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第10話
仕事を早く切り上げて水族館に来た。勤務中は集中できず、くだらないミスばかりして榊にフォローしてもらいまたへこんだ。
うろうろと見慣れた館内を歩き、ペンギンエリアで足を止める。
(榊さんのお気に入りのこうめはどこだろう)
何十匹もいるペンギンの腕にはカラフルなバンドをつけられ、名札の役割を担っている。
出口横にペンギンの写真と名前、バンドカラーが書かれている看板があり、じっくりと眺めたがどれも同じに見えてしまう。
それに常に動いているペンギンのカラーを見分けるのは飼育員かよっぽどのファンじゃないと無理だろう。
「ほら、あれがこうめです」
聞き慣れた声に顔を上げると二階からペンギンを見ている榊がいた。隣には金髪で大学生くらいの若い男が手すりから顔を出している。
「どれ?」
「そっちの岩にいる赤と黄緑のバンドを付けた子です」
「え〜どの子だろう」
甘えた声の男はぴったりと榊に身を寄せた。
見るからにただならぬ関係に水槽に叩きつけられたようなショックを受けた。
元々榊はアプリに登録するくらい出会いを求めていた。あのアプリがヤリ目だと知っているくらいなのだからそういうことをしていてもおかしくない。
でもどうして裏切られたような気分になるのだろうか。
榊にはタイプだと言われたが、関係を迫られたことは一度もない。ただのゲイ友。それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
だったら榊が誰となにをしていようが文句を言える立場ではないのに心の中の靄がどんどん膨らんでいく。
「いいから次いきましょ〜」
男の声にはっとして見上げると二人がスロープで降りてくるのが遠目に見え、慌てて水槽の反対側に隠れた。
「もう全部見ましたね。ご飯食べに行きましょうか」
「僕、寿司食べたい!」
「水族館のあとに寿司ですか」
「なんか食べたくならない?」
「確かに。近くに美味しいお寿司屋さんありますよ」
「じゃあそこ行こう!」
男は出口へ急ごうと躊躇なく榊の手を取った。スロープを降りてくる榊の顔は楽しそうにしている。自分には向けられなかった類の笑顔だ。
なんだかムカムカしてしまいスマートフォンを取り出した。
《今日こうめ見に来ました。元気そうでした》
メッセージを送ると榊は立ち止まってスマートフォンを確認している。片手で男の手を取り、頬を寄せてなにか囁いている。その仲睦まじい様子に奥歯を噛んだ。
《そっか。俺はまだ仕事だよ》
画面を食い入るように見つめた。嘘を吐かれた。
暗がりといえ榊を見間違うはずがない。目の前にいるのは絶対榊だ。
言いたい言葉を飲み込むと代わりにスマートフォンを握る手に力が入った。
《遅くまでお疲れ様です》
《まだ水族館にいる?》
《もう電車です》
《気をつけて帰ってね》
なんでメッセージなんて送ってしまったのだろう。自己嫌悪で押しつぶされる。
どうして正直に話してくれないんだ。なんでも言い合えるのが友だちではないのか。
これではっきりした。榊は自分を友だちとは思ってくれていない。
平気で嘘を言えるくらいどうでもいいということなのだ。
適当に扱われたことがショックだった。
なぜか泣きたくなってこうめを探すふりをしてしばらく水槽を眺めていた。
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