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第16話
「ほんにもうけぇってしまうんけ」
「お邪魔しました。また来ます」
「いつでもきいや」
「理久にたったら捨て置きや」
「たったら?」
「飽きたらってこと」
榊に耳打ちされて首を振った。
「それはないです」
「おんま、えぇ男捕まえとったね」
母親が泣き出してしまい榊は困ったように笑って手を握り締めてくれた。
榊の親戚たちに見送られ始発のバスに乗り、電車、飛行機と乗り継いで東京に戻る。行きは一人だったのに隣に榊がいると安心して、乗り継ぎのたびに眠ってしまった。
「着いたよ」
甘い声に目を覚ますと最寄り駅だった。慌てて降りると日差しが眩しい。
「よく寝てたね」
「すいません」
「疲れてたんでしょ。ありがとね、来てくれて」
一度だけ手を握られてすぐに離されてしまった。名残惜しくて手を見ると見慣れない切り傷が多く、絆創膏も貼ってある。
「手、どうしたんですか?」
「じいちゃんが最後の漁だったから一緒に海に出てたんだよ」
「かつおの一本釣りできるんですか?」
「まあね。じいちゃんなんて三秒に一回釣れる玄人なんだ」
それから一本釣りの針にはカギ状の返しがないからかつおが外れやすく、大漁に釣れるのだと熱
弁し始めた。
子どもみたいに無邪気に話す榊が可愛くてうんうん聞いているとふと話が止まってしまった。
「ごめん、こんな話つまらないよね」
「そんなことないです。榊さんのこと知れて嬉しいです」
そう吐露すると榊は首まで真っ赤にさせていて素直になるのも悪くないなとなんだか誇らしい気分だ。
改札口まで送ってもらっている間、どうにか話題がないか捻りだすが人付き合いを避けてきたせいで面白いネタがない。
でももう改札口は目の前だった。このまま引き延ばすわけにいかない。
「じゃあ失礼します」
改札口へ向かおうとすると腕を掴まれた。
「このまま別れたら夢だって言われる気がする」
「夢のわけないじゃないですか」
榊の頬を抓ると痛いと泣かれて、子どもみたいな無邪気さにきゅんとする。
笑っていた顔が無表情になり、真剣な瞳に見下されて背筋が伸びた。
「うちに来ない?」
「えっと、でも」
昨日から風呂に入っていないどころか着替えてもいない。汗もかいているから匂っているだろう。
でもここで断ると榊は気に病んでしまうかもしれない。
「……お風呂に入りたいです」
「あーそうか! ごめん、気づかなくて」
「いえ、誘ってもらえて嬉しいです」
このまま別れてしまうのは名残惜しかっただけに榊の誘いはぜひと頷きたいが、どうにも匂いが気になる。初めてだからこそ万全な状態で迎えたい。
「じゃあうちの風呂使って。洋服とかはこの辺で買おう」
「……はい」
アパレルショップでシャツと短パン、下着を買っている間、榊はドラッグストアに行っていた。
榊が持っているビニール袋にそのままゴムとローションが入っていて、顔が熱くなる。
海璃の思い違いではないことに安心したがもう逃げられないと追い詰められた気分だ。
タクシーに乗って榊のアパートへ向かっている間もそわそわとして落ち着かない。
「汚いからあまり見ないでね」
玄関口から何度も念を押されたが、そこまで言うほど汚くない。むしろ榊の生活している痕跡たちに感謝したいくらいだ。
脱ぎっぱなしの服や仕事の書類、雑誌などが散乱してはいるが惣菜パックや飲み残しのペットボトルがない分、片付いていると言える。
でもなにより目が惹いたのは水槽の多さだ。
「すごい数ですね」
「気づいたらこんな数になっちゃって」
大小さまざまな大きさの水槽が四個あり、魚の特性や種類によって分けているらしい。
色とりどりの熱帯魚をうっとりと眺めていると榊は笑った。
「この青いのがネオンテトラ、黄色いのがグッピー。こっちのちょっと大きいのがエンゼルフィッシュ」
「どれも可愛いですね」
ゆらゆらと背びれを揺らしながら泳いでいる魚たちは自由気ままで可愛らしい。なにも水族館に通わなくても自分で飼えばいいのかと目から鱗だった。
「風呂、どうする?」
ふと現実に戻されてかぁと頭に血がのぼる。水槽を眺めに来たわけではないのだ。
「入ってもいいですか」
「どうぞ。あっちね」
部屋の奥を指さされ、買った洋服たちを持って飛び込んだ。頭からシャワーを浴びると段々と実感が湧いてくる。
自慰で何度か尻に指をいれたことがあったが、気持ちよくなくてちゃんとできるのか不安だ。
(榊さんが途中で萎えたらどうしよう)
アプリを使いこなしていたくらいだからセックスも手慣れているのだろう。いままで抱いてきた人と比べられるのは気落ちするが、できるだけ考えないようにした。
せめて行為が滞りなく進むようにと尻の窄まりに指を這わせ、ボディソープの滑りを使って入口
付近を解した。
「……お風呂ありがとうございます」
「コーヒー淹れたから飲んでね。俺も入ってこよ〜」
榊は軽い足取りで浴室に行くのがおかしかった。たぶん空気を軽くしようとしてくれている。
テーブルには湯気ののぼったカップが置いてあるが、夏の風呂上りでホットコーヒーは熱い。もしかして榊も緊張しているのだろうか。
息を吹きかけて冷ましてから飲むとほっとする。クーラーで冷やされた体温が身体の内側から温められるようでそう悪くない。
緊張が解れてくると眠気がやってきた。飛行機や電車で散々寝たのにまだ足りなかったらしい。うつらうつらしていると頬を撫でられる感覚に瞼を上げた。
「一回寝ておく?」
「大丈夫です」
立ち上がろうとする榊のシャツを引っ張った。
察してキスをしてくれる。触れるだけの戯れを繰り返し、隙をついて舌がぬるりと入ってくる。
宥めるように肩を撫でられて身体の力が抜ける。榊の舌に腔内を蹂躙されたあと、ちゅっとリップ音とともに離れた。
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