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4.それは盛りすぎ(前)
何事も自分の意思で判断しているつもりだったが、俺は結構、流されやすいタイプなのかも知れない。
1週間前にしたばっかりなのに、気付けばいつものように鋼兵の髪に指を絡めていた。風呂上がりの鋼兵の髪は女の人の髪みたいにサラサラで、指通りが良いから、ほとんど無意識に触ってしまう。
髪に隠れるような、ちょうどいい所に耳がある。たまに指先で触ると、
「ふあっ」
と声を漏らし、大きな肩をすくめる。そういう反応のひとつひとつが、可愛いと思っていた。
ただ、可愛いという言葉が似合うタイプでも、それを伝えて喜ぶタイプでもないのも分かっていた。大抵の男は、リアクションに困る。だから伝えなかった。
輪郭を失うような暗い部屋では、やっぱり空気清浄機のパネルが放つ光が頼りだった。
塒 を巻くように胡座をかいた鋼兵の膝の上に乗る体勢で、お互いの体や、大事な所を触り合う。手首が交差して、濡れた先端がたまに当たるほど近い距離にいた。
早い段階で、鋼兵の息が荒くなってくる。歯の隙間から漏れる熱い息が胸にかかって、興奮しているのが伝わる。
俺の体を見て、触っているだけで、そんなに興奮するのか。初めのうちは信じられないでいたが、いくら鋼兵でもこういう時の反応までひねくれてはいない。これ以上進むと待てと言っても待たないし、脱がさないでと言っても脱がしてくる。
鋼兵という名前の通り、大勢の人前ではまるで鋼の鎧を着たように近寄り難いオーラを出しているのは、コミュ障を自称する彼なりの処世術だと思う。自分の苦手な事が分かっているからこそ、それを徹底的に避ける戦略とでも言おうか。俺が誰彼構わず良い顔の仮面を被って見せ、見えない境界線を引くのと同じように、鋼兵は付き合う相手を選別し、武装する事で自分を守っている。
その鎧を、脱がせてみる価値はあった。いざ1対1で付き合ってみれば、正直で分かりやすいやつだった。好き嫌いや得意分野がはっきりしていて、自分のことを飾り立てたりしない──していたのかも知れないが、あっさりと見抜けてしまえるような可愛らしい見栄だ。
初めて飲みに誘った夜、飲み慣れないきつい酒を飲んだり、吸った事もない煙草を吸って|噎《む》せたり、酔いつぶれて道端の側溝に吐いたりしている様を、迂闊 にも可愛いと思ってしまった。
その感覚は、後輩や小さな子供に感じるのと似て非なるもの。大蛇の体長とほぼ変わらない、身長が180センチもある男に対して、愛くるしいとか、愛おしいとか、そんな風に感じたのは初めてだった。
人と関わるのは、俺を色んな事に出会わせてくれる楽しさがあるからだ。
当時住んでいた部屋に連れて帰り、介抱しながら、眠気に襲われた彼がむにゃむにゃ言うのを聞いていた。寝言なのか、譫言 なのかも分からない調子で、他の誰かの前では隠していた姿を見せてくれた。
ひねくれているように見せるのが上手いだけで、本当は誰よりも素直で純粋で、ちょっと鈍感。そんな鋼兵ほど信頼できるやつは、これまで出会ってきた中にはいないと俺は思う。人に合わせるばかりで、自分を失 くしかけた俺は。
鋼兵が手の力を強く、早くしてくる。挿入したくなってくると気が急くらしかった。
俺は鋼兵の髪や体に遠慮なく触る一方で、鋼兵の空いた手は拳を握りしめている。関係が変わったのに、初めてでもないのに、まだ慣れないのか。それとも、触り方が分からず遠慮しているのか。そう思うと不自然な体勢で耐えているのが、可愛くて仕方がなくなってしまう。
「こーへいのこと、けっこう、好きかも……」
下を向いたまま、顔を見られないようにして伝えた。そう言えば、どう思っているのかという質問に対して、求められる返事もしていなかった。
本当なら相手の目を見て、「かも」なんて付けずに正々堂々、男らしく言うべきだろうが、流石に恥ずかし過ぎる。俺の用意してきた“佐々木汰郎”の仮面に、そんなレパートリーは無い。
誰かを好きになった事はあるし、何人もの人と付き合ったが、実は自分から告白した事は1回もない。自分から関係を壊すのが怖かったから。
けれど、嘘は言っていない。俺だって鋼兵のことは好きだった。いつからなんて憶えていないし、告白するつもりも無かったが。
後出しならいいかなと思っている俺は確かにズルで、卑怯者だ。
それでも案の定、がくんと体を動かされ、空いていた片腕で抱き寄せられた。肩に顎を乗せるようにして確認してくる。
「好き? 今、好きって、言った?」
必死かよ、と思わず笑いそうになってしまう。
鋼兵のようなキャラ自体は、珍しくないと思う。人前ではひねくれて見せるくせに、自分自身はストレートに愛される事を望んでいる。要は、素直になるタイミングを逃して飢えているのだ。
それが分かるのに、ついつい意地悪をしたくなってしまう。俺も俺で、かなりのひねくれ者らしい。
「んん、もう言わない」
ふざけて答えると、
「えー何で何で」
と残念そうに聞き返してくる。完全に手の動きも止めてしまう。
「今そういうんじゃないから、ほら」
体を離させ、話を逸らして、再開するように顎で指す。
「いや、明らかそういう流れじゃん……」
「そんな事ないよ」
否定すると、諦めてまた手を動かし始める。いつもなら食い下がって来るところだが、今回はすんなりと引いた。
「あーもう。オレ何でタロちゃんのこと好きになっちゃったのかなぁ、こんないじめて来んのに」
下を向き、ほとんど手作業のようにしながら鋼兵がぼやいた。
「Mなんじゃない?」
「マジか。衝撃の事実」
否定はしない。声に少し笑いが混じる。肩から垂れた黒髪が、緑色の光を乱反射させて小刻みに揺れる。
頭のてっぺんからその髪を梳かし、平たい胸に触った。変な取り合わせだと、改めて思う。女の人でも憧れそうな綺麗さと、男の俺が見ても少しかっこいいと思う部分を持っているのは。
そしてそんな鋼兵が、俺の何気ない言葉や手付きひとつに興奮しているのも、悪い気がしない。「いや、ダメ、無理」が口癖の彼がこんなに俺の言うことを聞くのも、関係が変わった事による意識の変化なのかも知れない。掌を返すような態度には目を見張るものがある。
誰のモノになるつもりもなかった。でも、手に入れてみると、意外にも良い買い物をしたような気分だ。
鋼兵が耐えられなくなったように、首の下に額を押し付けて来た。
「タロちゃん、いれたい……」
「ん、知ってる」
横になろうとすると、少し焦ったように腕をつかんで引き止めてくる。
「あ、ちが……じゃなくて、このまま、このままがいい」
顔をまっすぐ見たまま聞き返す。
「このまま?」
「うん」
「なんで?」
少し意地悪をしただけで、えっ、と言葉に詰まった鋼兵の黒目が、左右にキョロキョロと動く。理由なんて必要ないのに、必死に探して考えている。その様子もすごく可愛くて、本当にMなのか、と他人事のように思いながら見ていた。
鋼兵は、俺より頭が良い。学校の成績に限らず、専門分野の知識も群を抜いている。一緒にいるのが楽しいのは、自分の知らないことを知っている相手だからだ。
それなのに、俺からの不意打ちにはこんなになってしまうほど弱い。きゅーっと下唇を噛み始めてしまったので、
「うそ、冗談。いいよ」
と笑いながら腰を上げた。
赤くなった顔でまた睨んでくる。
「……タロちゃんがSだからオレ、Mにされたんじゃない?」
「俺別にSじゃないよ。どんな反応するか見たいだけ」
「いや、それがSじゃん、ねえ」
気を許した相手と、興味の持てる話題にだけ異様にお喋りになる彼の性質は、時と場合を選ばない。そういう流れやムードなんてものは、初めから存在していなかった。挨拶さえもなくなっていたのに、今更気持ちを確認し合って、こんな形になるなんて。
「シーッ。挿入 させてあげないよ?」
静かにするよう唇に人差し指を立てて黙らせた。
息を吐きながら、腰を落とし、鋼兵を受け入れていく。
その部分をじっと見下ろしている蛇みたいな目は、瞬きひとつしない。それどころか身動ぎもせず、下唇を噛んで、意識を集中させているようだった。鋭い目付きと、弱々しい視線の同居する目元だ。
感じるポイントに徐々に近づく。コリッと内側を押し上げられる感触がある。
「あ、あー」
声を漏らして、逃がしたくなってしまう。違和感にも似ている、はっきりと快感に変わってくれないもどかしさ。感覚は鈍いけれど、確実に奥深くまで入っているのが分かる。鋼兵の太い根元の感触が、尻の間に割り込んでいた。
俺の声を聞いた鋼兵がようやく顔を上げる。その頭や首に回し、胸と胸があたるように抱き着く。
「この体勢っ、奥まで、くる……」
肩に顔を埋めて伝えると、鋼兵の喉がひゅっと鳴るのが聞こえた。それから歯を食いしばって息を吐き、
「タロちゃん……それ系マジで弱いのオレ」
と言って、いきなり突き上げて来た。こういう時のこいつには、普段に輪をかけて遠慮という言葉がない。
「あっ!? やっ……こーへい……!」
揺らされる。叫びながら、しがみ付いているのがやっとだった。次第に痛みや違和感から、気持ちよさに変わってくる。
しばらくそれが続いた後、不意に、鋼兵の動きが止まる。
「タロちゃん……」
呼ばれて顔を見ると、泣きそうな顔で俺を見上げていた。身長の高い相手の上目遣いは、こういう体勢でもなければ、なかなか見られない。
顔に手が添えられる。鋼兵は手も大きい。その手が俺の頬を撫でて、親指が唇に来た。何を望まれているかは、考えるまでもない。
「ん、う……」
鋼兵が唇を寄せてくるのを、顔を傾けて受け入れる。今まで何となく避けていたこと。
体の関係を持つようになってしばらくは、慣れないながらもしていた。前戯の一環として。けれど俺に、社会人になってから2度目の彼女が出来た頃にして来なくなって、それ以降、俺が相手と別れてからもわざと避けるようになった。
理由も想像がつく。気まずかったのだろう。恋人がいる相手に、愛情表現まがいの事をするのが。たとえ会わせた事の無い相手でも、申し訳ないという感情くらいあったはずだ。
唇を離すと、鋼兵は目を細めて笑った。
「超ひさびさ。なんか、嬉しい」
そう言うと同時に、その目頭から涙が溢れるのが見えた。
「えっ! うそ、待ってよ、泣く!?」
驚いて声が裏返ってしまう。
3年も一緒に暮らしているのに、鋼兵が泣いているのを見たのは初めてだ。1日中サブスク映画を観ていても、目薬をさしているところすら見せなかったのに。
「俺が泣かしたみたいじゃん、やめてよ」
「いや、タロちゃんが泣かしたんだよ、オレを」
そう言って、甘えるように抱き着いてきた。
「さっきの仕返し?」
泣かされたのに少し嬉しそうに聞いてくるあたり、Mとしか呼びようがない。
「仕返し?」
「オレが出ていくって言ったら泣いちゃったじゃん」
上を向いて、思い出そうとする。
「あー……別に、泣いてはないけど」
鋼兵の中では本人に都合が良いように記憶されているらしい。
「いや、それはウソだわ。泣いてたよ」
「泣いてない泣いてない。俺泣いた事とかないから」
「ウソつき。だって、大学の時も……」
「シー」
言い聞かせて、涙の筋を親指で拭いてやる。
大人しく目を閉じた鋼兵が、
「ああ、付き合ってる人とこんなんすんの初めてだわ、オレ……」
感慨深そうにつぶやいた。
少しの間も口を閉じていられない。それほど、俺とこうしているのが嬉しいと伝わってきて、俺の方が恥ずかしい。
「うっそ、何それ」
聞き返すと、ぱかっと目が開いた。すぐ黒目の視線を落として続ける。
「高校ん時1人だけ付き合った事あるけど、ここまでできなかった」
「俺で筆下ろししたんじゃないでしょ?」
「フデオロシ?」
「童貞捨てたってこと」
鋼兵が首を左右に振るのに合わせて、綺麗な髪に光が当たって揺れていた。
「だよね、知ってる」
「……しかも別に付き合ってないし、その人とは」
小さな声で付け足し、苦虫を噛み潰したような顔になる。
初体験は高校生の時で、相手は女子高生ではなく実家の近所のスーパーの店員。それも40代の女性だったと聞いた時、申し訳ないが笑ってしまった。通過儀礼とは言え、初体験は親と同世代のおばさんに奪われたのだ。甘酸っぱいはずがなく、苦いどころか、真っ黒の思い出だろう。
鋼兵の口ぶりや態度、振る舞いからして、分かりやすく大勢にモテるわけではない。が、本人自体はそういう事に免疫がない分、言い寄られると断れない。普段からコミュニケーションを避けている弊害だ。
そんな彼が自分から何か言うのは、もう追い詰められて逃げ場がなくなった時。けれどどう言えば伝わるのかを知り、練習する機会も、“陰キャ”の盾に隠れて逃してきた。
論理的な考えを意見する事は得意でも、そこに人間的な感情が絡むと一気に下手になるのを、俺はこの目で見てきた。初めての時も、切羽詰まっているのに、まどろっこしい言い訳ばかりだった。
頭を撫でて、前髪を梳き上げる。
「でも、だとしたらエッチ上手い方だと思うよ」
自然と、励ますような気分になっていた。経験人数はお互いに知らないが、鋼兵の方が少ないという認識で間違っていないと思う。暗黙の了解だ。
「俺男としたって──前に話したけど、鋼兵との方が痛くないから。約束、守ってくれてる」
「ホントに? マジで?」
鋼兵の目がきらっと輝いた。
今になって思えばピロートークなんてものも、ここには無かった。そういうのはしたくないタイプだと思っていた。俺は結構、鋼兵のことを誤解していたのかも知れない。
「ここまで来て嘘言わないよ」
「どうかな。タロちゃん口うまいから」
「何でそこは卑屈なの」
「いや、だって分かんないもん。タロちゃん実は滅多に本音言わないし。相手を気持ちよくさせて、その場を丸く収めることに関して天才的だもん」
一気に指摘されて心臓が縮んだ。
「うそ。やば、何で分かんの?」
ごもっともだった。皆と仲良くできればいい。誰も嫌な思いをせずに済めばそれでいい。俺の意識はいつも、関わる誰かに対して、に集中している。
「見てたから。タロちゃんのことだけ」
俺が他の誰かにするように、鋼兵のことを分かっているつもりでいた一方、鋼兵は確実に俺のことを見ていたらしい。
感心していると、鋼兵は目付きを和らげた。
「あ、今ちょっとやべーやつって思ったでしょ。陰キャのストーカーだって。ヘタしたら刺されてたかもって」
「思ってないよ、そんなこと」
「嘘つかなくていいって。タロちゃんにならオレ何言われても傷つかんよ」
語尾に、少しだけ訛りが混ざる。誰かが“素”を見せてくれる瞬間は嬉しくなる。興奮しているか、リラックスしている時の口調。正反対だがそれが鋼兵だった。
「思ってないってば。て言うか、鋼兵がやばいの今に始まった事じゃないし」
「はっ?」
今度は純粋に傷付いたような反応をされて、
「うそだよ」
奥歯で笑いを噛み殺した。
一度鎧を脱げばどこまでも素直な態度を見せてくれる所は好感が持てるし、大人になってもそれができるのは少しだけ羨ましい。相手に合わせた仮面を被る癖が染み付いて、本当の自分の顔も忘れてしまったような俺には、できない事だ。
なりたいかと言われればそうでもないが。
「オレまだ疑ってるからね。声出したりしてくれるのも、演技なんじゃないかって。疑ってた。正直、最初は。萎えたりしてたし」
しつこい鋼兵がまだ言ってくる。
「勝手にそうなっちゃうの。俺も知らなかったけど」
男もイケるようになったのは鋼兵とするようになってからだ。自分と同じ体に興奮するのは難しかった。だから鋼兵以外の男とは、とにかく相手を発射させる事だけを考えていた。
「起 ってる方が気持ちいいんだっけ」
「それは分かるでしょ、男なんだから」
「いや、オレいれられた事とかないですし」
唇を尖らせる鋼兵は、どことなく女性的な雰囲気を醸し出している。それを本人に伝えようものなら、見た目はもう来世に期待してるし、とまた卑屈になってしまうのだろう。
でも本当に、そんな彼が相手だから、これまでの男とは違ったのだ。「同じ体を持っているのに」という違和感は「それを持っているから」という納得に変わった。男に興奮したところを男が突くのは、理に適っている気さえする。
今になって思えば、女の人とのセックスは、相手が興奮しているかどうか分かりづらかった。それこそ演技もあっただろうし、俺もそれが分かって、見て見ぬふりをした事もある。コミュニケーションという名の茶番だった。
「逆でしてみる? 今度」
冗談のつもりで提案すると、鋼兵は露骨に嫌がる表情になる。
「口にならアリかな、ぶっちゃけ。けど、下のお口はノーセン」
申し訳なさそうに顔の前で手刀を切り、頭を下げる。真に受けて、真剣に断られたのがおかしくて笑ってしまった。
「うそだよ。洋モノは守備範囲外」
「いや女優じゃねーわ」
そんな風に見える顔が近付いた。また唇を重ねてくる。
何回か合わせて、長い舌を入れてきた。舌に舌で触って、口の中をかき回されるのはむずむずするだけで、あまり興奮できない。それよりもせっかく入れているのだから、早く動いて欲しかった。
「コッチはあんま上手くないかも?」
そう言うと、鋼兵が顔を背けて吹き出した。
「いや、それはしょうがないじゃん……慣れてないんだから」
「じゃ慣れてる事するよ、早く」
急かすように言って、しごくのを見せた。指で輪を作ってゆっくり持ち上げると、透明の液が溢れる。
そのまま手についたのを、鼻先に近付けてみる。どんな反応をするのか見たいだけだった。
鋼兵は少し迷った後、いきなりその指を舐めてきた。
「うわ、変態」
思わず言うと、三白眼が見上げてくる。俺に見せつけるように、親指と人差し指の間で、舌先がチロチロと動いた。あまりの蛇っぽさに、そういう“趣味”はないが、色気すら感じてしまった。
俺が仕掛けたのに、カウンターを食らった気分だった。
「……タロちゃんマジで煽ってくるよね」
睨んでいるのに、やっぱりどこか嬉しそうだ。
「どんな味すんの?」
「ちょっとしょっぱいかな」
そう言いながら、後頭部に手を添えて顔を近付けられる。何をされるのか分かって、慌てて遮った。
「あー! いい、うそ、いらないいらない!」
手の力を首の力で押し返し、左右に振って断ると、ふふ、と鋼兵が笑った。
「必死じゃん。自分のなのに」
「自分のだからヤなんだよ、もう」
絶対にされないよう、腕を回して抱き着いた。鋼兵も片腕を背中に、もう片腕を腰に回してくる。
「タロちゃんのだったらオレは舐めれるけどね」
「気持ち悪いって」
「へへへ。今さら遅いよ」
罵倒されたのに喜んでいる。そういうのを隠さなくなって来た。恥ずかしげもなく、というのはこういう状況になっても使える言葉なんだろうか。
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