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第14話
榊への想いを確信しているはずなのに深川の言葉が引っかかる。引っかかるということは自分もそうだと思っている部分があるからだ。
やさしくて頼りがいがあっていつも面白い話をしてくれる。まさに至れり尽くせりの状況ではあった。
深川の榊への献身的な愛情と比べると海璃のものは浅い。上澄みしかないだろう。
(この気持ちは間違いなく好きなはず。でも深川さんの言うことも否定できない)
やさしくされたから好き、というならつまり誰でもいいということになる。
それならもっと他の人と会ってみようと片っ端からゲイ向けの出会い系アプリに登録して、メッセージのやり取りをした。
ヤリ目は排除。まともな会話が出来た人から順に会っていく。
サラリーマン、大学生、ときには地下アイドルをやっている特殊な人もいた。
だがどの人もピンとこない。
仕事のこと、学校のこと、世間の流行りの話。
ありきたりで型にはまった会話にはなんの魅力も感じず、ただ時間を無駄に浪費しているという焦燥感が日増しに増えていく。
(今日の人も特になにも思わなかったな)
誰かと会った日の帰りはとても疲れる。別れたらもう顔を忘れてしまい、どんな会話をしてなにを食べたのかも思い出せない。
榊からのメッセージはきていない。忙しいのだろうか。でもメッセージも見られないほど状況ってある
だろうか。
(やっぱり無視されてるよな)
その事実にへこむ。同じことを榊にしていたくせに、いざ自分がやられるとこれ以上ないほど傷つく。
榊は振られるのは慣れていると言っていたが、こんな気持ち慣れるはずがない。
辛くて悲しくて誰もいない海底まで沈んでしまいたくなる。
でもそんな気持ちを抱えながらも榊はやさしかった。
初めて会ったときも仕事でミスしたときも二丁目に連れて行ってくれたときも、榊は傷を微塵も見せずに接してくれていた。
榊の傷を癒してあげたいなんて高尚なことは言えない。でもせめて深川に負けないくらいの立派な止まり木にはなりたい。
それに榊は自分勝手だ。フラれたと言ったくせにキスをしてきた。その意味をまだ聞いていない。
海璃には訊く権利がある。
闘争心みたいなやる気が燃え上がり、その高熱のまま衝動的に深川に電話をかけた。
「榊さんの実家の住所を教えてください」
『なんだい。藪から棒に』
「教えてください」
『社員の個人情報は漏らせないよ』
「せめてヒントだけでも」
『随分必死だね』
ぐうと唇を尖らせると電話口で深川が笑った。
『笹岡くんが面接で来たとき、なんてやる気のない子が来たんだろうって思ったよ』
「急になんの話ですか」
『いいから訊いてよ』
余裕ないな、と揶揄われて唇を閉ざす。
『でも話しているうちにやる気がないんじゃなくて自信がないんだって気づいて。俺なんか、って何回聞いたか。普通だったら落とされるよ』
面接のときは自分なりに必死に受け答えしていたつもりだったが、マイナス思考の癖が出てしまっていたらしい。確かにそんな奴、雇いたくないだろう。
『だからなんでそんなに自信ないのか興味があって取った』
「変わった理由ですね」
『でも取ってよかったと思ってるよ』
どういう意味だろうか。深川のはっきりしない言葉に首を傾げる。
『最近はちょっと自信がついてきて仕事にもハリがでてきたし、榊のお陰かな』
「先日ポカしましたけどね」
『あれはもう挽回したからいいでしょ』
榊のお陰で最悪の事態にならなかっただけだ。自分一人だったらまたしどろもどろな謝罪の言葉しか出てこず、先方を不快にさせていただろう。
『榊は高知にいるよ』
「いきなり教えてくれるんですね」
『なんかもういっかなって』
いまの会話のなかでなにがどうよくなったのかわからないが、ありがたいヒントは大事にとってお
く。
『かつおの一本釣りが有名な場所。あとは自分で探してね』
「ありがとうございます」
『ま、榊が振られたらまたつけこむよ』
「そんなことしません」
『僕は気が長いからね。いつまでも待ってるよ』
ご武運を、と残して電話を切られた。
スマートフォンで一本釣りについて調べて、飛行機のチケットを手配した。最終便にはギリギリ間に合いそうだ。
突発的な行動なんてしたことがない。旅行をするにしろ買い物するにしろよく考えてから決断するのにこんな衝動初めてだ。
飛行機に乗っている間も窓からの景色を見てようやく冷静になってきた。
高知空港に九時前に着き、タクシーで目的の海岸沿いまで向かう。
見慣れない住宅街と広い海。夜の闇を飲み込んだ海を見て、今更ながら動悸がしてきた。
榊は会ってくれるだろうか。なんて言おうか。
会話をシミレーションしてどうにか気持ちを落ち着けると信号待ちのときタクシーの運転手が
振り返った。
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