8 / 10
4.それは盛りすぎ(後)
追求癖が満足したのか、煽られて興奮したのか、ようやくまた鋼兵は俺を突き上げ始めた。
「タロちゃ、脚、もっと、閉じれない?」
「ん、んっ……!」
返事の代わりに、言われた通り脚を絡める。内腿で鋼兵の体を挟むと、股関節に相手の腰骨が当たる。
「そう、いいよ」
引き寄せられる拍子に、特に気持ちいい所にあたって、びくびくと肩が震えてしまった。思わずしがみ付いて小間切れに息を吐く。口を閉じられない。涎が溢れてくる。
大きな手が、尻や腿を鷲掴みにしてきた。
「そのまま、脚上げて。上乗っかって、いいから……」
言われるまま、両足を鋼兵の腰の後ろで絡めた。自分の体重が乗って、更に深い所に響く。
「この奥、やば……」
つぶやくのが聞こえた。全身に鳥肌が立つ。前は何とか我慢しているのに、後ろを突いて来られるのが苦しい。飛蝗 みたいに曲がった脚が勝手に痙攣して、鋼兵の腰から離れてしまう。
「あっ、ああ、こーへい、そこ……!」
堪え切れなくて、足をベッドに下ろした。右手でしごきながら、左手で鋼兵につかまり、突き上げてくる動きに合わせて腰を揺する。
相手にヤらせてあげるスタンスだったはずが、いつからか自分の快楽も一緒に求めるようになった。気持ち悪いのは、変態なのは、どっちだろうか。
「こーへい……こーへい俺もう、無理……!」
感情ではない、生理的な涙が出てくる。顔や耳が熱くて、目を開けていられない。痛いほど起った自分をしごく手が止まらなかった。早く出したい。でもやめたくない。
それなのに、まだ揺すられる。下腹の深い所に突き刺さった部分はどろどろに溶けて、彼はきっと、俺の一部になってしまった。
「オレもっ、オレも、も……限界」
鋼兵はそう言った後、うっと短いうめき声を漏らし、息を止めた。
同時に、強く抱き締められた。肋骨を折られてしまうんじゃないか、あるいは喰 われてしまうんじゃないかと思うほど、絶頂の時の鋼兵は、激しい。腹の裏からせり上がってくる感覚がある。
「ああっ……!」
俺も声が出た。腕に抱かれたまま、首を反らせる。体の緊張と一緒に頭の中が弾けて、何も考えられなくなる。視界が中央に向かって狭くなっていく。
鋼兵の腹の外側に、約1週間溜まった分を吐き出していた。2,3回に分かれて飛び散っていく。出る寸前に手で覆ったつもりだったが、ほとんど意味が無かった。
「すご、タロちゃん……ここまで飛んできた」
ひと足先に満足した彼が感心して言ってくるが、何も答えられない。
「…………」
息を吸いながら、肩に顔を埋めて首を振る。強請られなくても、ほぼ一緒のタイミングで達してしまった。それが、何だかすごく恥ずかしい。やっぱり、体の相性は悪くないようで。
「あー、耳あっつい……」
俺が落ち着くのを待っている鋼兵が、また独り言のようにつぶやく。確かに触れ合っている部分が、燃えるように熱い。体温調節が苦手な変温動物でも、たまには発熱するらしい。
その後、タロちゃん、と呼んできた。珍しく甘えるような声で。
「もうちょっとこのまま……いい?」
今度は独り言ではなさそうだ。
「ん?」
呼吸を整えながら声だけで聞き返す俺に、
「その……もうちょっとだけ、こうやってイチャイチャしときたいなー、みたいな……」
と遠慮がちに言ってきた。
「え……まあ、いいけど」
返事をした時には、なぜ遠慮がちなのか理解できた。鋼兵が前に言っていたのを思い出したからだ。
『でも……終わった後すぐシャワー行っちゃうし』
あの時の俺は、またおかしなことを言い出したと思った。彼はただ俺とヤれるだけで満足だろうと思い込み、それ以上、“本当のところ”はどうして欲しいのかは考えようとしなかった。
『終わったらシャワー行くでしょ、フツー』
俺の返事は冷たかったかも知れない。あの時点で既に、彼にとっては「好きな人」だったから。そんな相手にまともに取り合ってもらえない態度を取られれば、大抵 は傷付くものだ。
懺悔と反省も込めて、その“イチャイチャ”とやらに付き合う事にした。相手の望んでいる事や感覚自体が、肌を重ねればますます俺の中に浸透してくる気がした。
上に座った体勢のまま、その耳に、自分の頬を当ててみた。少しずらし、鼻や、唇が当たるようにする。耳を触られるのが弱いのは知っている。
「んふっ」
鋼兵が声を漏らして笑い、くすぐったそうに首を竦める。もっと深追いしたくなって来る。唇を尖らせ、息を吹きかけた。
「うわっ! ああ、あの、ちょっと」
一瞬、鋼兵の背筋が伸びた。驚き慌てて引き離そうとしてくる。
が、やめなかった。首に手を回して、枕がある方に押し倒す。攻守交替、という言葉が浮かぶ。
上に乗っかる体勢で耳を舐めた。
「いやっ、何……どういう状況っ?」
鋼兵は弱々しく止めさせようとしてくる。首を振ろうとするが、片腕でホールドして逃がさなかった。多少小柄でも、俺だって男だ。発射直後の、あの独特のけだるさも治まっていた。
そんな事をしながら腰を上げると、俺の中に居た鋼兵がずるんと抜け出た。内臓にずっとあった重量感や圧迫感から解放されて、動きやすくなる。濡れた感触が尻の割れ目から腿に伝ってくる。
「待って、タロちゃん、何でぇ……」
“本体”の方はどうする事もできずに、俺の下でもがいている。俺に組み敷かれるなんて思ってもみなかっただろう。
「イチャイチャしたいんじゃないの? 耳されんの好きでしょ?」
相手に興味があれば好きな事くらい自然に把握できる。それはただの日常生活に限った話じゃない。顔を見ると、切れ長の目が潤むほどしっかり反応していた。
「いっ、いや、でも、こんなオプション、聞いてないんですけど……」
そんな表情で大真面目に言うから、吹き出してしまう。
「そりゃ彼氏になったの初めてだもん。今更遅いよ?」
揚げ足を取るように、さっき本人に言われた通りに返した。
「今まではお願い聞いてただけだけど、付き合ったからには俺がリードしてもいいよね」
「え……そ、そういうシステム?」
戸惑っているのもお構いなしに、耳朶を甘めに噛んだり吸ったりしながら、体にも触っていく。
「付き合ってる人とのエッチ初めてなんでしょ。俺流の攻略法、ちょっと教えてあげる」
「ひえー……」
縮こまってしまった鋼兵から出てきたのは、まるで漫画みたいなリアクションだった。
鋼兵に突っ込みたいとは、流石 に思えない。まだそこまでにはなれないだけなのかも知れない。でも、直前までならできている。
変な感じだ。女の人にするのと同じような事を、男にしているのは。揉めるほどの胸もないし、全体的に厚みや骨の太さを感じる。けれど、肌や筋肉の質感は、俺とも全然違う。確かに男なのだが、やっぱりそれにしては柔らかい。
少し試したい、というのが本音だった。これから本当に、本気で付き合う事になるなら、俺自身どの程度までイケてしまうのか、知っておきたかった。俺流とは言ったがむしろ相手の“いい所”を探りたいと言うべきかも知れない。
と同時に、ここまで来てしまった、という気分にもさせられる。あれだけ避けていたのを口説き落とされたのだ。強引に距離を縮めて、俺の嫌いな正論を振りかざして。
経緯はどうあれ、せっかくなら、良い彼氏になりたい。喜ばせてあげたい。
腕立て伏せのような体勢になり、耳から首、顎、鼻や瞼など顔じゅうに唇を押し付けまくった。わざと、チュッチュッと音を立てる。わざと、唇だけにはせずに焦らす。
「ダメ、また起っちゃう、たっちゃう、ああぁ……」
鋼兵が情けない声を上げて体をくねらせた。大きい蛇以外の何に例えれば良いのか分からないくらいだった。
「じゃ、おしまい」
あっさり引くと、少し安堵した表情を見せる。長い髪が垂れた顔は、女の人でも男でもどっちでもないように見えた。
はー、と溜め息を吐き、横になったまま、何か確かめるように濡れた耳を触る。
「タロちゃんに襲われちゃった」
語尾にハートマークが見えるほど幸せそうに言うから、ふん、と鼻で笑い飛ばした。
また新たに、俺の知らない鋼兵が顔を出した。これまで見てきた彼とはまるっきり違う、これまでの彼からは想像もできないような一面。
拒みたいとは感じなかった。そんな所も含めて、鋼兵なのだと受け入れてしまえる。相手の気持ちまで抱え切れなかったはずの俺の器は、意外と小さくなかったのかも知れない。
そしてつい、いつもの癖でさっさとシャワーを浴びに行きそうになり、思いとどまる。
鋼兵と付き合った事がないから、次にどうしてやればいいのか、流石の俺にも分からなかった。相手は女の人じゃない。ドライヤーの時間を考えて先にシャワーを浴びさせるより、もっと望んでいる事がある気がする。
ひとまずTシャツを拾い、いつものように汚れた部分を拭く。ベッドの上にはバスタオルがあるが、鋼兵の下半身に巻き込まれて、もう引っ張り出せない。
綺麗好きとは言えない割に、こういう時のために部屋に清潔なタオルを常備している辺りが、セフレ感を増させる。わざわざ本人には言わないが。
「…………」
視線を感じて顔を上げると、枕に頭を乗せた鋼兵が、ベッドに片腕を伸ばした体勢で俺を見ていた。腕枕をしたいと、髪の隙間にある目で訴えてくる。
鋼兵のコミュニケーションは、よほど察しのいい相手か、理解のある場合じゃないと伝わらない事が多い。
「…………」
俺も無言で、Tシャツを股に挟んで、望み通り横になった。目的が分かっているのに、口に出して聞くのは野暮か意地悪だ。
「いや、ちょっと」なんて言ってくるのを期待して、わざと背中を向けるようにしてみる。が、それに関しては何のコメントもない。
むしろ好都合と言う風に、そのまま後ろから包み込むように抱き締めてきた。呑み込まれる、と思った。
「……タロちゃん、オレね」
ようやく話しかけてきた。嬉しそうな声で。
「うん」
「誰かと付き合いたいって思ったの、初めてなの」
俺も男と付き合うのは初めてだよ、と言いかけて、やめた。
早くも息が苦しくなっていた。肌がくっ付いて、もう一度溶け出す。彼の体温で溶けた自分が、また輪郭を失ってしまう。黒いベッドに沈むんじゃなく、染み込んでいきそうな気分になる。
鋼兵はそんなオレの気も知らず、呑気に話し続ける。
「いや、付き合いたいって言うか……もう、欲しいって思った。タロちゃんのこと」
「そっか」
「たぶんずっと思ってたわ。2年で知り合ってから、ずっと……。でも手に入るワケないってほぼ諦めてた。タロちゃん全人類に好かれてるし」
「それは盛 りすぎ」
すかさず否定しつつ、
「まあ確かに、大学の時はモテてたね。それは否定しない」
と続けてみる。言い出しっぺの鋼兵は何も言わない。
「けど、それにしては、ヤらせてってすごい爆弾発言じゃん。あれは何で言えたの?」
まだ形がはっきりしている鋼兵の手をもてあそびながら聞いた。大きな手はしっかりと厚みがあって、指も長い。男っぽさの表れとも言えるゴツゴツした形じゃないそれは、見慣れた形だ。
「いや、あれは……言わないと襲っちゃうと思ったから。それくらい限界来てた。さすがにアウトでしょ」
「許可取ればセーフなの?」
「合意の上だから合法。まあ合意してくれるとは思わなかった、け、ど……」
指に唇を当ててみただけで話が途切れてしまう。同年代の男とは思えない、可愛く言えば初心 な、下衆 く言えば童貞をこじらせた反応。
「別に付き合いたいとは思わなかった? あの時は」
何気ない風で聞き返すと、鋼兵はうーん、と少し考えてから、
「一緒に住んでる時点でさ、付き合う以上の段階な気がして──当時のオレはね? だから、それ以上になる許可が欲しかった、的なことだと思う」
声は普通にしているように聞こえるが、背中に当たる鼓動が明らかに早い。
「変なの、フツー逆でしょ。付き合ってもないのにエッチしちゃうのはまあ、あるとしてもさ。それでこじらせて病んでたら世話ないよね」
指の間に指を入れると、柔らかく絡み付いてくる。あれだけ動いた後なのに少しひんやりしていた。
「先にヤッちゃったから余計にこじらせちゃったのかも、今思えば」
鋼兵も他人事のように言い、続けて、
「ごめんね、こんな、カラダ目当てみたいで。いや、カラダも目当てではあったけど……」
あまり反省していない様子で謝ってきた。
「いいよ別に。鋼兵がそんなやつだって俺思わないから」
こういう展開になるとは、当時はお互いに想像もしていなかったはずだ。
反応は童貞みたいなくせに、本当に大したやつだ、と思わざるを得ない。改めて実感する。
エッチだけで満足されなかったのは、初めてじゃない。今までも性欲やコミュニケーションを恋愛感情と勘違いしたり、されたりする事はあったが、結局は誤魔化して終わっていた。
でも、鋼兵にはそれが通じなかった。
俺自身でさえ無い物として扱って、蔑 ろにしてきた気持ち。いわゆる本心に、意地でも触れようと、この綺麗な手を伸ばしてきた。あれだけ頑 なに閉ざした俺のガードを、俺の考え方を壊して、新しい関係に作り変えてしまった。
単なるカラダ目当てなら、こんなに面倒臭い事に労力は割けないはずだ。キッチンに立ったまま、鍋から直接物を食べて洗い物を減らそうとするような、効率重視の面倒臭がり屋だからこそ、信用できる。ずっとビビっていた俺を、彼氏にしてしまったのだから。
一瞬、会話が切れた。それを見計らって切り出す。
「……そろそろ、シャワー浴びに行っていい?」
我慢の限界だった。尻や腿や、背中も。色んな所が濡れたままだったのが、乾いて白っぽく固まり始めていた。
「ああ、うん……」
不意打ちで聞かれた鋼兵が生返事をして、腕をどける。やっと満足に息が吸えるようになった。
起き上がると、内側を伝い落ちて、ドロっとした感触が溢れてくる。ベッドを汚さないよう、Tシャツで強めに押さえた。早くシャワーに行きたいのは、早くこれを出したいからだ。そんな当然の作業を鋼兵が寂しがっていたとは思わなかった。
ベッドから降りる時に一瞬振り向くと、横になった鋼兵の、横幅のある目が相変わらず俺を見上げていた。
例えるなら脱皮した後の蛇の抜け殻。財布に入れるとお金持ちになれるやつだ。そうでなければ、脱皮に失敗した死骸だ。
彼自身は汗かきな体質でないのに、肌は俺のせいでぬるぬるしている。爪を立ててしまったから、背中も所々皮膚がめくれているかも知れない。鱗みたいに。
「あー……一緒に入ったりする? 狭いけど」
仕方なく誘うと、虚ろだった目がかっ|開《ぴら》かれる。横になったままの長い腕が伸びてくる。ぐいっと引き寄せられて、また抱き締められた。
「嬉しい……すげー嬉しい、マジで。オレ明日死んじゃうかも」
改めて実感するように言いながら、頭をすり付けてくる。サラサラした髪が耳や頬や首筋にかかるのが、くすぐったくて痒 い。髪はサラサラなのに、こんなにベタベタした態度を取ってくるなんて。
「大袈裟なんだよ」
口ではそう言い返しつつ、彼の気持ちも理解できない事はない。6年も欲しかった物が手に入ったら、誰でも嬉しいだろう。
鋼兵はやっぱり素直だ。嘘吐きでズルな俺とは違う。
その“誰でも”には、俺自身も含まれるのかも知れないと、ふと気付いた。
今の俺の手の中にあるのは、本来なら、手に入るワケがないと諦めていたものだ。それも、意識して諦めたのではなく、無意識のうちに欲しがる事すらしなかったもの。それが向こうから、手の中に来ているのかも知れないと。
口には出せなかった。本当に俺自身が心からそう感じているのか、ただ目の前にいる相手に合わせているだけなのかは、もう分からないから。
確実なのはひとつだけ。ずっと人との深い関わりを避けてきた俺が、そもそも人との交流が苦手な鋼兵と付き合う事になったこと。
これは嘘みたいな、冗談みたいな、ほんとの話だ。
ともだちにシェアしよう!

