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第7話
公私混同はしないという意志の表れだろう。
「それよりどうよ。俺のスーツ姿」
筋肉質な身体にぴったりと沿うようなスーツは榊の野性味さを際立たせ、とても似合っている。
でも正面から感想を求められると困ってしまう。それだけ自信があるなら榊もわかって訊いてくるのだろう。
頬が熱い。直接目を見ながら言う勇気がなくて下を向いた。
「……とても素敵です」
「ちょっと間があったな」
「そんなことないですよ」
「不謹慎だけど、今日は笹岡くんの貴重なス
ーツ姿見れてラッキーだったな」
海璃が着ているのは大学入学時に買ったリクルートスーツだ。量販店で買った安いものなので少しくたびれている。
童顔のせいでスーツを着ると七五三みたいだと両親に笑われた苦い思い出つきの。
「七五三みたいですよね」
「すごく似合ってるよ。このまま脱がして押し倒したいくらい」
榊の指が顎にかけられて上を向かされる。黒い瞳に猛獣の姿がちらりと見えた。
たぶん普段は隠してくれている榊の一面なのだろう。あのアプリを使っていままで何度も誰かと身体を重ねてきたような雰囲気は感じていた。
だから性に対して榊は貪欲なのかもしれない。
(もしかして俺に欲情してくれている?)
こんな見た目もぱっとしない根暗のどこに榊を落とせる部分があったのだろうか。いや、榊とはゲイ友なのだ。友だちに欲を煽られるはずがない。
心臓が早鐘を打ち始めて苦しく、酸素を求めるように口をぱくぱくとさせていると榊はゆっくりと手を離した。
「なんてね。いまのはちょっとセクハラだったね」
「いえ……」
「笹岡くんが可愛いから悪いんだよ」
「そんなこと初めて言われました」
「こんなに素敵なのに。ゲイの俺が言うんだから間違いないよ」
じろじろと無遠慮な視線に居たたまれなくなる。でも不思議と嫌じゃない。
言葉に裏表がないからだろうか。
閉園まで水族館を回り、車に乗り込むと観覧車が虹のように輝いていた。
なにもない野原にある観覧車の存在感に圧倒されていると「気になる?」と榊に訊ねられた。
「乗ってみたいです」
「じゃあ行こうか」
ここでもスマートにチケットを二人分買ってもらい、払いますと言ったのに断られた。それだと申し訳ないと食い下がると帰りにコーヒーを奢ってと言われ、その慣れたあしらい方にどぎまぎする。
ゴンドラが上にのぼっていくとビルや建物や車がジオラマみたいに小さくなっていく。その光景には見覚えがあった。
「水族館に似てますね」
赤や白のテールランプやビルの明かりが夜の闇のなかで浮き上がるさまが水槽の魚に見えた。
「面白い感性だね」
「変でした?」
「そういうのは大切にしたほうがいいよ」
そのままでいいと言われたのは初めてで嬉しい。
榊の言葉は子どものように真っ直ぐで、本心を伝えてくれる。
幼少期から虐げられてきた傷を防ぐのに榊の言葉はパズルのピースみたいにぴたりとはまるのだ。
友だちってこんな感じなのだろうか。一緒に水族館に行ったり、観覧車に乗ったり仕事のあとというのに遊んでいる記憶のほうが鮮明に残る。
もしかして榊はそれを見越して、こうやって誘ってくれているのか。あのまま帰ったら自己嫌悪に苛まれて仕事を辞めると言い出していたかもしれない。
それだけ自分のことを理解してくれている。こんな素敵な友人は他にはいない。
「今度深川さんも誘ってみようか」
「どうしてですか?」
「今回のお詫びに食事しましょうとか理由はなんでもいいからさ。深川さんのこと好きなんでしょう?」
榊の提案に目を剥いた。いつから深川が好きということになっているのだろう。
ゲイ友だから友人の恋を応援したいのか。でもまだ海璃は深川が好きだと一度も公言していない。
恋なんて見ているだけでしたことがないのだからわかるはずもない。
でもアラサーにもなって未経験なのかと揶揄われるのも嫌で唇を結んだ。
それを了承と取ったらしい榊はポケットからスマートフォンを取り出した。
「善は急げというから笹岡くんの気持ちが変
わらないうちにさっさと誘おう」
「ちょっと待ってください!」
スマートフォンを奪おうと手を伸ばすとゴンドラが揺れて、顔が窓にぶつかりそうになった。寸前のところで逞しい腕に腰を支えられて最悪の事態にならずに済んだ。
「すいません。ありがとうござーー」
下を見ると榊の顔が近い。太い眉の下にある野性味溢れる瞳は百獣の王のように気高く凛々しい。
(ちゃんと見るとすごく整ってる)
長い睫毛や肌のきめ細かさ、ぱっちりとした二重も男らしい。こんな顔してたんだと改めて気づく。
榊の手に頬を撫でられ、指先が顎に止まる。どきまぎとしていると空いている方に座らせてくれた。
「乗車中は急に立ち上がらないでください」
「す、すいません」
「もうメッセージ送ったし。と思ったら返事きた」
画面を見せられて「オッケー」と手で丸をつくるうさぎのスタンプが送られてきていた。
「よかったね」
「……はい」
満面の笑顔を向けられて、心がぐちゃぐちゃする。どうしてだろうか、と考える自分をよそに榊は鼻歌混じりで食事の場所を探してくれていた。
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