日榊に烙印を押したばかりじゃないかと恥じた。  深川は特に気にした様子もなく、お手本のような箸の持ち方で刺身を摘まみ、美味しいと呟いた。なんだか子どもっぽくて可愛い。

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