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第5話

 面接のときは仕事ができる、いかにも社長という肩書きが似合う硬派な人に感じたが結構ギャップがあるのかもしれない。  「榊さん、ゲイってまじですか!?」  新入社員の男の声に店内が静まり返り、全 員の視線が榊に向けられた。だが榊は気にした風もなく、にかっと白い歯を覗かせた。  「おーまじのまじ」  「オレの友だちにゲイの奴いるんで紹介しましょうか?」  榊がゲイということを面白がっているのだろう。  男はニヤニヤと気持ち悪い笑顔をつくり、榊にすり寄った。  「向こうにも好みってものがあるでしょ」  「ゲイなんて選り好みできる立場じゃないでしょ。男なら誰でもいいんじゃないですか?」  「好みくらいはあるよ」  「じゃあオレなんてどうです?」  男は相当酔っているらしい。榊の逞しい腕に寄りかかって上目遣いをすると周囲はイケイケ!とまくし立てている。  これはもう酔っているから許されるレベルを超えているのではないか。  (なんて奴)  自分がされたわけではないのに腹が立つ。ただでさえゲイは偏見を持たれることが多いが、だからといってこんな失礼なことを言われる筋合いはない。  人と違う少数派を排他しようとする同調圧 力にはうんざりする。  「そうだね。確かによく見たら好みかも」  「え……」  「このあと二人で抜ける?」  「あ、ちょっと用事が」  男は酔いが冷めたのか顔を青ざめて席を移動してしまった。盛り上げていた周りも罰が悪そうに静かになる。  その様子を見ていた深川はクスクスと笑った。  「榊、新入社員を苛めないでくれ」  「すいません」  「まぁみんなも飲みすぎたみたいだし、ここでお開きにしようか」  社長の一言で解散となり、二次会もなく居酒屋の前でそれぞれの帰路についた。  夜の繁華街は人が多く、客引きや酔っ払いに絡まれないように早足で歩いていると「笹岡くん」と呼び止められた。  振り返ると額に汗を浮かべた榊が立っている。  「こっちの駅使うの? 途中まで一緒でもい い?」  「……はい」  わざとメッセージを返さないでいただけに決まりが悪い。けれど会社の先輩の誘いを断るわけにもいかず並んで歩き始めた。  「まさか同じ職場とは思わなかったね」  「かなり驚きました」  「世間は案外狭いな」  ぼんやりと明るい夜空を見上げて笑う榊はこの状況を楽しんでいるのかもしれない。  確かに出会い系アプリで会った人が職場も同じだなんてドラマみたいだ。  (これで俺の好みの顔だったら言うことがないのに)  榊はいい人だと思う。  デートのときも純粋に水族館を楽しんでいるようだったし、手すら握られていない。  ゲイは出会いが少なく、同類だとわかると先に手を出すことが多いとネットに書いてあった。身構えていった海璃をあざ笑うかのように榊は紳士的な対応をしてくれた。  (でも別れ際に口元のほくろがエロくてキスしたいと言われたのは引いた)  それが喉に引っかかっている。  そこまでそれなりにいい線をいっていただけに最後の最後で台無しだった。つみきで作った家の三角屋根を置こうとして全部崩れてしまったような後味の悪さが残る。  でも初めて出会えた同類でもある。恋人になれなくてもせめて友人という立場にいさせてもらえないだろうか。  訊いてみたいことは山ほどある。  「……ゲイのこと隠さないんですね」  「俺は昔から大っぴらにしてたよ」  「昔って」  「自覚したのは中二だったかな。そのころからずっと周りには言ってたよ」  「信じられない」  同性を好きになってしまうのは悪いことではない。だが世間はゲイにやさしくなく、さっきみたいにネタにされることもある。  海璃も学生時代は何度も「ゲイっぽい」と陰口で言われることはあったが、決して認めなかった。  そのお陰でいじめられずに済んだが、遠巻きにはされていた。だから同類以外には絶対に漏らさないと決めている。  「笹岡くんは隠すタイプっぽいよね」  「ほとんどの人はそうだと思いますけど」  「俺は嘘吐くのとか隠し事は苦手だからすぐ 言っちゃってたな」  「ご家族はなにか言ってましたか?」  「別に。友だちも普通。たまにさっきみたいに絡んでくる奴がいても適当に相手してたよ」  真夏の太陽のようにカラッとした笑顔を向けられるとジメジメとした後ろ暗い性格を乾かされてしまいそうだ。  榊はかなり真っ直ぐな男らしい。  「この話は初めて会ったときもしたけどね」  「……すいません」  「いいよ。あぁいうの初めてだったんでしょ?」  「はい」  「あのアプリは出会いを求めるというよりヤリ目だから初心者は難しいかも」  だから好きなプレイだとポジションのメッセージばかりだったのか。場違いだったのは最初から海璃だったのだ。  恥ずかしさで俯くと榊は声をあげて笑った。  「やっぱり知らなかったんだ。待ち合わせ場所でそわそわしてるの見てて慣れてないんだなぁと思ってはいたけど」  「見てたんですか?」  恥の上書きに上書きを重ねられ、もう海のもずくとなって消えたい。  「そりゃ俺も下心はあったから。それに笹岡くんすごいタイプだったし期待しちゃったけど、明らかにショック受けてたからこりゃ違ったんだなぁと」  「だってメッセはずっと紳士的だったから」  「さすがに最初からガツガツいったら引かれるくらいわかってるよ。ちょっとずつ距離をつめようってね」  「それにマリンって名前が」  「俺に似合わない?」  頷くとまた榊は笑った。これだけ失礼を重ねているのに怒るどころかすべてを受け止めてくれている。  「うち、漁師一家なの。前にも言ったよ」  「……すいません」  「本当に俺の話聞いてなかったんだね」  揶揄うような口調に耳が痛い。  人として話はちゃんと聞くべきだった。いくら理想と違った人が来たからといって、時間を割いて会いに来てくれたのに失礼極まりない。  「本当に申し訳ございません」  「怒ってないから気にしないでよ。笹岡くんがショック受けてるのが可笑しくって」  「重ね重ねすいません」  「そういうの結構多いから平気だよ。思ってたのと違うって言われるのは何度もある」  そう言われるたびに傷ついているだろうに榊はあっけらかんとしている。やさしくて強い。  世界がひっくり返っても自分には到底真似できないだろう。  「よくあのアプリ使うんですか?」  「それなりに。ゲイって出会いが少ないし、やっぱり溜まるじゃん? 自分で発散するのもいいけど相手がいる方が楽しいし」  言外の性的ニュアンスに耳まで熱くなった。お互い大人なのだから高校生みたいに手を繋いでデートだけ、なんて甘ったるい関係は飛ばして、その場限りの快楽を求める方が後腐れないのだろう。  「でも笹岡くんは魚好き仲間だから手放すのは惜しいな」  「知識はないですけど見るのは好きです」  「それでいいんだよ。知識の量とかグッズをどれだけ持っているかじゃなくて、好きだなって気持ちがあればそれで充分」  目尻を下げて笑う榊の目にはなにが映っているのだろうか。黒い瞳は懐かしそうに目を細めるばかりで遠くを見つめている。  その目が切り替わるようにこちらに向き、黒曜石のような瞳に視点が固定された。  「笹岡くんはゲイ友いる?」  「そういうのはまったく」  「じゃあ俺とゲイ友になろうよ」  ゲイ友どころかまともな友人もいない。そんな自分に太陽のような明るい榊が友人になってくれたら嬉しい。  ゲイならではの相談や出会いの場所など教えてもらえたら、交流も広がる。もしかしたら念願の恋人ができるかもしれないと期待で胸が膨らんでいく。  「でもそれだと俺だけ得しませんか?」  「それはいいよ。たまに話したりまた水族館行ったりしてさ。線引きはちゃんとするよ。どう?」  「線引きですか」  「絶対手を出さないし、好きにならない。約束するよ」  両手を上げて降参を表す榊に笑った。いままでの言動から多少なりとも人となりを理解しつつある。榊は人が嫌がることはしない。  魅力的な誘いに頷いた。  「じゃあこれからよろしくね」  改札口を通ると榊とは逆方向だった。お疲れ様です、と声をかけて階段をのぼると榊の声が飛んでくる。  「深川さんはバイでどっちもいけるから頑張って!」  「そういうことは大声で言わないでくださ い!」  週末の駅は混んでいて自分と榊を見比べて訝しげな視線を向けられてしまい、逃げるように階段をのぼった。

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